第26話 日本人会議
誤字報告ありがとうございます。
ロクメイ館に戻って、アンブロシスさんには怪しい人物は見つからなかったと報告しておく。嘘は言ってないはずだけど、ちょっと後ろめたい。
で、そんな俺を待っていたのは黒姫からの伝言。3人で話し合いたいんだとか。
ユーゴと黒姫はお披露目の後、昨夜できなかった領主や有力貴族たちとの顔合わせや王族との晩餐があるみたいだから、その話し合いは夜になりそうだ。
ロクメイ館の食堂で一人ぼっちの夕食を取った後、談話室に移動して二人を待つ。クララにはお茶を淹れたら自分の夕食を取って部屋に戻るように言ってある。
冷めきったお茶も飲み干して、手持無沙汰に窓の外を眺める。夏至だからか、結構な時間なはずなのにまだまだ明るい。パリって北海道よりも緯度が高いんだっけ?
空が藍色を帯び始めるころになって、ようやく二人が部屋に入ってきた。なんか二人とも疲れた顔をしてるな。
カロリーヌさんたちもお茶を淹れた後は退室してもらい、二人がソファに座るのを待って、
「二人ともお疲れ」
とりあえず労いの言葉を口にしてみた。だってマジでぐったりしてるもん。
「ありがとう。それでこれからのことでちょっと相談っていうか確認しておきたいんだけど」
疲労が残る顔の黒姫が口火を切るのを「ちょっと待った」と手で制して、
「せっかく俺たちだけなんだから、日本語で話さないか?」
目線を隣の部屋との壁へと流す。隣の部屋の壁際にじっとしている弱い魔力があって、ちょっと気になっていた。
すると、黒姫も何かを悟ったらしく「そうね」と同意する。白馬も無言で頷いて額の『言葉の魔法石』をはずしてテーブルに置いた。それを確認して、黒姫に続きを促す。
「さっきのお披露目のことなんだけど」
黒姫の声が硬い。なにやら機嫌が悪そうだ。……あ、そっか。
「あー、黒姫さんは残念だったな。見せ場が無くて。せっかく巫女のコスプレまでしたのにな。でもあれ、綺麗だったよ」
「コスプレって言わないで!」
黒姫が赤い顔で睨む。
「そうじゃなくて、白馬くんがドラゴンを退治するって言ったことよ」
「何か変だった? ドラゴンと戦うのはみんな了承してたと思ったんだけど」
黒姫に指摘されたユーゴが不思議そうに返した。
「だって白馬くん、首を持ってくるって言ったでしょ? それって、その、殺すってことよね。ドラゴンを」
ああ、そうか。あの場のノリで流してたけど、そういうことになるのか。
「今までの人たちだって追い返しただけでしょ? そこまで言う必要あった? ていうか、私たちにできるの? そんなこと」
「ごめん。あれ、勢いで言っちゃったんだ」
言葉ほどユーゴに悪びれた様子は無い。
「でもさ、あれくらい言わないとみんな納得しなかったと思うんだ」
「納得? 何に?」
怪訝な顔の黒姫に、ユーゴがうっすらと笑って見せる。
「僕が勇者だってことに」
「……」
押し黙る俺たちを見て、ユーゴはふっと息を吐いた。
「僕って背が高くないし筋肉も貧相でしょ? いっつも『あんな子供が勇者?』みたいに見られるんだよね。前からそれがちょっと気になってて……。レンみたいな体格だったらよかったんだけど」
ちらりと俺を見る。
「じゃあ、あの剣を飛ばすパフォーマンスもそうなの?」
「うん」
「やるならやるって事前に言ってくれてもいいんじゃない? 心臓に悪いわ」
「ごめん。なんか急に思いついちゃったんだよ」
「急にって……。まさかぶっつけ本番なの?」
「うん。まぁ、前に漫画で見たことあったから、いつかやってみようとは思ってたんだけどね」
「失敗したら大惨事じゃない!」
黒姫が眼を剥いて声を荒げた。
「自信はあったんだよ」
「そういうことじゃなくて!」
黒姫がバンっとテーブルに両手をついた。ティーカップがカチャンと大きな音を立てる。
「だいたい、あんな危ないことしなくてもいつもの『属性の石板』でみんな驚いてるじゃない」
「あれさ、何か実感が湧かないんだよね。周りが勝手に驚いてるだけっていうか。それなら剣を飛ばしたほうが直截的でわかりやすいかなって」
ユーゴはそこで何かに気づいたように「あっ」と声を上げた。
「ごめん。あのパフォーマンスのせいで黒姫さんの出番、なし崩しで無くなっちゃったんだよね」
ああ、それで黒姫は機嫌が悪そうなのか。案外根に持つタイプなんだな。気をつけよう。
「違うわよ。私だってあれはなんか見世物にされてるみたいでイヤだったから、逆によかったくらいよ」
黒姫はふいっと顔をそむけたまま、眼だけをユーゴに向けた。
「……白馬くんってなんか変わったわよね。言葉は悪いんだけど、自信過剰っていうか」
「自信過剰かぁ……」
ユーゴはそう呟いて天井を見上げた。
「僕は勇者らしくなろうとしてるだけなんだけどなぁ」
「失敗するかもしれないのに剣を飛ばしたり、勝手にドラゴンを退治するって宣言するのがそうだって言うの?」
顔を戻したユーゴは黒姫の非難を真正面から見据えた。
「だって、みんなが僕のことを勇者だって認めてくれたでしょ? 勇者に期待してくれたでしょ?」
黒姫の責めるような視線とユーゴの不敵な視線が絡み合う。ううっ、雰囲気最悪だよぉ。
「あの……」
そろそろっと小さく手を挙げると、険しいままの二人の視線を同時に浴びた。ひえぇぇ。
「さっき黒姫さんも言ったけど、ユーゴはドラゴンを殺す方策はあるのか?」
「あっ、それなんだけど」
ユーゴは表情を柔らかいものに変えた。
「それにはドラゴンのことをよく知らないといけないと思うんだ。で、こっちに来てから僕なりに調べてはみようとしたんだけど、あんまり時間が取れなくって」
と、俺たちの顔を窺うように聞いてくる。
「私もスケジュールは空いてないわ」
そっぽを向いて即答する黒姫。
「あー、よかったら、それ、俺が調べてみようか?」
正直、ずっとただ飯喰らってるみたいでなんか肩身が狭かったんだよな。働かざる者喰うべからざるって言うし。
「ほんと? 助かるよ、レン」
「まぁ、俺特にしなきゃいけないこと無いし、暇だから」
「でも高妻くん、お披露目の後、こうやって話し合おうと思ってたのにいなかったじゃない。高妻くんも忙しいんじゃないの?」
黒姫がクリティカルな横槍を入れてきた。
「あ、そういえばそうだったね。何か用事だった?」
ユーゴが自然な流れで聞いてくる。
あー、来ちゃったか。その質問が。
「ああ、うん。ちょっと月島に行ってた」
「月島って露店出てたところ?」
「あー、ずるーい」
嘘は言いたくなかったのでさりげなーくなにげなーく答えたはずなのに、がっつり喰いつかれた。
「いや、別に遊びに行ってたわけじゃないんだよ」
「じゃあ、何しによ?」
「ちょっと偵察?」
「疑問形だし」
「偵察って一人で?」
ユーゴが余計なことを聞いてくる。
「えっと、クララと」
「二人で?」
「うん、まぁ」
「デートじゃない!」
黒姫が憤慨する。
「いや、ほんとは一人で行こうとしたんだけど、アンブロシスさんに無理やりクララと行くように言われたんだよ」
本当のことを言ったのに二人の顔には不審感しか見えない。
ここはスルーして話を進めるか。
「でさ、なんとそこで偶然ペネロペに会ったんだけど」
「ペネロペって、ロッシュでレンのお世話してた子だっけ」
「高妻くんがセクハラして辞めちゃった子ね」
「冤罪だ」
「それで、デートに行って元カノと会って修羅場にでもなったの? ていうか、なればいいのに」
「デートじゃねぇし、元カノでもねーよ! じゃなくて、そのペネロペの店でベーコンサンド売ってたんだよ」
「ベーコンサンド?」
「ホットドッグのベーコン版みたいなやつ」
「ふーん」
「いや、これがめっちゃ美味くてさ」
「はい」
いきなり黒姫が手を出してきた。
「何?」
「お土産は?」
「え?」
「『え?』じゃないわよ。なによ、自分ばっかりデートして美味しいもの食べて。あーあ。私も食べたかったなー。ベーコンサンド」
「僕も食べてみたいなぁ、それ」
「私、露店も行ってみたかったのよねー」
「レンが羨ましいよ。デートしてペネロペに会って」
「こっちは嫌々偉い人たちの相手してるっていうのに」
「偶然とか言ってたけど」
「怪しすぎるわね」
コンボでガンガン責められる。
ていうか、お前ら仲いいな。
「じゃ、じゃあ、今度みんなで行ってみるか。ペネロペのパン屋」
「そう? じゃあ、高妻くんの奢りね」
「だね」
「や、俺お金待ってないんだけど……」
「使えないわねぇ。じゃあ私たち二人だけで行きましょうか」
と、黒姫がユーゴを誘う。
「うん、いいよ。今度はレンが留守番だね」
「ユーゴはいいとして、黒姫さんはお金あるのか?」
前にユーゴは絵を買ってもらった代金があるって言ってたけど、黒姫は持ってなかったよな。
そう思って聞くと、黒姫はふふんと不敵に笑う。
「報奨金っていうのをもらったのよ。昨夜の王女を助けた褒美だって」
「え、それ半分俺のおかげじゃね?」
「どうかしらねー」
黒姫の眼が笑ってる。
「しょうがないから高妻くんも誘ってあげるわ。3人で行きましょう」
「僕もそれがいいと思う」
ユーゴもいつもどおりの笑顔だ。
いいな、やっぱり。この三人は。
ついでに、せっかく3人が揃ってるので月の話をした。
ロッシュで見た月が日本で見た月と同じだったこと。従って、ここが地球だと思われること。ここがフランスのパリで、王宮がシテ島に当たること。それから、俺たちのいた地球と同じゃなくて、魔法があるパラレルワールドの可能性が高いこと。
などということをつらつらと説明すると、
「パルリとかアルセーヌとか、いかにもって言う名前だしねぇ」
「なんか普通に納得しちゃった」
と、予想外にすんなりと受け入れてくれた。と、思ったら、
「ていうか、そういう報告はもっと早くしてよね。だいたい高妻くんて――」
と、説教される始末。更に、
「高妻くん、夜会でクラリス姫に浄化魔法をかける時に、私のこと呼び捨てにしたわよね?」
糾弾するように睨んでくる。よく覚えてたな、そんなこと。
「すみません。いや、ほら、なんか咄嗟だったから」
「べ、別に謝って欲しいわけじゃなくて、その、これからはそんな感じでもいいかなと……」
いつになく彼女の歯切れが悪い。
「そんな感じ?」
「だから、『さん』とかつけなくてもいいって言ってるの。そういうの、なんか距離感あるじゃない?」
そんなもんか? なら、
「じゃあ、俺のことも呼び捨てで」
「それは無理」
「え、何で?」
「私は高妻くんと距離を取りたいから」
何じゃそりゃ。
「あ、僕はこれからも『黒姫さん』って呼ぶね」
「白馬くんがそうしたいならいいわよ」
ユーゴが抜け目なく言うと、黒姫はあっさり了承した。なんか不公平じゃないですかね?
やっぱり巫女のコスプレのことを根に持ってるのか。これからはセクハラはほどほどにしておこう。
そう強く心に誓うのだった。




