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閑話7 隠し味

【マイ視点】 隠し味



 恋は落ちるものだと誰かが言った。




 彼との関係はクラスメイトというだけで、それ以上でもそれ以下でもなかったわ。

 そりゃあ席が後ろだから挨拶とかちょっとしたお喋りとかはしたけれど、クラスでも特に目立つような存在じゃなかったし、彼のことを意識したことなんてなかったのよね。

 なんで今彼に対してこんな気持ちになっちゃってるんだろうって、自分でも不思議で仕方がないのよ。


 きっかけはたぶん、あの日突然わけのわからないことが起きて、彼曰く『異世界』というところに来てしまったこと。

 知らない国、知らない人たち。何もかもが未知で、理不尽で。泣き出したいほどに心細かった。頼りになる……かどうか微妙だけど、気を許せるのは同じ日本人でクラスメイトの彼らだけ。

 だからこれはアレよ。ほら、吊り橋効果ってヤツ。きっと元の世界に帰ったら、なんであんな気持ちになってたんだろうって思うに違いないわ。絶対にそう。

 それに、彼の方から先に告ってきたから、妙に意識しちゃったってのもあるのよね。うん、そういうことってあるある。




 異世界での私は『聖女』なのだそうで、みんなから敬愛の眼差しで見られたり容姿を褒められたり態度を注意されたりしてるんだけど、これがけっこうプレッシャーなのよね。

 あと、貴族からのお誘いも多いし。特に若い男性の貴族。これがもう下心見え見えで嫌になる。

 その点、私の護衛をしてくれているアンドレはスマートね。

 彼はすっごいイケメンでかっこよくて優しくていつも私に気を遣ってくれて、まるでおとぎ話のお姫様になったような気分。

 でも何て言うか、アンドレが興味があるのは私自身じゃなくて『聖女』としての私なんじゃないかなって思う時があるの。私が『聖女』じゃなかったら、彼の周りに集まってくる見目麗しい令嬢の中の一人くらいに扱われそう。


 もう一人のクラスメイトは『勇者』って周りから言われて初めは戸惑ってたみたいだけれど、みんなの期待に応えるように変わっていった。当然というか成り行きというか、私にも『勇者』として接してくる。


 そんな中で、彼だけは学校にいた時と変わらない態度で接してくれたわ。

 だから、彼と一緒にいるとなんかほっとするのよね。まぁ、変わらな過ぎてちょっとムカつくことがないでもなかったけれど。

 だってあの人、クララには甘いしルシールにはデレデレしてるし、あのペネロペって娘にはわざわざ会いにいってるし。さっきなんか、小間使いの子たちと楽しそうにエ、エッチな話してたのよ。

 私だってもうちょっとこう特別な感じに扱ってくれてもいいんじゃないかな!

 だいたい、そっちが先に告ってきたからこういう気持ちになってるのよ? 責任取って欲しいわ!


 ふんっふんっとひき肉を捏ねる手に力が入る。


 今日はクララのお祖母さんにハンバーグのご先祖様みたいなフリカデラの作り方を教わりに来ているの。

 だって、前に彼からハンバーグの作り方を聞かれた時にわからないって言ったら「こいつ使えねぇー」みたいに見られて悔しかったのよね。

 だから、作ってあげたら見直してくれるかなぁー……なんて。


「マイ様、いかがですか?」


 クララのお祖母さんが捏ね具合を確認してくれる。


「はい。えっと、美味しくできてるか心配かなと」

「愛情を込めて作ればたいていは大丈夫ですよ」


 お祖母さんの「愛情」という言葉にドキリと胸が鳴る。

 いえ、この場合の愛情はアレよ。家族愛とかそういうヤツよ。意識しすぎ!

 もーやだ。顔が熱い。


「…………」


 ふと、お祖母さんの視線を感じた。

 上目でチラリと見やると、なんだか見守るような眼で「あらあらまあまあ」と柔らかく微笑んでいる。

 な、何かしら……。


「えっと……」


 戸惑う私の耳にお祖母さんはそっと囁いた。


「もしも食べて欲しい相手がいるのでしたら、愛情は最高の隠し味ですよ」


 かあっとまた顔が熱くなる。

 なに? バレバレなの? まるっとお見通しなの?


「あ、あの、そういうのじゃ……いえ、はい。ありがとうございます……」


 お祖母さんの優しい笑みに、どうにか小声でお礼を言った。

 お祖母さんも小さく「頑張って」と告げると、クララの方へと足を向けた。


 はぁ~。

 こういう隠し味って、どの世界でもおんなじなのね。


 私はネタを手に取って、そっと最高の隠し味を込めた。


 美味しいって言ってくれるかな?


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