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閑話4 夏の日のお祭りに

【ペネロペ視点】 夏の日のお祭りに



 今日は夏の日のお祭り。

 月島の広場はたくさんの人であふれています。


 このデュロワール王国では、昔からドラゴンが現れる年になるとニホンから勇者様と聖女様をお招きしてドラゴンを追い払ってもらってきました。

 ちょうど今年がドラゴンが現れる年なのだそうです。なので、勇者様と聖女様とついでにレン様が招かれました。

 今日はその勇者様と聖女様のお披露目があるので、いつもの夏の日のお祭り以上に人が集まっているのです。


「ベーコンさんど、ベーコンさんどはいかがですかぁ! フールニエ商会の新商品ですよぉ!」


 私の家はフールニエ商会というパンを焼いて売るお店をしています。このパルリの町が王様の住む王都になるずっと前からのお店だそうです。

 そして、私が宣伝している『ベーコンサンド』は、お店の新商品であり起死回生のパンなのです。

 このところ、というかずっと前からお店の景気が良くないのは私もうすうす感じていました。たぶん、仕入れる小麦の値段が高くなったせいです。その分売値を高くすると、安い他のお店にお客さんが行ってしまうから売値は据え置き。だから儲けが少なくなったのだと思います。


 そんな時に兄が考え出したのがこの『ベーコンさんど』です。

 細長い形に焼いたパンの真ん中に切れ目を入れて、その中によく焼いたベーコンとレタス、それに炒めた薄切りのタマネギを挟んだものなんですけど、兄がこれを試しに作った時はそれはもうたいへんでした。

 我が家はパンのお店です。パンに誇りを持っています。パンそのもののおいしさに誇りを持っているのです。

 それなのに、ベーコンだレタスだタマネギだと、まるで食事の材料をひとまとめにしたようなものをパンもろとも食べるなんてありえない!と、病気で寝ている父を始めとした商会で働く人たちに猛反対されてしまいました。

 それに材料費や手間がかかって、もし売り出すとしても普通のパンの倍以上の値段になってしまい、ただでさえみんな安いパンを買おうとしているのに誰がそんな高いパンを買うのかとも言われました。


 けれど、兄は「これ一つで1回の食事になるパンだ」とみんなを説得し続け、根負けして試作のベーコンさんどを口にした父が、「これは……」と言葉を失うほどの衝撃を受けて、さらにはパンを小さめにしたり食材の種類や量を工夫することでパン1個半の売値にできたこともあって、ついに『ベーコンさんど』はフールニエ商会の期待の新商品として夏の日のお祭りに売り出すことが決まったのでした。

 その時の兄の顔は本当に誇らしげで、みんなからも「これからのフールニエ商会をしょって立つ男!」ともてはやされていました。


 でも、実は『ベーコンさんど』は兄が独自に考え出したものじゃないんです。

 パンに食材を挟んで食べるというやり方は、少し前に私が小間使いとして働いていたロッシュの魔法学研究所に来たお客様がしていた食べ方です。そのお客様は丸い白パンを横に半分に切って、一緒に出されていたハムとチーズと生野菜を挟んで食べたのでした。

 当然私はパン屋の娘として「パンにたいする冒涜だ」と抗議して、その代償として味見を要求しました。食べてみると、食感は新鮮で面白く悪くはないかなと思ったけれど、味が物足りなくてパンがぺしょっとしているのが減点でした。確かそんな感じです。

 実家に戻ってから、こんなパンの食べ方をしている面白い人がいたという話を兄にしたら、兄が凄く興味を持って、それからいろいろ試してみて作り出したのがこの『ベーコンさんど』です。だから、『ベーコンさんど』ができたのは、半分はあのお客様のおかげなのです。


 そのお客様の名前はレン様。

 ちょっとボサボサの黒い髪に優しそうな黒い瞳の背の高い青年で、なんと勇者様や聖女様と同じ国の人なのだそうです。

 その国では、ハムやチーズや野菜だけじゃなく、『はんばーぐ』とか『やきそば』とか『あんこ』とかいろいろなものをパンに挟んだり中にいれたりして食べるのだそうです。レン様がそう言ってました。面白い国ですね。ニホンという国だそうです。

 だからでしょうか。レン様も面白い方でした。

 自分は貴族じゃないと言っていましたが、それでも勇者様たちと同じ国の方ですから本当なら偉そうにしていてもおかしくないのに全然そんな風じゃなくて、平民の私にも気さくに接してくれました。逆に貴族であるルシール様やアンブロシス様に対しても変にへりくだることなく対応していました。

 それから、たぶんニホンの言葉だと思うのですが、よくわけのわからないことを言っていました。

 その上、私に魔法を使ってみせるようにさせて、その結果スカートが捲れ上がって……。ま、まぁ、それはおあいこなので別にいいのですが……。


 その後、私は父が急病になって急に実家に戻らなければなくなり、レン様とはそれきりになってしまいました。




 私の眼は知らずに王宮の城門の上のテラスに向いていました。

 今からあの場所に勇者様と聖女様が姿をお見せになります。


 もしかしたら、レン様もいらしてるかな……。


 私のことを『めいど』と呼んでいたレン様。

 私のことを『うっかりペネロペ』とからかったレン様。

 私のことを大切にしてくれたレン様。


 いつのまにか、私の心の中はレン様でいっぱいになっていました。


 その時、王宮の教会の鐘が鳴りました。お披露目の時間になったのです。


「お嬢さまぁ」


 露店のほうからニコラスおじさんが呼んでいます。


「お披露目が始まったら、パンを買う人もいないでしょうから、ちょっと一休みにしませんか?」


 今日は『ベーコンさんど』が予想以上に売れて朝から大忙しでしたから、おじさんがそう言うのも無理ありません。


「じゃあ、一休みにしましょう。私はその間にお店に戻って追加の分を運んでもらうように言ってきますね」

「えっ、お嬢さまはお披露目見ないんですか?」


 あ、おじさんはお披露目が見たかったのかな? まぁ、いいです。


「私はもうお会いしましたから」


 『めいど』でもない平民の私はこの先レン様とお会いできるなんてことはもう無いでしょう。

 今、私にできるのは『ベーコンさんど』をいっぱい売ること。

 この『ベーコンさんど』は私とレン様を繋いでいるのです。

 そして、いつかこれがレン様の目に留まった時に、私のことを思い出してくれたらいいな。


「じゃあ、いってきます!」


 大きな歓声を背中に聞きながら、私はお店に向かって駆け出しました。

 レン様と私を繋ぐもののために。



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