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第29話 学院訪問(前編)

 以前話題に上がっていた王立学院の見学が許可された。

 学院へは俺たち三人の他に、アンドレたち護衛騎士が全員、ジルベールとイザベルさん、クララが一緒だ。

 まぁ、ユーゴや黒姫はわかるけど、俺なんかが学院に行っても邪魔だろと断ってたんだけど、黒姫に強引に誘われていくことになってしまった。アンドレたちは、さすがに顔に出したりはしていないけど、良く思ってないのはわかった。

 それに、クララだ。

 彼女は使用人の扱いだから、外出についてくる義務はない。というか、普通はついてこないものらしい。黒姫の侍女たちも来てないし。

 それでも、「アンブロシス様からレン様の傍を離れないようにと言われていますから」と、なんだか死地にでも赴くような顔で言い募られては、もう頷くしかなかった。


 明け方まで降っていた雨が止んで薄曇りの空の所々に青空が覗く中、濃い緑色に金色の飾りがついた豪華仕様の馬車3台に分乗して王宮を出る。

 通用門から出て貴族側の岸に架かる橋を渡ると、王宮にあるものと遜色ない程の装飾が施された建物が並んでいるのが見えた。道路も綺麗に均されているのか、馬車の振動も少なく感じる。

 川に沿って下流に進み、少し陸側に入った所に学院があった。王宮を出て15分くらいか。

 守衛が開けた鉄柵の門を抜けてすぐの所にある馬車寄せで下りると、俺たち一般的な高校生の感覚ではとても校舎とは思えないような荘厳で美しい装飾が至る所に施された建物の前で、音楽室に飾ってある肖像画で見たことありそうな髪型の恰幅のいい年配の男性を先頭に数人の男女が出迎えてくれる。全員同じような黒っぽいローブを着ているので、たぶんここの教師だろう。先頭の人は校長かな。

 その校長の出迎えをユーゴたちが受けているのを少し下がった位置から見ていると、並んでいる教師たちが時々こちらをチラ見していることに気づいた。なんかまた目立っちゃってるな。

 ちなみに、俺のローブは以前と同じく見習いの水色だけど、ユーゴと黒姫はデュロワール王国のシンボルカラーの菫色に変わっている。


 建物の中に入って廊下を進む。中の装飾も外に負けず劣らず豪華で、床は落ち着いた青色に薄い黄緑色や紺色で曲線の模様が描かれている絨毯だ。まるで一流ホテルにでもいるみたいだな。行ったことはないけど。


 一旦、応接室に案内されて学院の説明を受ける。

 以前に聞いた情報どおり、デュロワールの貴族の子供で試験に合格した者だけが通える所謂エリート校で、10歳から14歳までの2クラス5学年構成だ

 教えているのは貴族として必要な知識や所作、歴史や文学等の教養、魔法の知識と実技。

 4年目からは騎士課と魔法士課に別れる。騎士も魔法は使えるので、武官クラスと文官クラスと言った方が実態に合ってると思うんだけど、昔からの伝統的な言い方なんだそうな。

 ここにいるアンドレは騎士課の、ジルベールとイザベルさんは魔法士課の卒業生だそうだ。他の護衛騎士はこことは別の騎士の養成を専門にする学校に通っていたとのこと。他に淑女のための女学院もあるらしい。

 平民の方は話題に上がらなかったけれど、あの聖女様のことだ、平民の識字率や教育水準を高めるために絶対に学校を作ってるはずだ。


 説明を聞き終わった後、校長自らの案内でいくつかの教室を見学させてもらう。

 教室といっても、俺たちが使っていたものと全然違って、机も椅子も階段状に固定されているタイプ。クラス毎の教室は無く、授業に合わせてクラス単位で移動するのだそうだ。

 予め教えられていたのか、どこの教室へ行っても騒がれるようなことはなく、私服姿の生徒たちがお行儀よく座っている。しかし、そこはまだまだ子供。興味津々な眼差しと、ひそひそと交わす会話までは止められない。


「聖女様、きれい」

「あれが勇者? ちっこいな」

「見て、ジャルジェ男爵よ」

「ほわ~。黒髪の騎士様」

「去年卒業されたジルベール様だわ」


 アンドレはわかるけど、ジルベールも人気があるのか。けっ。


「おい、なんか変な髪色のやつがいるぞ」

「なんだ、あいつ」

「道化じゃない?」

「冴えない顔してるわね」


 これは俺のことだな。って、誰が冴えない顔だっ!


 ある教室の生徒の中に見たことのある顔があった。第二王女のクラリス姫だ。華美にならない程度の可愛らしいドレスを着ている。そういえば11歳だって誰かが言ってたっけ。普通に学校に通ってるのか。

 流石に王女様は特別なのか、教室の後ろに地味な服装の付き人っぽい人がいる。たぶん護衛だろう。ガタイもいいし魔力量もそこそこ多い。

 クラリスは黒姫に気づくと、ニッコリと笑みを浮かべた。黒姫の方も小さく手を振ったりして仲が良さそうで見ていて微笑ましい。あと、なんかチラチラと俺の方を見ているような気もするけど、まぁ、王女様だって変な髪色の奴がいたら気になって見ちゃうよね。


 次に行った教室は階段状ではなく、美術室や理科の実験室みたいに大きな机を複数の生徒が囲むように座っていた。その机の上には小さな石が置かれている。

 初学年の生徒が魔法石の元石に魔力を込める実習をしていると説明を受けた。透明な無垢の石に魔力を込めることによって特定の魔法石を作るのだとか。込める魔力の属性によって『火の魔法石』や『水の魔法石』、『風の魔法石』になるらしい。金と土は無いそうだ。


 この魔法石作りは、自分の中にいくつもある属性の魔力を個別に分けられるようにする訓練も兼ねているのだそうで、これができるようになると普段使う属性魔法の精度も高くなるのだとか。見ていると、ほとんどの生徒は上手くできずに属性の混じった魔法石になっていたから、子供にはまだ難しいのかもしれない。


 これにユーゴと黒姫が興味を持った。

 中年の穏やかそうな教師に許可をもらうと、生徒たちに交じって魔法石の製作にチャレンジする。

 ユーゴはこういう分野は得意そうだ。眼を閉じて深呼吸をしてからちょんと石に触ると、もう小さな魔法石が赤く染まっていた。


「凄い。僕たちと同い年くらいなのに」

「やっぱり勇者様だ。ちっこいけど」


 周りの生徒たちが目を丸くする間にも、次々に青、水色と石を染めていく。とは言え、10歳の子に同い年認定されてるユーゴが忍びない。

 一方、黒姫は苦戦中だ。


「あれぇ? また混じっちゃった。どうしても聖属性が混じっちゃうなぁ」


 と、濁った黄色の魔法石をつまんで首を傾げてる。


「あ、あの!」


 同じ机にいる女子生徒が思い切ったように黒姫に声をかけた。


「せ、聖女様のお使いになる魔法って聖魔法だけではないのですか?」

「え? あ、うん、そうよ。あんまり上手じゃないけど、全部の属性の魔法は使えるわよ」


 畏まる女子生徒に黒姫が気さくに答えると、「ええっ?」と他の生徒とともに驚きの声が上がる。


「あの、私、聖女様は聖魔法しか使えないと思っていました」

「聖女様の絵本にもそう書いてありましたよ」

「聖魔法の他に全部の属性を使えるなんて、聖女様は凄い方ですのね」

「え、そうなの? でも、私に魔法の使い方を教えてくれた人は特に何も言ってなかったけどなぁ」


 そういえば、魔法の練習を始めた時だったかにユーゴが魔法を暴走させてる横で黒姫が簡単そうに魔法を使ってたことがあったな。その時はクレメントさんたちも不思議そうにしてたけど、黒姫自身にはそれを伝えてなかったのか。まぁ、俺も黒姫が聖魔法以外を使ってるところを見たのはあの時の一回きりだったし、今の今まで忘れてたくらいだもんな。


「きっと前の聖女様も使えたけど、使う必要が無かったのよ」


 とか適当に言う黒姫だったが、周りの女子生徒たちから「聖女様」と崇め奉られて困り顔だ。


「えっと、私のことは『聖女様』じゃなくて『マイ』って呼んで欲しいかな。前の聖女様と混同しそうだから」

「では、マイお姉さまとお呼びしてもよろしいですか?」

「え? う、うん。それなら、まぁ……」

「ありがとうございます。マイお姉さま」

「マイお姉さま。私も」


 キラキラとした眼差しの女子生徒に取り囲まれて黒姫が照れている。


 その様子をじっと見つめている奴がいた。アンドレだ。顔つきは平静だけど、隠しきれない興奮が僅かに漏れて伝わってくる。

 わかる。わかるぞ、アンドレ!

「マイお姉さまぁ」とか言われて年下の女の子と百合百合してる黒姫とかいいよな! 眼福だわ!

 けれど、そんな冗談も通じなさそうな程、アンドレの眼差しは鋭かった。うーん、何を気にしてるんだ?


 次に訪れたのはグラウンドだ。ロッシュの訓練場よりも広い。騎士課の生徒の訓練や魔法の実技に使うのだそうだ。

 今は騎士課の生徒の時間のようだ。20人ほどの鎧姿の生徒たちが剣と盾を持って二人一組で型の打ち合いをしている。

 俺たちの姿を認めるとやはりチラチラと視線を送ってきて練習に集中できていない。

 見かねたのか、教師が近づいてきて騎士の礼を執る。


「騎士課教師のシュヴァリエです。勇者様にはお初にお目にかかります」

「シュヴァリエ先生。生徒たちの身が入っていないように見受けられるが」


 校長の咎めるような言葉にシュヴァリエ先生は更に頭を下げた。


「誠に申し訳ありません。ですが、生徒たちはみな勇者様を尊敬し憧れております。何卒その神技を直接目にする機会をお与えいただけないものかと、畏れながらお願い申し上げます」

「構いませんよ」


 校長が何かを言う前に、ユーゴはあっさりと応えた。


「勇者様」

「その代わり僕にもここで少し練習させてください」


 ユーゴが微笑を作る。イヤな予感しかしねぇ。


「おおーい、おまえら! 勇者様が了承してくださったぞ!」


 シュヴァリエ先生がすごくいい笑顔で生徒たちに叫んだ。この先生のほうが嬉しそうなんだが。

 わらわらと集まってきた生徒たちが口々にユーゴに感謝を伝える。


「じゃあ誰か剣を貸して」


 ユーゴが言うと、みな伺うような視線を交わした後、2人の生徒が競うように持っていた剣を捧げた。そしてバチバチと視線の火花を散らしている。

 それを見たユーゴが苦笑する。たぶん、どっちもグループのリーダーで、選ばれた方がマウントを取れるんだろうな。


「剣よ、我が意のままに。ブレイドオブスワロー」


 何やら痛々しい技名と共にユーゴの両方の手からから魔力が溢れる。

 2つの魔力が2つの剣に触れると、それぞれがふわりと舞い上がる。そして、まるで意思を持つかのように全く別の動きで空を飛び回った。


「おおっ」


 ユーゴを見ると指揮者のごとく両手を滑らかに振り動かしている。まったく、ユーゴのスキルの上達には呆れるばかりだ。こいつなら本当にドラゴンスレイヤーになれそうだ。


 生徒たち(とシュヴァリエ先生)の歓声の中、二振りの剣は舞い上がった時と同じようにふわりと持ち主の元に舞い降りた。それも反対の持ち主の元に。

 2人のリーダーはお互いの顔と勇者に何度も視線をやって、やがて頷き合い笑顔で剣を収め握手を交わした。そして自然と湧き上がる拍手と賞賛の声。

 さすが勇者。やることにそつがない。


 その様子を微笑で見ていたユーゴは校長に向き直ると、


「では、僕の練習させてもらいますね」


 と、校長の答えも待たずに両手を高く掲げた。


「風よ、我が意のままに。ビッグトルネード!」


 うん、『大旋風』ね。って、おいおい。


 ユーゴの両腕から渦を巻いた魔力が高く上昇していく。

 ひゅうぅぅぅっと風が鳴った。

 直後、ごうっと強風が吹いて遥か上空へと渦を巻いて吹き抜けた。


「えっ、ちょっ、バカっ」


 黒姫の焦ったような声の方を向くと、長い黒髪を風に躍らせた黒姫が必死になってスカートの裾を押さえていた。その左右をサフィールとジャンヌがガードしているのでなんとか大惨事は免れそうだ。惜しい。

 クララはと見ると、こちらは無言でお仕着せの脛丈のスカートを押さえているが、健闘虚しく後方が若干見えそうになったので急いで加勢に加わる。


「ユーゴ! ストップ! ストーップ!」


 叫ぶように呼び掛けると、やっと気づいたユーゴが術を解いた。それでも風はすぐには止まず、上空で怪しい渦を巻き続けた。

 やがてそれも消えて、グラウンドには地にひれ伏す生徒たち(とシュヴァリエ先生)と、頭髪が行方不明な校長と厳しい顔のアンドレたちが立ち尽くしていた。ジルベールだけは「凄い! これぞユーゴ様の力!」と小躍りしてるけど。


「うーん。やっぱりここじゃ狭かったかぁ」


 ぽつりとユーゴが零す。それでスイッチが入ったのか、


「なんだ、今の風は?」

「旋風か?」

「まさか? 大きすぎるし強すぎる」


 生徒たちがざわめきだした。


「ユーゴ殿、このような所で勇者級の旋風など無謀です」


 アンドレが歩み寄ってユーゴを窘めている。


「すみません。まだ1割も出してなかったんですけど」


 ユーゴは神妙に頭を下げた。って、今ので10%の出力かよ。


「あの……レン様……」


 戦々恐々とユーゴを見やっているところに、頭の上からクララの掠れるような声が降ってきた。そっか。クララのスカートが捲れるのを阻止しようとしてたんだった。

 今の俺は太腿のあたりでスカートを押さえているクララの前に跪いて両手で彼女の膝のあたりを抱えこんでいた。当然、すぐ目の前には彼女の腕とスカートといい匂いがあった。うん、これはいけませんね。


「いやー、ユーゴのせいで酷い目に遭ったねぇ」


 さりげなく立ち上がって、あくまで責任はユーゴにあるとアピールしておく。


「いえ、その……ありがとうございました」


 クララは小さくお礼を口にした。その顔は伏せられたままなので、彼女が感謝しているのか安堵しているのか怒っているのか軽蔑しているのかはわからなかったけど。


 まだまだ興奮冷めやらぬグラウンドに、カランカランと鐘の音が響く。授業の終了だ。

 ま、ユーゴはまだ顔を真っ赤にした黒姫に説教されてるけどね。


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