第37話 フリカデラ
歓迎の晩餐は長方形の小さめのホールのような部屋で行われた。
壁には独特な模様のタペストリーが飾られているほかは華美な装飾は無い。壁のランプの灯りがゆらめいているのは『光の魔法石』ではなく、ろうそくなのだろうか。
中央に置かれた長いテーブルには薄いクリーム色のクロスが敷かれ、ろうそくが灯された2台の燭台の間には綺麗な花々が飾られている。
テーブルの端には領主夫妻が向かい合って座り、領主のオットーさんの隣に黒姫が、オットーさんの妻、クララのお祖母さんの隣にはユーゴが配されている。その隣にはそれぞれクララのお父さん、お母さんが座り、俺はお父さんの隣に席が与えられていた。俺の向かいにアンドレ、その隣はクレメントさんだ。そして俺の隣にはなぜかシュテフィさんが座っていた。
「え、なんでシュテフィさんがいるんですか?」
こそっと聞くと、
「人数合わせだそうだ」
迷惑そうな顔でこそっと返事があった。
確かに、アランたちは護衛の任務があるし、ジルベールやイザベルさんはそれぞれユーゴと黒姫の給仕をしなくちゃだし、クララやミハエルは成人していないのでこういう晩餐の席にはつけない。かといって席を空けておくのも良くないので、シュテフィさんが呼ばれたらしい。
「でも、この席順だとシュテフィさんとクレメントさんが夫婦みたいですよね」とからかおうと思ったけど、逆に俺とアンドレがペアになってしまうという誰得な事態に気づいてやめておいた。
晩餐はオットーさんの挨拶と創世の神への感謝の言葉で始まった。
料理はコース料理みたいに一品ずつじゃなくて、適当にワゴンに乗せられて運ばれてきた料理を付き人が取り分けて出してくれるようだ。
その時、向かいにいるアンドレの付き人の若い従者が取り分けた料理を一口食べてからアンドレに出すのが見えた。つまみ食いかよ。
よく見るとジルベールもクレメントさんの付き人も同じくつまみ食いをしている。
それでわかった。毒見だ。
ロッシュやロクメイ館じゃそんなことしてなかったと思うんだけど、もしかしたらシャンペリニヨンやロレーンでの晩餐でも毒見をしてたのかもしれない。まぁ、その時は俺は呼ばれてなかったから知らないが。
それにしても、給仕って命がけなんだな。まぁ、いざとなれば黒姫がいるから大丈夫だろう。
チラリと黒姫を横目で見ていると、
「なんだ、この料理は」
向かいの席のアンドレから戸惑うような呟きが聞こえた。
見ると、アンドレの前の皿には綺麗な焼き色が付いた握りこぶしくらいの大きさの平べったい塊が乗っていた。
その一品に目が留まる。
それと同じものがクララの手で俺にも出された。これって……。
思わずユーゴと黒姫の方を見ると、あいつらも気づいてお互いに見合っていた。
間違いない。
「「「ハンバーグだ!」」」
宴席に俺たちの声がハモる。
みんなビックリしてるみたいだけど、そんなのにかまってられない。急いで一切れ口に放り込む。噛むごとにじわっと溢れる肉汁。
ああ、これだ。
「味もちゃんとハンバーグだな」
「うん、ちょっと肉の臭いが強いみたいだけど」
「だから、ほら、ナツメグ! ナツメグを入れるのよ!」
なぜかドヤ顔の黒姫に、それまで硬い態度だったオットーさんが感心したような顔を向ける。
「聖女様はこの料理をご存知なのですか?」
「ご存知も何も、みんな大好きハンバーグよ! まさかこの世界で食べれるなんて」
「黒姫さん、興奮しすぎ」
ユーゴが苦笑する。
「この肉料理とよく似た料理が僕たちのいた世界にもあるんです。でも、ロッシュにも王宮にもなかったところをみると、ここの地元料理なんですか?」
「これはフリカデラといって、私の故郷の伝統料理なのですよ」
ユーゴの隣からお祖母さんが嬉しそうに教えてくれる。
「フリカデラですか。凄く美味しいです」
「勇者様や聖女様のお口に合ってよかったですわ」
「これ、もしよかったら作り方を教えてもらえませんか」
黒姫がテーブルに身を乗り出すようにしてお祖母さんに頼んでいる。
「では、今度一緒に作ってみましょうか」
お祖母さんがそう誘うと、イザベルさんが「そんな、聖女様が厨房に入るなんて」と諫めるのもかまわず「はい。ぜひ!」と前のめりになって頷いていた。なんだ、黒姫のやつ、料理に興味が湧いたのか?
でもまぁ、俺もレシピは欲しいかな。そんで、ペネロペのお兄さんに渡してハンバーガーを作ってもらおう。(いつもの他力本願)
「レン様もお口に合いましたでしょうか?」
クララが小声で聞いてきた。
「うん。もちろん。あ、でも、ハンバーグだけじゃなくて、他の料理もパンもみんな美味しいよ」
「お世辞でも嬉しいですな」
答えると、お父さんも会話に入ってきた。
「いえ、本当に。たぶん、材料そのものがいいんだと思います。なんていうか、こう、一つ一つの味がしっかりしてるっていうか」
「ほう。あなたもそう思いますか」
お父さんが俺に向き直るようにして話し始めた。
「実は私も前々からそう感じていたのですよ。我が領の農産物は他の領の物よりも美味しいと。なのにサルル産というだけで値が下がり買い叩かれてしまう。私はそれが口惜しい」
何故と聞くまでもないか。
学院でクララが言われていたことを思い返せばだいたいの想像はつく。穢れた地で作られた農産物とか言われてるんだろう。風評被害というやつだな。
「この料理に使ってる食材はサルル産ですか?」
「ええ、そうですよ」
お父さんはそう言ってから、ちょっと声を落として不安そうに聞いてきた。
「気になりますか?」
「気になるっていうか、ちょっと興味が湧いてます」
「興味ですか?」
「なんていうかここの料理って魔力が強いんですよね」
「え、そうなの?」
「魔力が強い?」
黒姫とユーゴが聞き返してきたけど、他の皆さんはきょとんとなった。
「……それは、どういう意味か?」
オットーさんが代表して聞いてきた。
「ええと、俺が魔力を感じられることは話しましたよね。ここの料理っていうか、たぶん材料からだと思うんですけど、魔力を感じるんですよ」
「つまり、材料が変だと言うのか」
オットーさんの顔が険しくなる。
「いえ、変とかじゃなくて。えっとですね、俺もここの料理を食べるまであんまり気にしたことなかったんですけど、食べ物にも魔力、じゃなくて魔素って言う方が正確かな。その魔素が含まれてるんですよね」
「当然だ。万物に魔素は含まれているのだから」
「それで、王宮で食べてた料理よりここの料理の方が魔素が多い気がするんです」
「魔素が多いのか、これは……」
シュテフィさんがフォークにさした付け合わせのニンジンをしげしげと眺めて呟いた。そしておもむろにパクリと食べて咀嚼する。
「いまわらしははりょうのまほをへっひゅひへいるわへだ」
「シュテフィ、食べながら喋るのは止めろと学院の時から言っているだろう」
クレメントさんの小言もスルーして、シュテフィさん「魔素……魔素か……」と呟いて考え込み始めた。
他の皆さんは放置されてお互いに顔を見合わせるばかり。そこにクレメントさんの張りのある声が響く。
「彼女のことは放っておいて構わないので、我々は食事を続けましょうか」
クレメントさんの提案にみんな手や口を動かし始めた。けど、やっぱり魔素の件を気にしてるのかどことなくぎこちない。特に対面のアンドレはまだ手を止めている。
「すいません。俺、なんか余計なこと言っちゃたみたいで」
ペコリと頭を下げると、隣からクスっと笑い声が聞こえた。
「何を謝っているんだい? レンでなければ魔素のことに気づかなかったよ」
「でも、気づけばいいってものでもないでしょう?」
現に魔素の多い料理をみんな気にしてる。特に地元民じゃないアンドレとか。
「いや、気づいて良かったですよ」
クレメントさんが笑顔を向ける。
「なんといっても、魔素が多い料理は美味いってことがわかりましたからね。ほら、このフリカデラなんて絶品ですよ」
と、丸ごと1個口の中に放り込んだ。
それを見て、お祖母さんも笑顔を取り戻す。
「そうですね。自分たちの土地で育ったものに誇りを持たなくてどうしますか。さぁさぁ、フリカデラはまだありますよ」
「母上の言うとおりだな。このライ麦のパンもお薦めなんだ。王都のパンよりも味が濃い」
「ほんとだ。ここの料理にちょうど合ってる」
「では儂はビールを勧めよう。サルルに来たからにはビールだ! ビールを持ってこい!」
晩餐のテーブルに活気が戻ってきた。
俺もガツガツむぐむぐとハンバーグ、じゃなくてフリカデラを平らげる。さすがにこの席でパンにはさんで食べるという蛮勇は遠慮しておこう。きっとペネロペのお兄さんならうまいハンバーガーを作ってくれるはずだからね。(やっぱり他力本願)




