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第36話 楽しいマイスナー一家

 ユーゴたちが部屋を出ていくのを呆然と見送ったのも束の間、いきなりその扉がバタンと開いて、


「姉上、おかえりなさい!」


 と、男の子が走り込んできた。


「ミハエル!」


 クララはぱっと笑顔になって名前を呼ぶ。

 ミハエルと呼ばれた子は、くりくりっとしたこげ茶の髪の毛のあどけない顔をした少年で、身長はユーゴと同じくらいか。生成りの長そでシャツに髪の毛と同色の袖なしの上着を着ている。クララの弟かな?


「ゼバスから姉上が帰ってきたと聞いて、急いで来たんだよ」


 ミハエルがクララの手を握って嬉しそうに報告していると、


「何ですか、ミハエル。ノックもせずにお行儀の悪い」


 と、小言を言いながらクララと同じ薄い金髪を緩く纏めた背の高い女性と、赤毛を結い上げた中肉中背の老婦人が若い侍女を従えて部屋に入ってきた。


「お母さま、お婆さま」


 クララがいっそう笑顔になる。

 あれがお母さんとお祖母さんか。クララはお母さん似なんだな。あの髪色とか緑の瞳とか、背が高くていろいろ大きいのも母親譲りなんだろう。え? 大きいのは魔力量のことですが何か。


「クララ、元気そうで嬉しいわ」


 お母さんもクララに歩み寄って娘を抱きしめる。


「待て待て。儂にも抱きしめさせろ」


 オットー爺さんが慌てたようにやってきて割り込もうとする。それをにこやかに見守るお父さんとお祖母さん。うーん。家族水入らずだなぁ。俺、めっちゃ邪魔者じゃね?


「クララお嬢様、お久しゅうございます」

「おかえりなさいませ。お嬢様」


 さっきの執事とお母さんたちについてきた侍女も声をかけてくる。


「ただいま。ゼバス、チネッテ」


 クララもそれに笑顔で応える。使用人たちにも慕われてるようだ。


「学院を辞めてしまったと聞いて心配していたけれど、聖女様のお付きになっていたなんて。私、とっても嬉しいわ」


 お母さんの言葉にクララが首を振る。


「いいえ、お母さま。私がお仕えしているのは聖女様ではなくて、こちらのレン様です」


 と、手を広げて俺を紹介する。


「あ、どうも。レン・タカツマです。娘さんにはいつも助けてもらってます」


 ペコっと頭を下げると、ミハエルが「えー」と不満の声を上げた。


「このカラスが泥水を浴びたような髪の人にですか」


 俺の髪は黒姫に脱色してもらってからけっこう日数が経っていて生え際の黒い部分がわりと目立ってきてたけど、ミハエルくんは例えが上手だなぁ。はははは……。


「ミハエル、失礼よ。レン様は見た目はこんなだけど、勇者様や聖女様と同じ国から来られた凄い方なんだからね」


 クララが自慢げに言い返す。けど、あんまり嬉しくないのはなぜだろう。


「ほぉ、勇者や聖女と同じ国からか。して、どのように凄いのか?」


 オットーさんが疑わしそうに俺をじろじろと見た。


「はい、お爺さま。レン様は勇者様にも聖女様にもない特別な力をお持ちなんです」

「特別な力とは?」

「レン様は魔力を感じることができるのです」

「魔力を感じることができるだと!」


 オットーさんが目を大きく見開く。


「……で、それはどういうことなのだ?」

「え、えーっと、魔法が目に見えたり魔力の大きさがわかったりするんですけど……」


 わかってなさそうなオットーさんに俺が説明してあげると、さらに胡乱気な目を向けられた。


「魔法が目に見える?」

「ええ。皆さんが魔法を使うと、たいていは指先から陽炎みたいなものが出るんです。あと、聖魔法は水だったり光だったりしますし、身体強化魔法を使うと体が虹色のベールに覆われるように見えたりします」


 オットーさんはあごに手をやって「うーむ」と唸って、傍に立つ息子に問いかける。


「オスカー、お前はどう思う?」

「俄かには信じられませんが、だからこそ特別な力なのでしょうか」

「そうか。そうかもしれんな。で、魔力の大きさがわかると言うのは?」


 顔を俺に戻して聞いてくる。


「言葉のとおり、その人の持っている魔力量がわかるというか感じ取れるんです。例えば……」


 疑わしそうに俺を見る二人のために、何かわかりやすい具体例を探す。


「あ、前に魔力の大きさは親から子に受け継がれるって聞いたんですけど、クララやミハエルくんの魔力はお母さん譲りなんですね」


 大人の中ではお母さんの魔力が格段に大きい。


「そ、それは……」


 納得してもらえるかと思ったけど、二人とも苦い顔をしている。ヤバい。もしかして男親のプライドを抉っちゃったか?

 その重い空気をやぶったのはミハエルくん。


「ねぇ、僕の魔力って大きい?」


 と、純真な瞳で聞いてきた。

 渡りに船と、にこやかに答える。


「うん。大きいよ。筆頭魔法士のアンブロシスさんが一目置いてるお姉さんみたいにね」

「ほぉ、あのアンブロシス卿に一目置かれるとは。偉いぞ、クララ」

「やったぁ! じゃあ僕も王都の学院に入れるね」


 感慨深げなオットーさんの横で、ミハエルが万歳するように両手を挙げて嬉しそうな顔を母親に向ける。

 が、お母さんは複雑な表情だ。


「けれど、クララのようなことがあるかと思うと心配だわ」

「姉上? そういえば、姉上はどうして学院を辞めてしまったの?」


 ミハエルの質問に大人たちは一様に気まずく黙り込む。けれど、クララは優しい笑みのままで学院であったことを弟に話し始めた。


「姉上にそんな酷いことをした奴らは僕が魔法で懲らしめてやる!」

「大丈夫よ、ミハエル。レン様がもう懲らしめてくださったから。それに正しい知識をみんなが知ってくれたなら、もう私たちを悪く言う人はいなくなるからね」


 憤慨する弟の頭を撫でてクララが言った。


「ふん。そんな簡単なことなら苦労はせんわい」


 オットー爺さんが腕を組んで鼻を鳴らす。

 まぁ、一度貼られてしまったレッテルは簡単には剝がれないよね。でも、


「父上、私もクララの言うとおりだと思います。我が領に向けられた悪評を払しょくする努力を諦めてはいけません。クララやミハエル、その子や孫までに我々と同じ思いをさせたくはありませんから」


 オスカーさんがちゃんと言ってくれた。いいお父さんだね。

 それでもオットーさんは厳しい顔つきを崩さない。


 その時、部屋の外で何かを叩くような音がした。


「おや、どなたかいらっしゃったようですね」


 執事のゼバスさんが「見てまいります」と部屋を出ていった。

 ややあって、戻ってきたゼバスさんが、


「シュテフィール・ベルクマン様が帰省の挨拶にいらっしゃいました」


 と報告する。


「ほう、シュテフィールも来ておったのか」


 難しい顔をしていたオットーさんが相好を崩す。


「こちらへ通してくれ」

「かしこまりました」


 ゼバスさんは一礼すると、すぐにシュテフィさんを連れて戻ってきた。

 シュテフィさんは俺を見て一瞬驚いた顔をしたが、すぐに澄ました表情に戻ってオットーさんの前に来るとローブの裾をつまんで貴族の礼を執った。


「ご無沙汰をしております。領主様、皆様方」

「うむ。久しいな、シュテフィール。王都の学院を首席で卒業したと聞いたぞ。さすがは我が領始まって以来の秀才よ」

「勿体無きお言葉。それもひとえに領主様のご援助があったなればこそです」

「なんの。当然のことをしたまでよ」

「ありがとうございます。このご恩を少しでも早くお返しできればと思っています」


 なんだろう。シュテフィさんが凄くまともに見えるんだけど……。

 ジトっと見ていたら、ふいにこっちを見たシュテフィさんの眼が細くなる。


「レン。なにか失礼なことを考えていないかな?」

「いえいえ。失礼な事なんて考えていませんでしたよ。ただ、いつものシュテフィさんと違うなぁとしか」

「君が普段私のことをどう見ているのかだいたいわかった」

「シュテフィールは彼のことを知っておるのか?」


 オットーさんが割って入ってきた。


「はい。むしろ今一番興味を惹かれる存在だと言っても過言ではないでしょう」


 シュテフィさんは楽しそうにそう言ったけど、周りの人はドン引きだ。


「シュテフィール。いくら婚期が遅くなったからといって、あのように年の離れた少年を相手に選ぶというのはいかがなものかな」

「領主様、何を言っておられるのですか。彼ほど貴重な人間はいませんよ」

「そ、そうか。まぁ、そこまで言うのなら反対はせんが」


 ちょっと何か大変な誤解をされているようだ。

 なので、この後めちゃくちゃ説明した。



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