第42話 おんぶ
「あ? なんだって?」
独り言のように出た言葉をネイ団長に聞き咎められた。
「あ、えっと、この魔獣たち使役魔法で操られていたんだと思います」
「使役魔法?」
「話には聞いたことはありましたが、実際に目にするのは初めてですね」
「なるほどな。それならあの動きも納得できるか……。だが、いったい誰が何のためにそんな魔法を?」
間違いなくゾーイさんが関わってるんだけど、それは言えないな。
「確か、東の森の民が使う聖魔法だとか聞きましたけど」
「東の森の? ってことは、ゴールの野蛮人どもが魔獣を操って俺らを襲ったっていうのか?」
「あれだけの数ですからね。数人ってことはないでしょう。分団規模の魔法士が必要なはずです」
「なんだぁ? 奴らデュロワールと戦争する気か?」
「いえ、狙いはユーゴ殿かもしれません」
クレメントさんが聞きつけて冷静に答えた。
「勇者が狙われた?」
「ゴールにはドラゴンを聖獣とする古い信仰があるらしいのです。お披露目でドラゴン退治を宣誓したユーゴ殿を許せなかったのではないでしょうか」
クレメントさんが事情を説明する。そこへ、アンドレもやってきた。
「操られた魔獣か。やっかいだな」
「ええ。さっきは勇者様の魔法で切り抜けられましたが、正直どう対応したらよいか……」
「私は早急に撤収して拠点に戻るべきだと思う。想定外のことで聖女様を危険にさらすわけにはいかない」
困惑気味に言葉を交わすネイ団長と副団長に対してアンドレが言い切った。
ていうか、アンドレって黒姫のことばっかなんだな。まあ? 護衛騎士だから当たり前っちゃ当たり前なんだけどさ。
「……ああ。俺もジャルジェ団長に同意だ。一旦拠点に戻ろう」
ネイ団長はそう決断すると、まだワイワイと興奮している騎士たちに向かって声を上げた。
「ここで軽く補給を取ったら拠点に戻る! 警戒は怠るな!」
ネイ団長の号令に、各々肩から提げた革袋に手を伸ばす。
補給と言っても、乾パンみたいな携帯食を食べるだけだ。水は水の魔法石から取り出して飲む。が、当然俺にはそんなことはできない。
「レン様、どうぞ」
クララが自分の魔法石から取り出した水を木製のコップに入れて俺に渡してくれた。
「いつもすまないねぇ」
「いいえ。レン様のお世話をすることが私の役目ですから」
「いや、そこは『それは言わない約束でしょ』って返すんだよ」
「なにバカなこと教えてるのよ」
生真面目なクララに日本の伝統芸を教えようとしたら、サフィールとジャンヌを従えて近くに座っていた黒姫に横槍を入れられた。けど、兜を脱いだその顔色が優れない。
「黒姫は大丈夫なのか?」
「何が?」
「ユーゴに充電したんだろ? 魔力とか切れてないかと思って」
「大丈夫よ」
ニッコリ笑う黒姫。でも、その体からいつもの魔力量は感じない。
「……まぁ、あんま無理すんなよ」
「……うん。ありがとう」
珍しくしおらしい態度にちょっと戸惑う。
なんとなく間が持たなくてユーゴの方に視線をやった。ユーゴはアレンとヴィクトールに従われて木の根元に座って食事を取っていた。
「ユーゴはどう? 大丈夫そう?」
「ええ。魔力は十分あげられたと思うけれど、ちょっと元気はなさそう」
「そっか。ま、あれだけでかい魔法を使った後だからな。疲れもするよな」
なんだかんだ言って、ユーゴは美術部だったからなぁ。
「それだけならいいんだけど……」
「とにかく、戻って休むのが第一だな」
「そうね。やっぱり私もちょっと疲れたし、戻って休みましょ」
と、立ち上がった黒姫がふらっと体を傾けた。
「危ない!」
思わず抱きとめた。
「マイ様!」
「大丈夫ですか?」
サフィールとジャンヌが心配そうに取り囲む。
「黒姫?」
「あー、ごめんなさい。なんかちょっと立ち眩みしちゃった」
テヘッと笑うが、顔色が悪い。もう一度座らせて背中を支える。
「マイ!」
騒ぎを聞きつけたアンドレが駆け寄ってきた。クレメントさんもネイ団長も慌てた様子でやってくる。
「顔色がよくないですね。魔力は?」
クレメントさんが俺を見る。
「えっと、魔力はいつもよりは少ないけど、普通の人よりは十分あります」
「たぶん、貧血だと思うの。ちょっと休めば大丈夫よ」
「悪いがここでのんびり休んでもらうってわけにはいかないんですよ。そろそろ出発なんでね」
黒姫は力のない声で自己診断を告げたが、それをネイ団長が申し訳なさそうな声で却下した。
「大丈夫か? 今の黒姫じゃ歩いて帰るの難しくないか?」
「そっか。……じゃあ、高妻くんにおんぶしてもらおうかしら」
「は?」
思ったままを口にしたら、思ってなかった答えが返ってきたんだが……。
その場に変な緊張感が張り詰める。
「いや。マイは私が背負おう」
黒姫のとんでもない提案に呆けていると、横からアンドレが申し出てきた。
更に緊張感が高まる。
「え、いえ、そんな」
「遠慮しなくていい」
イケメンオーラを纏いながら、アンドレが黒姫の腕を取ろうとした。
「ううん、ほんとに。だって、ほら、アレよ。えっと、あ、そう、もしまた魔獣が襲ってきた時、私を背負ってたらアンドレが戦えないじゃない? でも高妻くんは戦闘になったら何の役にも立たないし、むしろ普段も役に立ってないけれど、こんな時くらい役に立ってもらわないとね」
「しかし」
「マイ様、私が」
粘るアンドレの横からジャンヌが進み出た。
「ありがとう、ジャンヌ。でも、あなたもサフィールも護衛しなきゃでしょ? ほら、早く」
黒姫は前に出かけたサフィールも牽制して、俺に向かってくいくいっと手で招く。
えっと、何? 黒姫は俺をご指名か? ジャンヌよりアンドレより俺がいいってことか? つまりはそういうことか?急に心臓がバクバクしてきた。
それを悟られないようにしゃがんで背中を向ける。なんか周りからの視線が痛い。
黒姫がそっと身を預けてきた。おっと、これは意外に……。
「どっこいしょ」
掛け声とともに立ち上がると早速「私が重いみたいな声出さないで」とクレームが入った。
「よーし。出発するぞ! プティ班は先行して帰路を確保しろ!」
ネイ団長の号令のもと、来た道を帰る。
が、ユーゴのデストロイなんちゃらの被害が酷い。あちらこちらに折れたりもげたりした木が散乱していて、中には根こそぎ持っていかれたのかぼっかり土が抉れていたりするので、めっちゃ歩きにくい。人ひとりを背負ってるからなおさらだ。まぁ、身体強化魔法を使ってるから平気っちゃ平気なんだけど。
「ごめんね」
いきなり耳元でささやかれてドキッとした。
「べ、別にこれくらいへーきだし。ぜんっぜん重くないし」
重くないって言ったのに背中から剣呑な視線を感じる。
けれど、それはすぐに小さなため息に変わった。
「じゃなくて、なんて言うか……」
「うん?」
「さすがにね、目の前で生き物が殺されるのはちょっとキツイなって……」
「あ、うん……」
「だから、ちょっと弱音をね、吐いてみたくて……。こういうの、アンドレやジャンヌには言えないし」
確かにな。
俺たちの日常の中で命を奪う行為には縁が無い。せいぜい蚊とかゴキブリくらいだろう。野生動物だろうと家畜だろうとそれらが殺されるところをその眼で見ることはまず無い。いざそれを目の当たりにした衝撃や嫌悪感。それを共感できるのは同じ世界から来た者だけだろう。
それで俺を指名したわけね。なんだ。おかしいと思った。
「うん。まぁ、ゲロでなけりゃ弱音でも何でも吐いてくれていいぞ」
「そんなもの吐かないわよ、バカ。ていうか、高妻くんにはペネロペのことで貸しがあるんだからね? 私の我儘くらい聞いてくれてもいいでしょ」
「はいは……んん?」
黒姫のちょっと甘えたようなオーダーよりも、俺の注意を惹くものがあった。
それは、目の前にころがっている石ころのようなもの。これ……なんだ? 魔力を感じるんだが。
「どうしたの?」
足を止めて地面を見る俺に黒姫が声をかけてくる。
「レン殿?」
「どうかしたの?」
黒姫の護衛に横を歩いていたジャンヌとサフィールも怪訝な顔で聞いてきた。
「何をやっている」
後ろからは咎めるような口調のアンドレの声。
「あ、この石がちょっと気になって」
と、その拳大の黒っぽい石に手を伸ばそうとしたら、
「え、ちょっ」
黒姫がぎゅっとしがみついてきた。
「いきなり危ないじゃない。バカ」
「あ、悪い」
おんぶしたまま地面にある物を取ろうとしたらバランス崩すわな。俺のミス。
「やはりレンでは危なっかしいな。代わろうか」
「ううん、大丈夫。それより、その石がどうかしたの?」
ここぞとばかりに交代しようとするアンドレを制して、黒姫が問いただしてくる。
「ああ、この石から魔力を感じるんだけど……」
「魔力? 魔石ですか?」
「まさか、魔獣の魔石……」
ジャンヌとサフィールから剣呑な視線を向けられる。
「かも。ちょっと触ってみる」
と、取ろうとしたら黒姫からストップがかかった。
「ジャンヌ、その石を高妻くんに取ってあげて」
黒姫に指名されたジャンヌは「は、はい」と恐る恐る手を伸ばして、その石を掴むなりぱっと俺の手に握らせた。そして、自分の手袋を見て、
「嫌だ。黒くなっている」
と、顔をしかめた。
見ると、受け取った俺の右手も石に触れた所が黒く汚れていた。
ちなみに、俺の右手は黒姫の足を抱えていないのだが、彼女が俺の胴にぎゅっと両足を絡めているので大丈夫だ。いや、俺の方は彼女の太腿の感触とかでけっこう大丈夫じゃないんだけど、とにかく今は石のことだ。
墨みたいな黒色でざらざらした質感。形はゴツゴツとしていびつだ。手のひらから伝わってくるのは……。
「魔素?」
何のイメージも無い。獣でも木でも水でもない。只の魔素。あえて言うなら土か。
そしてそれはこの土地からぼんやりと感じていたものと同じだった。
「なんの魔石かはわからないけど、魔獣のじゃないな。お土産に持って帰るか」
「はぁ? お土産?」
周りからの呆れたような視線をスルーして、ベルトに付けている革袋にしまって歩き出す。
奇異なものを見るような視線に晒されながらしばらく歩くと、森が戻ってきた
「ユーゴ殿の旋風はこんな所まで広がってたのか」
歩いてきた道を振り返って、サフィールが驚き半分呆れ半分に呟いた。
「かなり距離あるぞ。そりゃ魔力切れにもなるわな」
「無茶するわね。また勇者がどうとか言うのかしら」
ぶつぶつとユーゴに文句を言っていた黒姫も、森に入って歩きやすくなると、俺の背中で静かに寝息を立て始めた。やっぱり疲れてたんだな。肉体的にも精神的にも。
だけど、いかに疲れていたとしても人のローブの肩を涎まみれにするのはいかがなものでしょうか。確かにゲロ以外ならいいとは言ったけれど、俺はまだJKの涎をご褒美だと喜べるほど上級者じゃないんだよなぁ。
特に魔獣に遭遇することも無く、無事拠点に戻ってくると、不安そうな表情の留守番組から一斉に質問責めにあった。例のデストロイトルネードがここからでも見えていたらしい。
同行組の連中が口々にユーゴの大魔法の話を伝えると、皆が畏敬と称賛の嵐をユーゴに贈った。けれど、肝心の勇者はちょっと片手を上げてそれに応えると、さっとテントの中に消えてしまった。それでも勇者を讃える声は止まず、「あれだけの大魔法だ。勇者といえど疲れたのだろうと労った。




