第27話 闇魔法
お披露目から数日が経った。
その数日の間、ユーゴたちは何人もの貴族たちからの招待を受けてあちこちに出かけてた。
小耳に挟んだ話によると、その時に話のタネにとユーゴが描いた絵が評判になっているらしい。特にご婦人やご令嬢の絵が。
剣を飛ばし、堂々とドラゴン退治を宣誓して平民や騎士たちに歓迎される一方で、美麗な絵を描いて貴族令嬢の心を捉えるとか、ユーゴのチートっぷりが凄い。さすが異世界チーレムの主人公だ。
黒姫の方も、スタール夫人の教育の賜物か、無難に貴族の相手をこなしているようだ。あと、クラリス王女に懐かれてるらしい。何度もお茶会に誘われたと言っていた。きっとあの夜会で黒姫が聖魔法で王女を助けたからだろう。
一度俺も誘われたけど、俺は勇者じゃないからと丁重にご辞退申し上げた。いやだって、お茶会のマナーとか知らんし、ロリコンでもないからね。
で、ここ最近の俺はユーゴに請われたようにドラゴンのことを調べている。
あいかわらず太陽島の外に出る許可が下りないので、王宮内にある図書館で調べたり、アンブロシスさんに頼んで公文書を見せてもらったりした。
といっても、俺はまだガロワ語の文字が読めない。簡単な単語や文章ならなんとかいけるんだけど、お堅い文章はお手上げだ。なので、クララの存在は非常にありがたかった。というか、ほぼ彼女におんぶにだっこ状態だ。
伝記、伝説を始め物語、市井に出回った噂話を纏めたもの、前回の勇者に同行した従者の報告書、果ては勇者の絵本まで読み漁ってわかったことは、まずドラゴンの形態に関しては予想どおりにツノやトゲのあるトカゲっぽい風貌で鉤爪のついた翼を持ち金色の鱗が全身を覆っている西洋風のドラゴンだった。ただし足は2本、後ろ脚だけで手は無い。ぶっちゃけ、首としっぽが一本ずつのキングギ〇ラだ。
大きさは、書かれているものによって馬の3倍くらいから家くらい、城よりも大きかったとまちまちだった。たぶん、空を飛んでいるドラゴンを見ても対象物が無いせいで正確な大きさがわからなかったんだと思う。どのみちその大きさじゃ翼を動かして作れる揚力だけで飛べるとは考えられない。やはり魔法だろうと推測する。それが風魔法なのか重力魔法なのか、もっと別の何かは不明で、今のところ断定できる資料は無い。ユーゴは「重力系なら翼はいらないはずだから風魔法じゃない?」と推測してたけど。
この世界にはまだ空を飛ぶ魔法は無い。
凧と風魔法を使って飛ぼうとしたことはあるらしい。想像でしかないけど、ドラゴンの翼の形状からすると、ヤツもこの方法で飛んでいるのだろう。
現代の飛行機のように、揚力を生む形状の翼に風魔法で風を当ててやれば飛べるかな? まぁ、そのへんの知識はあまり無いけど、時間があれば実験してみよう。やっぱり魔法で飛ぶのはロマンだからな。
あと、ユーゴが剣を飛ばしたように自分が乗った箒とかを飛ばしたり、もしくは自分自身を浮かせたりはできないようだ。あれはユーゴという支点が地面と接しているからできるのだ。そもそもユーゴ並みの魔力がないとそれもできないんだけど。
話がそれた。
そうそう。ドラゴンは飛んでいるのだ。どの資料にもドラゴンは常に空を飛んでいた。地面に降りている描写は皆無だ。だからと言ってドラゴンが地上に降りてこないとは限らないけれど、とりあえず飛んでいるだけなのだ。
それでどうして被害があるかというと、前に聞いたとおりドラゴンが現れると強い風が吹き大量の雨が降るらしい。それのせいで、河川が氾濫したり畑や牧草地が崩れたり建物が壊れたりしたとあった。なんか台風とか爆弾低気圧みたいなヤツだな、ドラゴン。
雷で攻撃してくる描写もあったけれど、これが天候による自然発生的なものかドラゴン自体のスキルなのかははっきりしない。
次に、前回の勇者がドラゴンと戦った記録だけど、2年半にわたって全部で8回あった。
ドラゴンは東あるいは北東から来るらしく、ある程度の進路は予想できたのか、勇者と聖女はドラゴンの侵攻を確実に迎え撃った。
戦闘の詳しい様子は書いてなかったものの、どれも上空を飛ぶドラゴンに向けて勇者が大旋風という魔法を使ってドラゴンを引き返させたとあった。確かにこれならたいして危険は無さそうだ。ちなみに、その時聖女が何をしていたかは書いてなかった。
ただし、回を重ねる度に戦闘は激しいものになっていき、最後になる8回目の戦闘はかなり激しいものだったらしい。サルルブールという場所で行われたそれは勇者とドラゴンの魔法が激しくぶつかり地形を変えてしまったとあった。この戦いでも勇者と聖女は無傷で、ドラゴンは勇者の偉大な魔法に恐れをなして2度とデュロワアールを襲うことはなくなったと報告書には書いてあったけれど、ちょっとプロパガンダの匂いがする。
※ ※ ※
ドラゴンの調べもの以外の時間は、剣の鍛錬や魔力感知の習熟に費やしていた。
お披露目の時に感じたペネロペの気配。あの大勢の人の中でどうして彼女の気配だけを感じられたのか。その理由を知りたいと思って試行錯誤している。今も平民の街が見える場所で試してるんだけど、あの時のように彼女の気配を感じることはできなかった。
距離が遠すぎるのかな。
案外ペネロペが「レン様に会いたい!」とか思ってて、その思念を感じ取ったとか? なーんて――。
「……あの、レン様」
俺の深い考察はクララの遠慮がちな声でストップした。
「ルメール様がおいでです」
「いやぁ、レン殿、探しましたよ」
クレメントさんはいつもの気さくな笑顔で近づいてきた。そしてこそっと耳打ちする。
「例の憑依魔法の件で話を聞きたいという人がいるので、一緒に来ていただけますか」
「あ、はい。いいですよ」
クレメントさんに返事をしてからクララに声をかける。
「クララ。俺はこれからクレメントさんと行くところがあるから、夕食までは好きにしてていいよ」
「私もご一緒します」
小さいけれどはっきりとした声が返ってきた。
クララって自分の食事と所用で外す以外、ほとんど一日中俺の傍にいるんだよなぁ。アンブロシス様から言われてるって。なんか小間使いっていうより付き人とか護衛に近い。
「いや、クララ。これは大事な話なんだ。終わったら、レン殿は私が部屋まで送るから君は部屋で待っていなさい」
「……はい。承知しました」
クレメントさんにきっぱりと言われ渋々身を引くクララを残して歩き出す。
話を聞きたい人って誰だろう? クレメントさん経由ってことは内務省の人かな。恐い人だったらやだなぁ。
若干ビクビクしながら向かった先はロクメイ館。
談話室の扉を開くと、中には見知った顔があった。
「やあ、レン。久しぶり……と言うほどでもないが、ずいぶん変わった髪になったな。何があったんだい?」
話を聞きたい人ってシュテフィさんか。よかったぁ。ていうか、最初からそう言ってよ、クレメントさん。
「いやぁ、髪の毛が黒いといろいろ目立って嫌だったんで、黒姫に魔法で変えてもらったんですよ」
「マイはそんな魔法も使えるんですか」
「レンはあいかわらず変なことをやらかしていますね」
なぜか、ルシールとスザンヌさんもいた。何? シュテフィさんのお守り?
「早速だけど、レン。夜会で見たことを教えてくれるかな」
勧められた椅子に座るなりシュテフィさんが聞いてきたので、王女の姿がぼやけて見えたところから順を追って説明した。
「なるほど。憑依魔法は黒い靄として見えたんだね」
「はい。でも、ただの靄じゃなくて、もっと生々しいっていうか、それをかけている人のそのものって感じを受けました」
「誰がかけていたかわかったのですか?」
クレメントさんが勢い込んで聞いてきた。
「いえ、そこまでは」
「そうですか……」
残念そうに肩を落とすクレメントさんにかまわず、
「クレメント、アレを」
シュテフィさんが言うと、クレメントさんは『言葉の魔法石』が入っていたのと似たような小箱を取り出して机の上に置いた。蓋を開けると、宝石のついたペンダントがあった。直径3㎝ほどの綺麗な紫色の宝石は、よく見るとひびが入っていた。
「あの夜会で王女殿下がつけておられた首飾りです」
「レン、これを触ってみてくれないか」
クレメントさんの説明に続いて、シュテフィさんがその宝石を指さした。
言われるままに右手の人差し指を宝石にあてる。
「……イノシシ?」
テレビの番組か動物園でくらいしか見たことはないけど、伝わってきたイメージはイノシシに間違いない。……ん? 他にも僅かに残ってる魔力があるな。これは……。
「やはりそうか。この宝石、巧妙に加工されているけれど、実は魔獣の魔石なんだよ。まぁ、何の魔獣かまではわからなかったけれどね。やはり、レンは凄いな」
シュテフィさんは愉快そうに説明を始めたので、魔石から手を引っ込めた。
「これでこの魔石が魔獣の魔石だと証明されたとみていいだろう? クレメント」
「レン殿の力を知っている俺たちにはそれでもいいが、お偉いさんたちが納得するかな」
「それは知らんな。納得しようがしまいが、事実は事実だ」
思案顔のクレメントさんに対して、シュテフィさんが鼻先で笑う。
憑依魔法とかの闇属性の魔法は魔獣の魔石を使うんだっけ。
「じゃあ、王女はそのペンダントの魔石で憑依されてたんですね」
「そういうことになります。憑依魔法は魔石を身に着けた者を操ると言われていますから」
「なんでそんな物騒なものを着けてたんですか?」
聞くと、クレメントさんの顔が渋くなる。
「シュテフィも言っていましたが、魔石とは気づかずにただの宝石だと思っていたのでしょう」
「デュロワールの人間はあまり知らないみたいだけれど、魔獣の魔石は存外綺麗な色をしてるのが多いんだ」
シュテフィさんが補足した。
「侍女たちに確かめたところ、その首飾りはその時初めて着けたもののようです」
「でもそれって、偶然ってわけじゃないですよね?」
「でしょうね。侍女たち一人一人から厳しく話を聞きましたが、ある侍女が言葉巧みに殿下に勧めたそうです」
「じゃあ、その侍女が犯人?」
「おそらくは。けれど、当の侍女の行方がわからなくなっているので確かめようがありません。いえ、それ以前にその侍女がどこの誰なのかわからないのです。誰もその侍女の名前を知らないし、顔もはっきりとは覚えていないようでした。普通に考えればそのようなことはあり得ないのですが、その時は誰もそれをおかしいと思わなかったのだそうです」
「それも魔法ですか?」
「たぶん幻惑魔法でしょう。これも闇魔法ですね」
そこまで言って、クレメントさんがハッとなる。
「すみません。今の話は他言無用に願えますか」
どうやら内務省案件の内密の話だったらしい。
「わかりました。ところで、闇属性を持ってる人ってどれくらいいるんですか?」
「それは……」
クレメントさんの口が重い。
「あ、これも機密事項でしたか」
「いえ、そういうわけではないのですが……」
「闇属性なんて無いんだよ」
口ごもるクレメントさんに代わってシュテフィさんが明快に言い切った。
「魔獣の魔石を使うからデュロワールでは穢れた魔法だの闇魔法だのと言っているけれど、本質的には聖属性の魔法なのさ。人間に向けてかける魔法だからね。ある文献に、憑依魔法は東の森の民が使う魔獣を使役する聖魔法が元になっているとあったよ」
魔獣を使役? テイマーみたいなもんか。
「だから魔獣の魔石を使うんですね?」
「レンは理解が早いね。使役魔法も憑依魔法も魔獣の持つ魔石が鍵になっていると私も思っているんだが、今はまだそこまで研究する時間も予算もなくてね」
そう言ってシュテフィさんはため息を吐いた。
「二つ確認してもいいですか?」
「ああ、かまわないよ」
「聖魔法を使える人なら誰でも闇魔法を使えるんですか?」
「理屈としてはそうだね。訓練は必要だろうけど」
「聖属性を持つ者はそれ程多くはないので、一応わかっている範囲では探してみましたが、怪しい者はいませんでしたよ」
クレメントさんが俺の思考を先回りして教えてくれる。
「もっとも、外部の者なら探しようもありませんが」
「外部の者?」
「デュロワール王国以外の国の者です。特に東にあるゴールという国の古い信仰にはドラゴンを神聖視するものがあるらしいですから」
「そのゴールの人間が犯人だと」
「その可能性が高いとみています」
ふーん。
「じゃあ、もう一つの質問。その憑依魔法って、操る人と操られる人の距離に制限はあるんですか? 例えば、実際に目で見える範囲じゃないとダメとか、あるいはもっと遠く、ええと、ダンボワーズとかロッシュくらい離れてても操れるとか」
この質問にはさすがのシュテフィさんも困り顔だ。
「残念ながら、その答えは持ち合わせていないんだ。なにせ、実験したくてもその魔法を使う人間が身近にいないのでね」
「今回の件に限れば、侍女は夜会の場にはいなかったので、見えていない場所からでも操れるのは確かでしょう」
クレメントさんが補足してくれる。
なるほどね。
そんなこんなで、シュテフィさんが俺に聞きたいことは終わったようだし俺も聞きたいことは聞けたので会合はお開きとなり、みんなで談話室を出た。
俺は廊下を歩きながら、ルシールに並ぶようにする。
「あの、ルシール。ちょっと二人だけで話したいことがあるんだけど」
囁くように言うと、彼女は驚いたように目を丸くしてしばらく俺を見ていたけれど、慌てて俯いて「はい」と小さく頷いてくれた。そして、俯いたまま言葉を続ける。
「で、ですが、私はこの後実家に顔を出すように言われているので、お話は明日の午後でもよろしいですか?」
ルシールの実家って王都にあるのか。
「うん。いいけど」
「では、迎えの者をやりますので。……お待ちしております」
そう告げる彼女の声と魔力が少し動揺しているように感じられた。




