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第39話 魔獣討伐へ

 翌朝。

 日の出と共に第9分団の騎士たちが魔獣の討伐に出発した。

 確か、ユーゴが一緒に行きたいみたいなことを昨日言ってたのだが、如何せんこっちは長距離の移動を終えたばかりで疲れもあるし準備も整っていない。

 それを言って待ってもらおうとしたところ、「こっちは任務で来てるんだ。お坊ちゃんたちに付き合ってられねぇよ」と、けんもほろろに言い返されたそうだ。

 ちなみに、第9分団というのはネイ団長が言っていたとおりに魔獣の討伐が主な任務の騎士団で、王国東部を割り当てられている。と言うよりも、この国では魔獣の住む森のほとんどがこの東部にあり、彼らが定期的に巡回しながら討伐しているのだそうだ。


 ユーゴたちの出発は早くても午後になってかららしい。それまでは俺たちはすることが無い。だから、昨夜の事件を相談したかったのだが、ユーゴも黒姫も常に誰か彼か側にいてなかなか話しができないでいた。


 砦の塀からぼんやりと景色を眺める。

 薄い雲が広がる空の下、昨日行った領都の町並みの向こうに農地と森が混じった丘が連なり、その先に緑の濃い低い山並みがあった。

 あれが魔獣の住む森か……



 ※  ※  ※



 昼食を早目にとって身支度を始める。一応、俺と黒姫も一緒に行くことになっている。俺はともかく、黒姫はドラゴンの討伐にユーゴと同行するんだ。ある程度場馴れは必要だろう。

 クララに手伝ってもらい、胸から腰までの革鎧を着る。いつものローブは暑いので無し。あとは脛までのブーツ。

 一緒に行くクララもスカートからズボンに変えて同じ装備だ。この世界の女性は騎士以外はほとんどズボンを履くことがないせいか、ちょっと恥ずかしそうにしているのが初々しい。


 広場に行くと黒姫がいた。彼女も革鎧を着ているが、俺のより高級そうだ。髪はポニーテールじゃなくて、まとめてアップにしている。

 ぼーっと見ていたら、視線に気づいたのか胡乱気な眼を返された。


「何? ジロジロ見て」


 詰問もされた。


「え、いや、なんかそういうヘアスタイルも新鮮でいいなと思って」

「……後で兜を被るから」


 思ったままを口にすると、ちょっと顔をそらした黒姫から簡潔な返事が返ってきた。なるほど。


 これ以上黒姫を堪能するのも躊躇われて、なんとなく周りの騎士たちに目を向けた。

 騎士たちの鎧は全身を覆うタイプじゃなくて、二の腕や太腿がフリーになっている軽量の鎧で、肩や胸の部分に多少の装飾はあるものの基本鋼色のままだ。ただし、アンドレみたいな分団長クラスは鎧に色が付いている。あとはマントの色で所属の分団を識別できるようにしているようだ。ちなみに第13分団は鮮やかな青で、第9分団はくすんだ深緑色。団長の鎧の色もそれに倣っている。


 当然、ユーゴも鎧姿だ。初めて見たけど……赤い。もう全身真っ赤。

 これはアレか。通常の3倍のスピードだからか。

 若干引き気味に見ていると、気付いたユーゴがガシャガシャとやってきて、


「レンがどう思ってるかだいたいわかるけど、違うからね」


 と、釘を刺してくる。


「いや、別に何も思ってないよ。ただ、ツノが無いのは画竜点睛を欠くかなぁと」

「ほらぁ。違うってば。なんかね、初代の勇者の時からこの色なんだって。たぶん戦国時代の赤備えをイメージしたんじゃないかな」


 なるほど。初代だったら180年前だから、ええと、江戸時代後期の人か? なら、そうかもな。でも、やっぱりツノが欲しいなぁ。


 その赤い勇者は馬に乗っていく。付き人のジルベールも馬だ。

 なので、馬車は俺と黒姫の2台。黒姫の馬車にはイザベルさんとジャンヌ、俺の方にはクララとクレメントさんが同乗する。


 砦の傍を流れる川に架けられた頑丈そうな橋の先にも砦があった。橋頭保というやつだろう。

橋を渡ってそちらの門から街道に出る。

 川に沿って上流、たぶん南に向かって進んでいるようだ。意外に馬車の振動が少ない。クレメントさんによると、街道の整備は貴族の土魔法によるもので、この揺れの少なさは整備がしっかりなされている証拠だと感心していた。

 馬車の窓は小さくて、中にいると熱がこもってくるんだけど、風の魔法石を利用した送風機があるおかげで案外快適だ。魔法って便利。


 馬車の外を流れる田園風景の中に時々森のようなものが見える。あれは普通の森で魔獣は住んでいないらしい。そんな森がちょくちょく見られるようになり、道は次第にその中を通るようになった。同時に馬車の振動も大きくなる。

 時々、森が途切れて明るくなるものの、木々はどんどん密になり薄暗くなっていく。


「魔獣、出ませんか?」


 ちょっと心配になって聞くと、


「魔獣といっても元は野性の獣ですから。これだけ馬車や馬がいれば警戒して出てこないでしょう」


 と、クレメントさんが心配いらないと笑顔で答えた。

 それでもなんとなく気になって窓に顔を近づけてみていると、いきなり石積みの壁が目に飛び込んできた。


「えっ、何?」

「ああ。着いたようですね」

「あ、魔獣討伐の拠点にするとかいう所ですか?」

「ええ。旧領都のサルルブールです」。


 壁は町の外周に建っているらしく、その壁を抜けると旧領都らしくたくさんの建物が見えた。緑も多い。が、よく見ると人が住んでいる感じがしない。


「……ゴーストタウン?」

「はい?」

「あ、人がいないなって」

「ええ、そうなんです。森が広がって魔獣の被害が深刻になったために住民は今の領都に移ったと聞きました」

「そうなんだ」


 馬車が停まったので外に出ると。そこは川の傍にある広場だった。いくつものテントが張られ、従者たちが馬の世話や食事の準備にと立ち働いている。騎士の姿は見当たらないので、まだ討伐から帰っていないみたいだ。

 その広場を囲むように建っている石積みの家々にやはり人影はない。

 川の向こう側に目を移すと、小高い丘の上に見える大きな屋敷が半分崩れ落ちていた。その麓に並ぶ建物も戦乱に遭ったようにボロボロで、所々森に覆われている。


「まるで廃墟ですね」

「私も実際に見るのは初めてですが、酷い有様ですね。魔獣の仕業には見えないですし、何があったのでしょう?」


 突然、広場の一角が騒がしくなった。見やると、騎士たちが帰ってきたようだが、様子が変だ。怒声が響き、従者たちが慌しくテントに出入りする。


「怪我人がいるようです」


 クレメントさんの言葉どおり、騎士の何人かは鎧が壊れたり服が破れたりして血を滲ませているのが見えた。

 と、視界の端から現れた黒姫が騎士たちの元に走っていく。

 黒姫はネイ団長と二言三言やり取りした後、怪我人に向けて手をかざし始めた。どうやら、治療を買って出たようだ。


「やっぱり魔獣って危険なんですね」

「ですが、ネイ団長はあれで魔獣討伐に関しては高い能力を持っていると聞き及んでいます。そう簡単に後れを取るとは思えません」

「じゃあ、それほどここの魔獣が強いってことか」

「とにかく我々も行って事情を聞いてみましょう」


 次々に怪我人を治していく黒姫を感動半分呆れ半分で見ているネイ団長に、クレメントさんと並んで歩み寄る。


「ネイ団長、何があったのですか?」

「ルメール殿か。リギューの群れにやられた」


 ネイ団長が苦々しく答える。

 確か、リギューはイノシシの魔獣だったはず。


「群れ、ですか?」

「ああ、10頭以上はいた。しかも成獣の」

「私は魔獣にはそれほど詳しくはないのですが、リギューというのは普通多くても5,6頭の群れでいると習ったように記憶していましたが」

「そのとおりだよ」


 ネイ団長はクレメントさんをじろりと睨むと、


「サルルには魔獣の動きが活発になったと依頼を受けて来たんだ。ここの森の魔獣が他所よりも厄介なのは十分知ってるし何度も討伐してる。決して油断してたわけじゃない。けど、リギューの成獣10頭を相手になんて初めてだ。くそっ」


 と、吐き捨てるように言ってがしがしと頭を掻いた。


「幸い団員たちの怪我はたいしたことはなかったんだが、数が多くてな。うちの聖魔法使いが魔力切れになりそうだったんだ」


 と、後ろで疲れ切った顔をしている髭面の大男を指さす。って、あんたが聖魔法使いかよ! 髭面で聖属性はずるいよ! 


「聖女様が来てくださり助かりました」


 副団長のヴァレンティンと名乗ったその聖魔法使いが怪我をした騎士たちの方を見やると、もう既に全員治してもらったらしく、黒姫のことを「聖女様!」と崇め奉っていた。それに困った黒姫が、ててっとこっちに逃げてくる。


「お疲れ。さすが聖女様」


 片手を上げて労うと、


「やめてよ、高妻くんまで」


 と、眉を寄せる。


「いや、聖女様には感謝しかねぇ。正直、こんな子供が聖女かって侮ってた。すまん」

「いいんです。それに、私にできることをしただけですし」


 騎士の礼で頭を下げるネイ団長に、黒姫は胸の前で手を振って恐縮する。


「でも、全然躊躇わずに怪我人のところに走っていったし凄いよ。俺なんてビビッて引いてたほどだし」

「ロッシュにいた時は治療院で病人や怪我人の治療してたから、これくらい別に普通よ」


 俺が素直な感想を口にすると、「聖女ですが何か?」みたく澄ました顔を向けてきた。


「そっか。ていうか、こういう時ってエリアヒールなんじゃねーの?」

「何それ?」

「範囲魔法で全員いっぺんに治すやつ」

「はぁ? 裂傷とか打撲とか骨折とか一人一人怪我の種類も程度も違うのに、いっぺんに治せるわけないでしょ?」


 どうやら黒姫は症状に合わせて用法用量を守って魔法を使用しているようだ。


「ところで」


 と、ネイ団長の声。


「前から気になってたんだが、そのおかしな髪の奴は何なんだ?」


 目線が俺に向けられているので、たぶん俺のことを聞いているのだろう。


「俺はレンです。勇者と聖女の、えーと、アシスタント的な?」


 自己紹介すると、団長は「アシスタン?」と胡散臭そうに目を細めた。それをスルーして、


「あの、この森の魔獣って凶暴だって聞いたんですけど、川の向こう側の建物が壊れてるのって、やっぱり魔獣のせいだったりするんですか?」


 と、あの半壊した屋敷を指さして聞いてみた。

 ネイ団長は「ああ?」と怪訝そうに片方の眉を上げてから、


「いや、あれは確かドラゴンに壊されたとかそんな話だったと思うが」


 と、顎をさする。


「ドラゴン! ドラゴンに襲われたんですか?」

「襲われたというか、この近くで勇者がドラゴンと戦ったんだよ。その時に巻き込まれて被害に遭ったんじゃなかったかな。まぁ、よくは知らんけど」


 そうか。お前も巻き込まれたのか……。

 廃墟に向かって親近感の眼差しを向ける。


 そういえば、前回の勇者の最後の戦闘があったのがサルルだったって調べた資料の中に書いてあったな。かなり激しいものだったらしいけど、こんな町の近くで戦ったのか。周りに被害を及ぼすとか考えなかったのかよ。

 何やってんだよ、タニガワカツトシは。


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