第45話 フリカデラ再び
昼食後は、ゼバスさんに断って中庭に出てみた。
王都のような幾何学的に整理された美しさはないけれど、木や草が自然な感じに植えられていて、そこここに花が咲いていてなんだかほっこりする。
片隅に据え付けられている木製のベンチに座ってぼーっと庭を見るともなしに眺めていると、砦の方からなじみのある魔力が近づいてくるのを感じた。
黒姫だ。
あと、イザベルさんと二人の女性の護衛騎士。あ、アンドレもいるな。チッ、休養日なんだからお前も休んどけよ。他にも騎士が数人。
感じた魔力で誰でも個人を特定できるわけじゃないんだけど、さすがにずっと一緒にいればなんとなくわかってくる。
黒姫たちはここの屋敷の中に入っていったようだ。何しに来たんだろう?
なんかこの家の人たちと一緒にいるな。クララ以外はちょっと誰かはわからないけど。クララを含めて何人かと移動していく。……いや、これ覗きとかストーカーみたいだな。いかんいかん。
首を振って立ち上がる。
ちょっと体を動かそう。そうしよう。
日課にしていた朝のジョグとか剣の型稽古とか、王都からこっちずっとサボってたしな。
とりあえずはストレッチから。十分に体を温めて、さて。
討伐に行った時は一応護身用に剣を持っていったけど、さすがに今日は持ってきてないので型稽古はできない。
なら、久しぶりにバスケでもしますか。まぁ、エアバスケだけど。
脳内で1on1を想定して動き出す。黒姫の金の粒が無くても、もう体の中の魔力の流れははっきり意識できる。身体強化魔法であきれるほどに体が動く。これなら俺も八村ルイになれるんじゃね?
「なんだ? あの変な踊りは」
気分よくダンクシュートを決めたところで、そんな声と嘲るような笑い声が聞こえた。見なくても、黒姫と一緒に来た騎士たちだとわかった。あと、踊りじゃねーよ。
「男なら踊りより剣であろうに。軟弱な」
「ああ、あいつは勇者様のおまけで、魔法も使えないらしいからな。できるのは踊りくらいなんだろう」
「だが、ここの令嬢をものにしているらしいぞ。あっちのほうは凄いのかもな」
下卑た笑いを浮かべる若い騎士が3人。魔獣に襲われた時にはいなかった顔だから留守番組か。
「最後のは撤回してもらえませんか?」
俺については間違ってないからいいとして、クララがそんな目で見られるのは許せない。それに、今朝のこともあってその手の話題にはナーバスになってるんだよ。どこかのブタ野郎みたいに「俺は童貞だ!」って叫んでやろうか。
「俺は経験無いんで」
叫ばなかったけど言ってやった。
「……そ、そうか。いや、申し訳なかった。先ほどの言葉は撤回しよう」
あれ? なんかすっごく同情したように目をそらされたんですけど。
その上、
「それより、どうだ。剣でも振ってみないか?」
「ああ。男なら踊りよりもやはり剣だ」
「そうすれば自ずと女性も寄ってくるさ」
と、気さくに誘ってきた。なんか第一印象と全然違うな。意外にいい人たちなのかもしれない。
ま、せっかく誘ってくれてるんだし、ちょうどいい。お願いしますと剣を借りる。
久しぶりの型稽古。思ってたより体が動きを覚えている。
「へぇ、なかなかいい動きをするじゃないか」
「ちょっと手合わせしてみたいな。おい、ティモテー。練習用の剣を取って来い」
ティモテーと呼ばれた一番若いイケメンな騎士が砦まで戻って練習用の剣と俺の分の鎧を持ってきてくれた。ご苦労様です。
手合わせも久しぶりだ。
「今、こちらの屋敷には聖女様が来ておられるからな。多少の怪我をしても大丈夫だ」
年長っぽい、それでも20代前半くらいの騎士が俺に向かって安心させるように言った。怪我をさせる気はあるんだ……。
騎士の礼を執って剣を構える。
「いざっ!」
10分も経ってないと思うんだけど、俺の前にはぜぇーぜぇーと荒い息を吐いて横たわる騎士が3人。
なんか弱っちくない? キミら。
『総受けのレン』の本領を発揮して繰り出される剣戟を受け続けてたんだけど、もちろん俺からは一つも攻撃してないんだけど、勝手にバテちゃったんだよな、こいつら。
これならロッシュ城のおじさん達の方が何倍も強かった気がする。ああ、あの人たち精鋭だって言ってたっけ。それにしてもなぁ。
そこへ、
「何をしているのですか」
高いトーンの声が響いた。
見ると、長い金髪を後ろで一つに編み込んだ女性の騎士が表情を厳しくしてこっちを見ている。
黒姫の専属護衛騎士のジャンヌだ。
「えーと、剣の稽古?」
騎士たちは声も出ないみたいだったので、代わりに答えておく。
ジャンヌさんは「ふーん」と歩み寄ってくると、横たわる騎士たちを見下ろした。
「少し物足りないようですから、私もお相手しましょう」
言うなり、スッと腰の剣を抜いて正面に構える。俺の持っている剣より刀身が細い。って、それ真剣じゃん!
「参ります」
「え、ちょっ」
慌てて俺も正面に構える。それを待っていたように、ベールのような淡い光を纏ったジャンヌさんの剣が動いた。
突き! の連撃っ!
右肩と左太腿まではかろうじて剣を合わせられたけど、喉への3突目は間に合わなかった。
寸止めにしてもらったらしく、喉元にピタリと当てられていた。『総受けのレン』は死んだ。
ふっとジャンヌさんの体を覆っていたベールが消える。
「意外にやりますね。見直しましたよ」
余裕でそんな感想を言われた。
「最後ので死んでましたけどね」
「ジャ、ジャンヌの、神速の突き、だぞ。当たり前、だ」
下の方から切れ切れの声が聞こえた。
「3つとも剣筋は見えてたのに、スピードについていけなかったなぁ。これが専属護衛騎士の剣速か」
「剣筋が見えた?」
あ、ヤバっ。
ポロっと零した愚痴をジャンヌさんに聞き咎められてしまった。
「え、いや、まぁ、なんとなくです。なんとなく」
「いいえ。あなたは3撃ともきっちり反応していました。今の連撃はアンドレ殿でさえ初見では2つ目まで捌くのがやっとでしたのに」
ジャンヌさんがちょっと悔しそうに俺を睨んだ。それから、
「なるほど。彼らでは相手になりませんね」
と、足元に転がる騎士たちを睥睨する。
「えっと、ジャンヌさんは黒姫の護衛はいいんですか?」
さりげなく話題を変えると、ジャンヌさんは「ええ」と頷く。
「今は休憩中ですから。護衛はサフィール殿がしています」
「黒姫は何しにここへ来てるんですか?」
「マイ様は……それは内緒です」
ジャンヌさんはクスっと笑った。そういう仕草は年相応に可愛い。
「ジャンヌさんは17歳でしたっけ? 他の騎士も結構若い人ばっかりですよね。第13分団って」
さっきまで座っていたベンチに誘いながら問うと、遠慮がちに隣に座ったジャンヌさんが、
「13分団の騎士は勇者様と聖女様を護衛するために新たに作られた団で、上級貴族の子息たちで編成されているのですよ」
と、ようやく起き上がった騎士たちを見やる。
ははぁ、家格だけは良い若い騎士が箔付けに護衛騎士をやってるってところなのかな。
「ジャンヌさんもいい所のご令嬢なんですね?」
「ははは。私は全然」
ジャンヌさんは力なく首を振った。
「私の実家はこのサルル領の隣のロレーン領の片田舎にある爵位も無い家なのですが、私は幼い頃から騎士に憧れていたので、無理を言って王都の騎士学校に通わせてもらいました。幸い腕は立ちましたし、女性の騎士なのでこうして聖女様の護衛騎士に取り立てていただけました」
はにかんで身の上話をする彼女に、ふと心配になって聞いてみた。
「幼い頃から騎士に憧れてたっていうのは、もしかして天使からお告げを聞いたりとかしたからですか?」
ものっそい不審な眼で見られた。
「……レン殿はちょくちょく変なことを口走ると聞いていましたが、噂通りの方のようですね」
「無いですか?」
「無いです」
「そうですか。よかった」
この人は火炙りなんかとは関係無さそうだ。
「やはり変な方です」
言葉ほど嫌そうでも無く微笑むジャンヌさんだったけれど、「それにしてもなぜこんな方を……」と、なにやら呟いている。
まぁ、気にするほどのことでもないので、ジャンヌさんと騎士さんたちにお礼を言って剣と鎧を返し、応接室に戻った。
※ ※ ※
けっこう時間が経った頃、ゼバスさんが俺を呼びに来た。夕食のテーブルに同席して欲しいとのこと。
昼は遠慮したけど、さすがに二度目の誘いを断るのは良くないよな。
喜んでと答えて案内してもらう。
連れていかれた先は、初日に開かれた歓迎の夕餉の時と違う部屋だった。たぶん、家族で使う食堂だろう。壁や部屋の飾りがシンプルで落ち着いた雰囲気だ。
白いクロスが敷かれた長方形のテーブルには既に領主一家が揃っていた。その中に凄く見知った顔が混じっていた。
「黒姫……」
向かって右手のオットーさんと左手のオスカーさんの間に黒姫が収まっていた。いや、いるのは知ってたけど、
「何してんだ?」
ゼバスさんが黒姫の対面、クララのお祖母さんとお母さんの間の椅子を引いてくれたので、そこに座って問いただす。
「今日ね、お祖母さまにフリカデラの作り方を教わってたのよ」
そういえば前にそんなこと言ってたな。
「初めてにしてはとてもお上手でしたよ」
右隣のお祖母さんが社交辞令を口にする。
「あのっ、私も。私もお手伝いしました」
斜め左前、父親の隣からクララが子供っぽくアピールしてくる。案外これが彼女の素かもしれない。今日一日家族と過ごして子供に戻ったみたいだ。やっぱり俺といる時は無理してたんだな。
俺が来て揃ったところで料理がテーブルに並べられる。給仕はイザベルさんとゼバスさんとチネッテともう一人妙齢のメイドさんがしてくれた。
ちなみに、黒姫の護衛はジャンヌさん一人だ。サフィールと交代したんだな。壁際に目立たないように立っている。家族の食事なので、アンドレとサフィールは気を遣って隣の部屋にいるようだ。
パンやスープと共に件のフリカデラも各々の目の前に置かれた。一人前2個で、計16個。
「これ全部黒姫が作ったのか?」
「さすがにそれは無理。私が作ったのは4つだけ。後はお祖母さまとお母様とクララ」
黒姫の手作りっていうなら是非とも食べてみたいけど、4分の1の確率か。いや、目に見えているだけが全てとは限らない。
「アンドレたちの分もあるのか?」
聞くと、黒姫は「あっ」と小さく声を上げた。
「考えてなかった。ごめんね、ジャンヌ」
黒姫がジャンヌに顔を向けて謝ると、ジャンヌは「お気遣いなく」と微笑みを返した。
そうか。アンドレの分は作ってないのか。そうかそうか。
温野菜が添えられた目の前のフリカデラ越しに黒姫の方を見やると目が合ってしまった。慌てて視線をそらす黒姫。
なんか挙動不審だ。
もしかして不味いのか? まぁ、それでも食べるけど。
創造神に感謝の祈りを捧げて、俺は更にいただきますと心の中で唱えて手を合わせる。
やっぱりフリカデラからいかないとダメなようだ。正面から黒姫の圧がスゴイ。なんかジャンヌさんからも視線を感じるし。
一切れ口に放り込んだ。
ムグムグ……あ。
「これ、黒姫が作ったやつだ……」
一口でわかった。さすが俺。
「え、美味しくなかった?」
黒姫がえらく不安そうに聞いてくる。やっぱり自信が無かったんだな。でも、
「いや、普通に美味いよ」
「良かった……。え、じゃあどうして私が作ったってわかったの?」
今度は不安と疑念と期待がごちゃ混ぜになったような表情だ。
「ええと……隠し味的な?」
「ええっ!」
驚きすぎだろ、黒姫。こっちがビックリしたわ。そんなに顔を赤くするようなことでもないだろ。
「黒姫、隠し味に聖魔法使っただろ?」
「へ……?」
「噛んだら肉汁と一緒に例の金の粒を感じたんだよ。これ、黒姫の聖魔法だよな。一発でわかった」
「……そ、そう。そうなのよ。隠し味は実は私の聖魔法だったのよ。よ、よくわかったわね」
「聖魔法入りの料理とかめっちゃ体にいいよな。正に医食同源。これレパートリー増やして王都で店開けば超流行りそうじゃね?」
「お喋りはいいからさっさと食べなさい」
今度は若干不機嫌になって自分もフリカデラにかぶりつく。隠し味をあっさり言い当てられたからって大人げないなぁ。ていうか、そんな食べ方カロリーヌさんが見たらさぞかし嘆くと思うよ、プリンセス。
もう1個のほうには聖魔法は感じられなかったけど、こっちも美味いな。
ムグムグと無言で食べていると、クララが息をつめてじっとこっちを見ているのに気づいた。……あ、もしかしてこれクララが作ったヤツなのかな。よし。
「おおっ。こっちのフリカデラも美味いなー。聖魔法は入ってないみたいだけど、すげぇ美味い」
わざとらしくならないように感嘆する。いや、実際に美味いし。
視界の端のクララはほっと小さく息を吐いてから嬉しそうに食事を続けた。よかった。
以降は和気あいあいと食事が進む。話題もクララが生まれた時の話とか、クララが幼かった頃の話とか、クララが可愛かった話とか。クララばっかりだな、おっさんたち。
なので、俺もクララの話題を振った。
「そういえば、昨日のクララが魔法を使った時の詠唱、カッコよかったな」
ピシッと空気が固まった。あれ?
「クララ、まさか……」
隣の席のお父さんの硬い声音にクララが萎縮する。
「ご、ごめんなさい。つい……」
「えっと、俺何かマズいこと言っちゃいましたか?」
「たぶん娘が使ったのは我が家に伝わるゴ……いえ、古い詠唱でしょう。人前では使わないようにと言って聞かせていたのですが」
お父さん、今イザベルさんやジャンヌさんを気にする感じだったな。もしかして「ゴール」って言おうとした? そういえば、サルルって昔はゴール王国の領地だったんだっけ。
「レン様を守ろうとして咄嗟に口に出てしまいました。いつものは、その、長いから……。本当にごめんなさい」
「でも、クララのおかげで助かりました。『ほにゃららよ、我が意の』とかやってたら絶対間に合わなくて怪我どころじゃなかったですから」
と、フォローしてもいまいちな空気だったので、
「何て言うか、質実剛健? そういうの好きなんですよ。ほら、この屋敷の内装とかそうじゃないですか。王宮の装飾とかやたら豪華で華やかだけどあんまり実用的じゃないっていうか。俺はやっぱり機能美っていうか、実用を突き詰めた先にある美しさみたいのがいいですね」
これだけ褒めれば大丈夫だろう。
案の定、オットー爺さんの顔が綻ぶ。
「ほうほう。レンとは趣味が合いそうだな」
「それは何よりです」
が、一転その顔が険しくなる。
「だが、孫娘はやらんぞ」
「お祖父さま!」
クララが困った顔になって慌てる。けど、大丈夫。
「安心してください。俺たちは役目が終わったら元の世界に帰りますから」
「何? 帰るのか? ニホンとやらに」
「はい。ですから、そのような心配は無用ですよ」
クララの表情が視界に見えて、チクリと胸のどこかが痛む。
「ふむ。ならば、今のうちに存分にこの世界を味わってゆくがよい」
「ありがとうございます」
こうして少し和んだ空気のまま晩餐は終わり、
「またいつでも来なさい」
との言葉をいただいて屋敷を後にした。
続けてマイ視点の閑話をどうぞ。




