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第35話 領主の屋敷

 俺たちが入ってきたのは西側の門で、領主の屋敷に行くには南側の門を使う。砦の南側にある町に領主の屋敷があるのだ。

 旅装を解いて綺麗な服に着替えた俺たちは、徒歩で領主の屋敷に向かった。何台もの馬車が停められるスペースが無いからだとか。


 道は狭いながらも凹凸が少なくて歩きやすく、その両側に並ぶ建物の外観はシンプルだけど色とりどりの花が花壇に植えられたり窓辺に飾られたりして目を和ませてくれる。その中を護衛騎士に囲まれながら歩いて行くのはちょっと物々しすぎる感じがしないでもない。案の定、住民のみなさんは戸を閉めて物陰から覗くだけというテンプレな反応だ。ていうか、あんまり歓迎されてない印象を受ける。


 やがて、門を出て徒歩10分もしないうちに高い生垣に囲まれた敷地に建つ大きな屋敷に着いた。とはいっても、あくまでも周囲の建物に比べてで、サルルに来るまでに訪れた二つの領主の屋敷に比べたらかなり質素で小さい。ここが領主の屋敷らしい。


「これが領主の屋敷か? 小さくないか?」


 俺と同じ感想をヴィクトールが口に出した。

 それにクレメントさんが答える。


「間違いないよ。ここが、領主のマイスナー男爵の屋敷だ」


 ほほう。領主はマイスナー男爵か。今までの領主は伯爵や子爵だったもんな。爵位によって屋敷の大きさって違ってくるもんなんだな。……んん? マイスナー?


「マイスナーって、クララの家名と同じじゃないか!」


 素っ頓狂な声を上げると、クレメントさんが不思議そうな顔をする。


「ええ。クララはマイスナー家のご令嬢ですからね。もしかして、レン殿は知らなかったのですか?」

「初耳なんだけど……」


 クララを見やると申し訳なさそうに小さくなっている。


「マジか……。ユーゴは知ってた?」

「僕は気づいてたけど、レンが気づいてないみたいだったからビックリさせようと思って黙ってたんだ」


 ユーゴがいたずらっぽく笑う。意地が悪いぞ。

 黒姫は何も言わなかったけど、顔つきから知ってたらしいことはわかった。何で言ってくれないかな、二人とも。

 ま、まあ? クララが領主の娘だからといって別段どうこうと言うこともないんだけど?


 背中に変な汗をかきながら歩を進めて蔦を這わせたアーチ型の門をくぐる。

 屋敷の前の道も中の前庭も狭く、確かに馬車1台が停まれるほどのスペースしかない。その無人の前庭へ護衛の騎士たちを引きつれてぞろぞろと入っていくと、なんだかいつもと違う感じがした。


「出迎えもいないのか。先触れは出ているはずだぞ」


 ヴィクトールが苦々しく吐き捨てる。

 そっか。今までダンボワーズ城でも他の領主の所でもたいていそこの主人が出迎えに出ていたっけ。


 この世界の常識とかしきたりとかまだよく覚えていないけど、訪問客をわざわざ主人が外に出て出迎えるのはかなりレベルの高い待遇らしく、普通は執事あたりが客間や応接間に通してから主人が顔を出すものらしい。勇者や聖女とはそれくらいの扱いなのだそうだ。やっぱり歓迎されてないのかな?


 クレメントさんが進み出て、フクロウをかたどったノッカーを叩く。ややあって、中から初老の男性が顔をのぞかせた。


「内務省のクレメント・ルメールです。勇者様と聖女様をご案内いたしました」

「伺っております。どうぞお入り下さい」


 初老の男性は扉を大きく開けて俺たちを招き入れようとすると、アンドレが指示を出してヴィクトールとサフィールを先に立てた。それに続いて中に入る。専属以外の護衛騎士さんたちは外で待機だ。

 中の様子も外と同じく質素だ。華美な装飾を好む王都の趣きとは違って無駄なものは飾らない置かない主義なんだろう。質実剛健っていうか、個人的にはこういうのは好きなんだよな。


 きょろきょろとする暇もなく、入ってすぐの部屋の扉を初老の男性、たぶん執事とかそういう人が「こちらでお待ちください」と開く。

 扉を開けて待つ執事は、俺の後ろにいたクララを見て一瞬驚いた顔になったもののすぐに柔和な笑みを見せた。お互いに声をかけたりはしなかったけど、やっぱりクララってこの家の令嬢なんだなって実感した。


 応接間の質素な革張りのソファに座って待つことしばし、扉が開いてこれまた質素な貴族服を着た老人と背の高い中年男性が入ってきた。


「サルル領領主、オットー・ヴォ・マイスナーです。こちらは息子のオスカー。遠路はるばるよくぞおいでくださいました」


 この人たちがクララのお爺さんとお父さんか。クララは領主の孫娘になるんだな。髪はどちらも濃い茶色の癖毛でクララとは似ていない。それに、口調は穏やかだけど受ける雰囲気はどこか固く感じる。

 こちらもクレメントさん、ユーゴ、黒姫、アンドレの順に名乗る。


「事前の連絡では、砦を拠点にされるとか」


正面の椅子に座ってそう切り出したオットー爺さんにクレメントさんが応対する。


「はい。ここからならば東へも北へもすぐに対応できますから。あと、勇者様がドラゴンとの戦いの前に魔獣の討伐をご希望です。何卒ご協力をお願い致します」

「魔獣の討伐と言うのならば協力は惜しみませんが、ここは辺境の領地ですからな。勇者様が満足されるようなおもてなしはできかねるやもしれません」

「いえ、食糧他必要な物資は用意していますので、ご心配には及びません」

「左様ですか。だが、今夜は歓迎の席を用意しております。せっかくですので、勇者様と聖女様にもご出席をお願いできますかな」


 オットーさんが儀礼的に二人を晩餐に誘うと、


「もちろん」

「喜んでお招きにあずかります」


 躊躇無く応諾する二人。


「できれば高妻くん、あの変な髪色の人も一緒にお願いします」


 更には、黒姫が俺を指さして頼んでくれた。ありがとう、黒姫。でも、この変な髪色はお前の仕業だからな。


「もちろん同席してもらってもかまいませんよ。ジャルジェ卿とルメール殿もご一緒にどうぞ」


 と、オットーさんは頷いた。


「あと、お願いがあるんですが」


 ユーゴが軽く手を挙げる。


「何か?」

「ここで60年前に勇者とドラゴンが戦ったんですよね?」

「正確には56年前ですが」


 オットーさんが訂正した。


「その時の事を知ってる人がいたら、当時の話を聞かせていただけませんか。できれば一緒に戦った人がいればいいんですけど」


 ああ。ユーゴはドラゴンの情報を欲しがってたんだっけ。なるほど、56年前にここで戦いがあったんなら、直接ドラゴントを見たり戦ったりした人がいる可能性も高い。


「……わかりました。何分昔のことですから存命しているかどうかわかりかねますが、手を尽くして探してみましょう」

「ありがとうございます」

「では、晩餐でまたお会いしましょう」


 オットーさんはそう言って席を立った。それに合わせて俺たちも腰を上げる。そこへ思いついたようにオットーさんが声をかけてきた。


「ああ。クララはここに残りなさい」

「ダメです」


 即答だった。


「な、なぜじゃ? せっかく家に帰ってきたのだから、積もる話もあるじゃろう?」


 威厳たっぷりだったオットーさんが惚けたようになる。

 顔を合わせてからもずっとクララのこと無視してたから孫娘に興味が無いのかと思ってたけど、普通におじいちゃんだった。


「私はレン様にお仕えしているのでお側を離れるわけにはいかないのです」


 クララが俺に寄り添うようにすると、オットーさんとオスカーさんの鋭い視線が俺に突き刺さる。


「レンとか言ったか。クララがここに残ってもかまわんよな?」


 口調は穏やかだけど、有無をも言わさぬ圧がある。


「え、ええ、もちろん。ほら、クララ。お爺ちゃんの言うとおりにしてあげたら?」

「レン様がご一緒でなければイヤです」


 クララは譲らない。


「レン殿。よろしいですよね」


 お父さんからも圧がかかる。ううっ、どうすりゃいいんだ?

 その時、我らが勇者ユーゴが口を開いた。


「もうめんどくさいから、レンも一緒にここに残れば? いいですよね? クレメントさん」

「ええ。丸く収めるためにはそれしかないでしょう」

「そうだな。護衛を2人残していくから、レンは残ってもいいよ。第9分団との打ち合わせに君は必要ないし」


 アンドレも賛同する。けど、なんか一言多くない?

 あと、黒姫にはふんっと顔をそらされる始末。


「では、そういうことで」


 こうして、俺を生贄にして顔合わせはお開きとなった。


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