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第34話 サルルルーイの砦

 王都のパルリからサルル領までには2つの貴族領を通る必要があった。

 最初の貴族領シャンペリニヨンの領都に着いたのは、王都を出て4日目の午後だった。

 シャンペリニヨン領ではワイン用のブドウの栽培が盛んで、特にスパークリングワインが有名なのだ、と黒姫がはしゃいでいた。あいつ、また飲むつもりか。

 そのスパークリングワインだけど、ここの領地と同じシャンペリニヨンという名前らしい。略すとシャンペリ。

 何のことはない、シャンパンだ。


「パルリがパリでアルセーヌ川がセーヌ川なら、シャンペリニヨンはシャンパーニュか。高妻くんの言うとおり、ここがフランスだって実感するわね」


 というのが黒姫の談。シャンペリを嗜みながらの。


 ちなみに、俺も一口飲んでみたけど、やっぱり苦くてダメだった。

 どうせ俺はシャンメリーがお似合いなお子様だよっ。



※  ※  ※



 シャンペリニヨン領の東にあるのはロレーン領だ。

 ここには鉄鉱石の鉱山がある。その鉱山を管理しているのは、デュロワールではナーンと呼ばれている種族だ。

 ナーンは山の民とも呼ばれ、彼ら独自の土魔法や金魔法を持っていて、鉄鉱石はもちろん非鉄金属や貴金属、魔法石の元になる石や宝石などの鉱物を採掘したり、金属を製錬する技に長けているのだそうだ。なんとなくドワーフっぽい。


「ナーンって、やっぱり背が低くて屈強で髭面で酒好きなんですか?」

「まぁ、我々より背が低い者が多いのは確かだが、あとはたいして変わらんよ。髭面も酒好きもいるだろうさ」


 勢い込んで聞く俺に、シュテフィさんは半ば呆れて教えてくれた。

 ふむ。俺の知ってるドワーフとはちょっと違うみたいだけど、たぶんドワーフだろう。いや、ドワーフがいるということは、


「じゃあじゃあ、エルフ、エルフはいますか? 耳が長くて、男女共に美貌で、長命で高慢で」

「レンの言っているエルフかどうかはわからないが、エルフと呼ばれている種族はいるな」


 シュテフィさんはかなり引いているが、かまわない。


「どこに行けば会えますか? エルフ」

「エルフが住んでいるのはずっと北の方の森の国だ。ただ、エルフは人間が嫌いだからな。なかなか会えないらしい。デュロワールでも会ったことのある者は稀だろう」


 地理的には北欧かな。けど、やっぱエルフは人間嫌いなのか。会ってみたいなー、エルフ。


「エルフは無理だが、ナーンならばロレーンやその南のルアルザスの田舎に行けば普通に会えるぞ」

「マジですか。帰る前に是非会ってみたいです! ていうか、サルルにはいないんですか?」

「サルルにはめぼしい鉱山は無いからなぁ」


 あれ? そうだっけ? まぁ、残念だけどしょうがない。

 ちょっと肩を落としていると、「あの……」とクララが遠慮がちに声をかけてきた。


「私が幼い頃何度か会った記憶があります。かなり年を召した方でしたが」

「本当?」

「はい。確か、グリンという名前だったと思います」

「グリン……グリン……。ああ」


 シュテフィさんは記憶を手繰るように名前を呟いた後、ポンと膝を叩いた。


「あの頑固者の爺さんか。あの人ナーンだったのか」

「祖父はそう言っていました」

「確かに小柄だったけれど、年寄りだからだと思ってたよ。うん、レン。サルルに行けばナーンのグリンさんに会わせてあげよう」

「ありがとうございます! シュテフィさん」

「彼が生きていればだがなっ」


 と、シュテフィさんはウインクした。可愛くないですよ、もう。



 ※  ※  ※



 ロレーン領を出てから更に東に進み、サルル領に入る頃には王都を出てから14日が経っていた。

 サルル領の領都サルルルーイはかつての要塞を中心とした町だ。

 近くを流れる川から水を引いた水濠を周りに廻らせたその要塞は、80年ほど前にデュロワール王国が当時ゴール王国領だったサルルを占領した時に作られたもので、さらに東方へ侵攻するための足掛かりにもなっていた。

 今はゴール王国との国境がずっと東のレーヌ川(たぶんライン川)にあり、争いも小康状態らしく、かつての要塞も騎士団所有の物資の貯蔵場所となっている。『サルルルーイの砦』とか、あるいは単に『砦』とみんなは呼んでいた。


 さすがに砦というだけあって、外観はごつい。ロッシュ城やダンボワーズ城、それに王都の城壁も俯瞰すれば方形や円形なんだけど、この砦の城壁は星形というか、ごつごつと角が多くてカッコイイ。

 濠に架けられた跳ね橋を渡って中に入る。

 城壁の内側には堅牢そうな建物が広場を囲むように整然と建っていた。その広場の奥にあるとりわけ立派な建物の前で馬車が止まった。

 馬車から降りた俺たちを出迎えてくれたのは実直そうな壮年の貴族で、軍務省の兵站部所属のトマ・ショワジーと名乗った。ここの責任者だそうだ。

 彼の隣にこげ茶の髪をザンギリにしたちょっとしょぼくれた感じの中年のおっさんが立っていた。着ている鎧も年季が入っているように見える。その斜め後ろには、灰色の短髪にゴワゴワの髭面のやたらにガタイがいい人が仏頂面で立っている。


「第9分団団長のミシェル・ネイだ」


 おっさんは一歩進み出てそう名乗った。


「第13分団団長、アンドレ・ヴォ・ジャルジェだ。こちらが勇者のユーゴ・シュロゥマ

殿と聖女のマイ・クロフィメ殿」


 アンドレが名乗り返し、ユーゴと黒姫を紹介する。

 二人を見てネイ団長はクイっと右の眉を跳ね上げた。


「勇者様たちが来るのはもっと後だと聞いていたんだけどな」

「先触れは届いていただろう?」


 アンドレがショワジーさんに目を向ける。


「はい。伺っております。しかしながら、第9分団は一昨日ここへ到着しましたので勇者様の到着日を把握していなかったと思われます」


 ショワジーさんがガチガチになって緊張した声で説明すると、アンドレは「そうか」とだけ答えて、顔をネイ団長に戻した。


「それで、9分団はなぜここに?」

「俺たちは魔獣討伐専任の分団だぜ。魔獣の討伐以外に何があるんだよ」

「貴様! ジャルジェ団長は公爵家のご令息であり男爵でもあるのだぞ! 口の聞き方に気をつけろ!」


 アンドレの後ろに控えていたアレンが血相を変えて怒鳴った。


「これは失礼しました。……階級は団長同士で同じなんだがなぁ」


 後半はちょっと声を潜めた感じだが、しっかり聞こえた。


「で、男爵様のお早いご到着の理由は教えていただけるんでしょうかね?」

「勇者様の魔法の訓練のためだ」


 いきり立つアレンを制してアンドレが答えた。


「へぇー、魔法の訓練のためにわざわざこんな辺鄙な場所に?」

「辺鄙だからだ。勇者様の魔法は強大すぎて王都周辺の訓練場では被害が出るので使用できない」

「ここなら被害が出てもいいってことですか」

「あの……」


 アンドレとネイ団長の言い合いにユーゴがそっと割入った。


「ネイ団長は魔獣の討伐に行くんですよね」

「ん? ああ、そうですよ」

「じゃあ、僕も連れて行ってもらえませんか?」


 ユーゴの提案にネイ団長は胡乱気に目を細める。


「ええと、何をしに?」

「もちろん、魔獣の討伐です」

「……経験はありますかね?」

「はい」

「王都近郊の森で何度も経験済みだ」


 アンドレが補足する。


「あー、あのお遊戯場ね」


 ネイ団長はがしがしと頭を掻いた。


「知らないかもしれませんが、このサルルの魔獣はそこらの魔獣とは全く別モンなんですよ。でかいは凶暴だわ。さすがに穢れた地の魔獣ですな」


 後ろに控えているクララの魔力が揺らいだ。


「団長さん。僕は勇者ですよ? ドラゴンを倒そうっていうのにちょっと凶暴な魔獣くらい相手にできないとでも?」


 ユーゴが挑発するように薄く笑う。


「これは失礼を。では討伐の打合せでもいたしますか?」

「いえ。僕たちは到着したばかりですから。荷をほどいてからここの領主に挨拶に行ってきます。打ち合わせはその後でいいですよね?」

「勇者様の御心のままに」


 ネイ団長は右手を胸に当てて腰を折った。そして、くるりと踵を返すと後ろの髭面とともに左手の建物の方に歩み去っていった。そこには第9分団の団員らしき騎士たちが思い思いにたむろしている。


「申し訳ない。勇者様に不快な思いをさせるようなことになってしまって、」


 二人の後ろ姿を睨みつけながらアンドレがユーゴに謝る。


「9分団には家柄の低い者が多いと聞いていたが、やはり礼儀がなっていなかったな」

「魔獣の相手をするような奴らですから。アンドレ様に対する口のきき方もなっていませんでしたし」


 アランも調子を合わせる。


「僕はかまいませんよ。僕たちの力を知ってもらえばあの人たちの態度も改まるでしょうから」


 ユーゴは9分団のたまり場を薄い眼で見つめながらそう言うと、


「さあ、宿舎を案内してください」


 と、ショワジーさんに作った笑顔を向けた。




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