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第3話 巻き込まれただけの俺

 どうやら俺の召喚は予定外だったらしい。

 ならば、俺がすることは一つ。


「じゃあ、俺、帰っていいっスか?」

「え、高妻くん、ずるいよ。一人で帰らないでよ」

「や、だってほら、俺、勇者じゃないみたいだから」

「だったら、勇者は高妻くんに譲るよ。代わりに僕が帰ってあげる」

「それができないのです」


 アンブロシスさんが申し訳なさそうに言った。


「ほら白馬(しろうま)。勇者を譲るなんてできるわけないだろ」

「いえ、そのことではなくて。あ、もちろん勇者を譲るなんてできませんよ、ええ。ではなくて、帰ることはできないと申し上げているのです」


 ああ。召喚はできるけど、その逆はできないってことね。召喚あるある。


「ちょっと、それどういうこと!」


 それに黒姫が噛みついた。


「私たち日本に帰れないの?」

「いえ、ちゃんと帰れます。送還の術式はあります。ですが、召喚にも送還にも莫大な魔力がいるので、今すぐには無理なのです。それに、ドラゴンは何度も襲ってきます。送還はそれを全て退けてからになります」

「それ、どのくらいかかるんですか?」

「おそらくは2年、長くても3年程かと」

「それが終わればちゃんと帰れるのね?」

「初代の勇者様と聖女様、2代目の聖女様も送還の儀でお帰りになったと伝えられています故。」

「本当に?」

「創世の神に誓って」


 と、アンブロシスさんは両手を組んで額に当てた。


「えっと、帰らなかった人もいるんですか?」

「はい。2代目の勇者様や先の勇者様と聖女様のようにお帰りにならずこちらの世界で生を全うされた方もおられます」


 ちょっと気になって聞いてみたら、隠すことなく答えてくれた。ま、勇者や聖女なら異世界もいい所なんだよなぁ。ていうか、俺たち何代目なんだ?

 まぁ、それはそれとして、


「あのぅ、それまで俺はどうしたらいいんスか?」


 勇者じゃない俺はどうなるんだ?

 まさか無能とかで追放ですか? 後でチート能力がわかって帰って来いって言ってももう遅いよ?


 こほんとポルトさんが咳ばらいをする。


「これのことは放っておくとして、勇者と聖女の召喚は間違いないようですな。これでドラゴン対策も憂慮せずにすむし、私も安心して陛下に報告できるというものです」

「ちょっと待ってください」


 黒姫が割って入る。


「私たち、まだドラゴンと戦うと決めたわけじゃありません」

「おや、なぜですか? あれだけの魔力があるとわかったのです。ドラゴン討伐に何の不足があると言うのでしょう」

「それは、その、この世界のこと全然知らないし、魔法だってまだわからないことだらけなんです。簡単には決められません」


 やっぱり黒姫は慎重だな。石橋を叩いて壊して自分で架け直すタイプだ。


「……わかりました。しかしながら、国王陛下には報告せねばなりませんので私はこれで失礼させていただきます。あ、そうそう。近日中には陛下に謁見してもらうことになりますので、それまでには良い返事を期待していますよ」


 ポルトさんは嘘くさい笑みを浮かべてお付きの青年貴族と共に退室していった。




 ポルトさんたちが出ていった部屋は微妙な空気になっていた。

 勇者白馬がそれを気にしたのか、そっと聞いてくる。


「……ええと、僕たちこれからどうしたらいいのかな?」

「ドラゴンを撃退すればいいに決まってる」


 その少し高いトーンの声は初めて聞いた声だった。この部屋の中でそれに該当するのは彼しかいない。アンブロシスさんと一緒にいる水色のローブを纏った青年だ。金色の髪は柔らかいウエーブがかかり、長い前髪で右目が隠れている。そのもう片方の青色の瞳が白馬を睨みつけていた。


 「やめなさい、ジルベール。彼らに理不尽を強いているのは我々の方だ。強制はできない。そもそも勇者や聖女は無理強いされてなるものではないのだ」

「……ドラゴンと戦わない勇者なんていらない」


 アンブロシスさんにたしなめられてジルベールと呼ばれた青年がそっぽを向く。その拗ねたような横顔は、青年というより案外俺たちに近い歳に思えた。


「はぁ……。クレメントたちを呼んできてくれ」


 ため息を吐くアンブロシスさんに言われてジルベールが部屋を出ていく。


「申し訳ない。彼は2代目の勇者の血を引いているのです。そのせいか、ことのほか勇者には憧憬の念があるのですよ」


 アンブロシスさんは憂いを帯びた灰色の瞳でドアを見つめていた。


 ほどなくドアがノックされ、ジルベールと共にさっき召喚された時に白馬と黒姫にマントを掛けた青ローブの男女が入ってきた。男は30歳くらいで濃い茶髪にとび色の眼。身長は俺と同じくらいか。おでこの広さが目につく。20歳くらいの女性は栗色の癖髪に赤茶色の瞳が活発そうな雰囲気を放っている。

 二人はアンブロシスさんの隣で俺たちに向かうように並んだ。


「彼らがシリョユ……、んんっ、失礼。申し訳ありませんが、名前で呼ばせていただいてもよろしいですかな?」


 やっぱり発音しにくそうだ。それに比べたら、レンやマイは言いやすいし、ユウゴなんて外国でも普通にありそうな名前だ。

 快く承諾すると、アンブロシスさんは「ありがとうございます」と安堵して話を再開した。


「改めまして、彼らがユーゴ殿とマイ殿の付き人になります」

「クレメント・ルメールです。勇者様のために精一杯務めさせていただきます」

「イザベル・マルシャンです。聖女様にお仕えすることができてとても光栄です!」


 二人は胸に右手を添えて軽くお辞儀をした。

 付き人って、ポルトさんと一緒にいた貴族青年とかジルベールみたいなやつだな。だとしたら、


「あの、俺には?」

「勇者でもないやつに必要ないだろ」


 ジルベールに即答された。

 それにクレメントさんが食いつく。


「勇者ではない?」

「『属性の石板』が全然光らなかった。平民並みの魔力しかないんですよ、こいつ」


 明らかに蔑んだ顔。

 平民と貴族、身分差がきっちりあるみたいだ。


「勇者が二人もいるとイザベルと喜んでいたんだが」

「なーんだ、がっかり」


 イザベルさんも肩をすくめる。


「しかし、どうしてそんなことに?」

「儂にもわからん。ルシールも戸惑っておったし……」


 クレメントさんに聞かれてアンブロシスさんが首を振る。あ、普段はそんな喋り方なんだ。その方が魔法使いのお爺さんらしくていいな。


「ただ、気になっておることはある」


 と、俺たちに顔を向けた。


「ユーゴ殿らは三人とも顔見知りのようですが、どのようなご関係ですかな?」

「あ、ええと、高校のクラスメイトで……」

「同じ年頃の子供たちが集団で教育を受ける施設の同じ部屋で一緒に学んでいる間柄です」


 白馬の言葉を黒姫がわかりやすく直す。


「同じ部屋で一緒に……ふむ」


 アンブロシスさんはあごひげを撫でながら「ふむふむ」と何事か思案している。


「では、召喚された時にも一緒にいたのですね?」

「はい」

「どのように?」

「ええと、こんな感じで」


 黒姫は俺たちに指示して教室にいた時の様子を再現させた。黒姫、俺、白馬の順に縦に椅子を並べてそれに座る。

 それを見ていたアンブロシスさんがぽんと手を打った。


「なるほど。そういうわけじゃったか」

「どういうわけですか?」

「うむ。召喚の魔法陣の中に勇者の円陣と聖女の円陣があるのじゃが、勇者と聖女が召喚される時、それと同じ円陣がそれぞれの足元に展開されるのじゃ」


 そして俺たちを見る。


「これは非常に稀なことではあるが、偶々勇者と聖女が極近くにいる時に召喚の円陣が展開して、ちょうど二つの円陣が重なった所に偶然レン殿がおったようじゃ。それでレン殿はユーゴ殿、マイ殿と一緒に召喚されてしまったのじゃろう。前例がないので儂の推測にすぎんが」


 なんてこった!


「じゃ、じゃあ、俺って勇者と聖女の召喚に巻き込まれてここに来たってわけ?」

「ですな」

「マジか……」

「まじ、ですな」


 クレメントさんがなるほどと頷いてアンブロシスさんに問いかける。


「それで彼には魔力がないと」

「うむ。ニホンという国に住む人たちは皆凄い魔力を持っておるのだとばかり思っておったが、どうやら違ったようじゃ。召喚されるのはやはり選ばれし者なのじゃな」


 うん。今そんな考察はどうでもいいよ、爺さん。

 巻き込まれて召喚……。それで魔力無しってこと? マジかよ……。


「ええと、それで話は戻るんですけど、僕たちこれからどうすればいいんですか?」


 さすがは勇者白馬。頭を抱える俺の横で冷静に話を進めようとする。


「はい。当面はここで生活していただくことになります」

「そういえば、ここってどこなんですか?」

「ここはロッシュ城と言って、古くはデュロワール王国の要衝の地で砦のあったところですが、今は魔法の研究施設になっています」

「その魔法なんですけど、僕たち本当に使えるんですか?」


 不安そうに白馬が問う。まぁ、勇者様は直接ドラゴンと相まみえるんだもん。そこ重要だよな。


「ええ。訓練すれば大丈夫です」


 クレメントさんがいい笑顔で答えた。


「訓練? ずいぶんのんびりしているんですね。ドラゴンが暴れているんじゃないの?」

「おお。聖女様は士気が高いですな。結構結構」

「べ、別にそういうわけじゃ……。ただ、犠牲になってる人たちがいるなら急がなきゃいけないんじゃないかって」

「さすがは聖女様、お優しい。ですがご安心ください。ドラゴンの出現までにはまだ間があります」


 クレメントさんの言葉に照れていた黒姫がおやっとなる。


「ドラゴンがいないのになんで私たち召喚されたんですか?」


 それに答えたのはアンブロシスさんの方。


「それは『ドラゴンを呼ぶ星』が現れたからです」

「ドラゴンを呼ぶ星?」

「はい。ドラゴンが現れる前にそれが夜空に見えるのでそう呼ばれています。それが現れてから四半年から半年ほどの後、天からたくさんの星が落ちてきた時、高い山々の奥深くにある洞窟で眠っていたドラゴンが目を覚ますのだと言われているのです。ちょうど10日前、天文職が『ドラゴンを呼ぶ星』を見つけたため、急ぎ勇者様と聖女様を召喚した次第です。ですので、お二人には魔法の訓練をしていただく時間が十分あるはずです」


 なんか黒姫たちがやる前提で話が進んでるみたいだけど、彼女が気にしたのはそこじゃなかった。


「あの、ちょっと聞いてもいいですか? その時間ってどのくらいあるんですか?」

「少なくても四半年はありますよ」

「だからその四半年って何日なんですか? 1年は何日あるんですか? ついでに言うなら1日は何時間ですか?」


 あ、そっか。1年って何気に365日って思い込んでたけど、ここは異世界だもんな。1年が100日でも1000日でもありえるし、1日の長さだって地球と同じじゃないかもしれない。さすがは、聖女様。目のつけどころがシャープだ。


「1年は365日ですが……ああ」


 何事か思い当たったみたいにアンブロシスさんが頷く。


「こちらの世界はあちらの世界とよく似ていると先の聖女様は仰っていたそうです。1日の長さも1年の長さも季節の移り変わりも同じだと」


 へぇー、同じなのか。なんというご都合設定。


「そういうわけで、当面はこちらで魔法の訓練をして過ごしていただければよいかと」


 どうやらそうするしかないようだ。

 でも、魔法が使えない俺は何すればいいんだ?

 ほんと、帰りたい……。


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