第33話 サルルへ
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ゆったりと雲が流れる青空の下、何台もの箱型の馬車と幌馬車が王宮正門前の広場に並んでいた。
勇者と聖女によるドラゴン討伐部隊だ。
目的地はサルル領の領都サルルルーイ。そう、クララの故郷のサルルだ。
そこにある要塞がドラゴン討伐のベースキャンプになる。
実際、討伐の出発としては少々早いのだが、ユーゴが魔法の練習ができる場所を希望して、それならばサルルでということになり、とんとん拍子で出発が早められたと言う一面もあった。
メンバーは勇者のユーゴ、聖女の黒姫、そして俺。そして3人の付き人のイザベルさん、ジルベール、クララ。そのまとめ役のクレメントさん。アンドレといつもの護衛騎士4人からなるデュロワール王国騎士団第13分団20人。その従者たち。そして更に――。
「レン様、お久しぶりです」
オレンジの髪を後ろで束ねた地味な顔つきの、けれどとても聡明なメイドが挨拶してきた。
「久しぶり、フローレンス」
召喚されてから王都に来るまでに黒姫の専属メイドだったフローレンスだ。討伐中の黒姫の世話をするために召集されたんだとか。黒姫付きのメイドには彼女の他にもう2人いるがどれも初顔なところをみると、どうやらロクメイ館のメイドさんたちは討伐には同行しないようだ。
「ていうか、結婚するから家に呼び戻されるって言ってなかったか?」
確かそんなことを口にして寂しそうにしていたと思う。
「少々事情が変わりましたので、引き続き王宮で働いておりました」
「事情って?」
「私を嫁に出すよりも手元に置いておいたほうが儲かると父が判断したようです」
ふーん。あ、思い出した。
「そういえば、ペネロペも結婚する予定無いって言ってたぞ。お父さん、本当に病気だったって」
「左様でしたか。情報の精査が足りなかったようですね」
フローレンスはしれっと言葉を続けた。
「レン様は彼女にお会いになったのですか?」
「ああ。お披露目のあった日にな。月島で露店を出してた。んで、ベーコンサンドを売ってた。美味しいって評判なんだって」
「存じております。あの新商品のおかげでフールニエ商会もしばらくは持ち直すでしょう。ですが、あの程度の商品ではすぐに他の店に真似をされますし、珍しさも無くなればまた元に戻るでしょうね」
「冷静な市況予測をありがとう。フローレンスが相変わらずでなによりだよ」
「お褒めに与り光栄です」
フローレンスは平常運転だな。
「ところで、あの子は? ソフィも来てるの?」
ソフィ。ユーゴ付きの専属メイドだった可愛い少女で、ユーゴと一夜限りのワッショイをしちゃった子だ。
「あ、レン様、お久しぶりです!」
噂をすればなんとやら。編み込んだ濃い目の金髪を揺らしてソフィがにこやかな笑顔を振りまいてやってきた。
「またご一緒できて嬉しいです」
そして、こそっと顔を寄せる。
「レン様にはとっても感謝してるんですよ。これからもご助力お願いしますね」
ユーゴと寝たがっていた彼女にした俺のアドバイスが偶然にも成功してしまったのだ。ユーゴとフローレンスからの視線が痛い。
「で、そっちの人がレン様付きの使用人ですか?」
ソフィが俺の後ろに控えていたクララを指さした。クララはお仕着せを着てるけど貴族なんだよ。不敬とか大丈夫かな。
「レン様のめいどのクララです。よろしくお願いします」
と、そつなく挨拶を返すクララ。俺の心配は杞憂のようだった。
「あ、やっぱり『めいど』なんだ。こちらこそよろしく」
「レン様は変わったことをしでかすお方なので苦労してるでしょうね」
なんか妙な労いを受けているが、クララは微苦笑するに留めてくれた。……微苦笑はするんだ。
王様たちへの出発の挨拶も終わり、いよいよ馬車に乗り込む。
用意された箱型の馬車は地味なこげ茶一色の4人乗り。以前ロッシュ城からダンボワーズ城まで行く時に使ったやつと同じタイプの2頭立ての馬車だ。
ユーゴたちの馬車には付き人の他に護衛騎士が一人乗り込むが、俺には護衛騎士がつかないので馬車にはクララと二人きりになる。
美少女と密室で二人きりなんて、サルルに着くまでに何かが起こるんじゃないかと期待するのは間違っているだろうか。(間違ってる)
そんな俺の甘い妄想を打ち破るように、馬車の外から俺を呼ぶ声がした。
「おーい、レン。ちょっと引っ張り上げてくれないか」
この声は……。
「シュテフィさん、ロッシュに帰ったんじゃなかったんですか?」
「レンがサルルに行くと聞いてね」
「また、無断で同行ですかぁ?」
「失敬だな。今度はちゃんとクレメントに許可をもらってあるよ」
シュテフィさんは馬車に乗り込むと、俺の隣に座ってニカっと笑う。
「それにサルルは私の故郷だからね。里帰りに便乗させてもらうだけさ」
「え? じゃあ、クララと同郷ですか?」
向かいの席に座るクララを指さす。
シュテフィさんはクララの存在に気づくと、すっと眼を細めて観察するように彼女を見た。そういえば、二人って今まで顔合わせたことないんだよな。
「……君は?」
「クララです。アンブロシス様からレン様のお側にいるように言いつかっています」
クララはお辞儀をすることなくまっすぐにシュテフィさんを見て言った。
「私はシュテフィール・ベルクマンだ」
「はい、存じています。祖父や父がよく言っていました。ベルクマンさんのお嬢さんはサルル領始まって以来の秀才だと」
「そうか。それはちょっと面映ゆいな」
珍しくシュテフィさんが照れている。
「もしかして、君は15歳より下かな?」
「はい。13です」
「そうか。私は15年前に学院に入学するために王都に出てから一度も帰っていなかったからなぁ。君のことは知らなかったよ」
「ぜひ、お見知り置きを」
「こちらこそ」
と、笑顔を交わす二人。ていうか、クララって13歳だったのか。まぁ、あの学院に元クラスメイトが在籍してるからおかしくはないけど。そうか、13歳なのか……。
「どうしたんだい、レン? 彼女の胸ばかり見て」
「えっ、ちょっ、何言ってるんスか。全然見てないっスよ! ほんとっスよ!」
「そうです。レン様は手のひらに収まるくらいの大きさの胸がお好みですから」
二人そろってぶんぶんと手を振る。
「そうなのか? おっと、出発のようだな」
タイミングよく馬車が動きだした。よかった。
見送りの盛大な歓声を背に橋を渡るような振動の後、馬車の小さな窓の外にアルセーヌ川が見えた。川沿いを上流へ進んでいるようだ。
やがて王都を囲む城壁の大きな門をくぐった時、またしても結界の洗礼を受けた。
シュテフィさんによると王都の城壁に張られた魔獣除けの結界だという。俺は魔獣扱いかよと愚痴ると、「あいかわらずレンは変わってるなぁ」と苦笑いされてしまった。
「変わっていると言えば」
と、シュテフィさんが続ける。
「レンは女性の好みも変わっているな。女性の乳房は大きいほうがいいと思うんだがね」
これ見よがしに大きな胸を張る。てか、その話題続いてたの?
ならばこちらから話題を変えよう。スキル『話題変え』!
「そういえば、二人とも大きい、じゃなくて背が高いですよね」
っぶねー。話題が巨乳から変わらないところだった。
俺が冷や汗をかいている一方で、クララの表情が微妙になる。あ、この話題もタブーだったか。
「サルルの人間にはそういう傾向があるんだよ。体が大きかったり成長が早かったり。人間だけじゃない。農作物や家畜にしてもそうだ」
シュテフィさんの方は気にする風も無く、饒舌に解説を始めた。
「たぶんそういうこともあって、よく『魔獣』とか『魔獣の子』とからかわれたりしたな」
クララが辛そうに俯く。
そういえば学院でクララにそんなこと言ってたヤツいたな。
「えーと、何で魔獣なのか聞いてもいいですか?」
クララの顔色を窺いながら声を潜めた。
「魔獣っていうのは普通の獣より大きいからさ。普通の獣が穢れた魔素によって大きく凶暴になるんだそうだ」
「でも、それは学問として証明されていませんよね?」
「そのとおり。よく知っているね。でも、ほとんどの人は私が言ったように思っているのも事実だ。だから『サルルは穢れている』『穢れた地だ』と言われている」
「なんか悔しいですね」
「全くな。だからこそ、私は魔獣や魔素のことを研究しようと思ったんだ。どうして魔獣が生まれるのか。なぜ魔素が穢れるのか。いや、穢れとはそもそもどういうことなのか。それを解明すれば、今のサルルの状況を変えられるんじゃないかと思って」
「ベルクマンさんは強いのですね」
ぽつりとクララが零す。
シュテフィさんは小さく息を吐いて首を横に振った。
「別に強くはないさ」
「でも、ちゃんと学院を卒業して魔法の研究をされています。私はダメでした。酷い言葉に耐えられなくて学院を辞めてしまいました。アンブロシス様のご厚意で使用人をさせていただくことしかできません。あなたのように強くないのです」
「私だって強くは無かったよ。クレメントがいてくれなかったら、君と同じように学院を続けられなかったかもしれない」
「え? クレメントさんが?」
思わず聞き返した。
「ああ。彼は同じクラスだったんだが、頭の固い融通の利かない正義感の強い男でね。私を蔑む奴らから何度もかばってくれたよ。そのおかげで私に面と向かって悪口を言う者はいなくなったんだ。もっとも、彼の父親の地位とか権威とかの影響もあったんだろうけどね」
シュテフィさんは何か大切なものを想うように柔らかい笑みを浮かべていた。
「ベルクマンさんはいいですね。私にはそんな人はいなかった」
「シュテフィでいいよ。確かに学院にはいなかったかもしれないが、そのおかげで君は巡り会えただろう?」
シュテフィさんがいたずらっぽく言うと、クララは目をパチクリさせた。その緑の瞳がゆっくりと俺を捉える。
「……はい」
クララは小さく、けれど力強く頷いて微笑んだ。
え? 俺?
「いや、俺なんてアレだよ。勇者じゃないし魔法も使えないし。だいたいこの世界に来たのだってユーゴたちの召喚に巻き込まれただけだし」
「たとえそうだとしても、レンがここにいることには意味があると私は思っているんだ」
シュテフィさんはポンと俺の肩を叩いた。
「レンには他の誰も持っていない変わった力がある。これは研究者としての勘だがね、レンの力はきっとこの世界を変えられるんじゃないかと思うんだ」
「それは買いかぶり過ぎじゃあ……」
「いいえ。私もレン様のめいどになってから、何かが変わっていくように感じています」
マジか。まぁ、そう言われて悪い気はしないけど、
「これからもずっとレン様のお側に仕えさせてください」
「私もこれからもずっとレンの側で研究させて欲しい」
うーむ。喜んでいいのか凄く微妙なんだが……。




