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第25話 再会とベーコンサンド

 アルセーヌ川の小さい方の中州、月島の王宮側には公園があって、普段から平民の憩いの場になっているのだそうだ。今日は夏の日の祭りなので、たくさんの露店が出て賑わっていた。

 俺が気になっていたのは、その中のとある露店だ。どうやら食べ物を売っているらしく、購入した茶色の油紙のようなものを手に持った人たちが、歩きながらだったりベンチに座ったりしてその中身にかぶりついている。


 そこに彼女はいた。

 薄い黄緑色の服に生成りのエプロンをして大きな声で呼び込みをしている。


「ベーコンさんど、ベーコンさんどはいかがですかぁ! フールニエのベーコンさんど、新発売ですよぉ!」


 彼女の名はペネロペ。

 ロッシュ城で、ほんの3日ばかり俺のメイドだった子だ。

 まぁ、つまりはアレだ。さっきテラスにいた時に、彼女の気配を感じたのだ。この大勢の人ごみの中でなぜ彼女の気配がわかったのかは謎だけれども。

 で、こっそり顔でも見てやろうかとやってきたら、がっつり見つかってしまったという次第。


「あれ、レン様?」


 愛嬌のある丸顔で不思議そうに俺を見ている。


「よ、よう。久しぶり」

「お久しぶりです! って、どうされたんですか? その髪の毛」

「いや、ほら、黒い髪だと目立っちゃうだろ?」

「今も十分目立ってますけど……」


 ジトっした眼を向けられた。ですよね。

 その視線がやや動く。


「……で、後ろの女性は?」

「え、えっと、彼女はメイド兼護衛のクララ」

「アンブロシス様からレン様のお世話をするように言い付かっているクララと申します」


 俺の紹介の後に、本人が小さな声で名乗る。


「それはそれは。あ、私はペネロペ。レン様の一番最初の『めいど』です」


 ペネロペの自己紹介が何気にマウントを取りにいってるように聞こえるんだが。


「それで、ペネロペは何してるんだ?」


 ペネロペは「そうでした」とポンと手を合わせた。


「今日はお祭りなので、うちのお店も露店を出してるんですけど、このお祭りに合わせて売り出した新商品があるんですよ」


 と、俺の手をグイグイ引っ張っていく。

 そこには日よけのテントを張ったカウンターのような台があって、お客が次々に茶色い紙に包まれたものを買っていた。


「これです。フールニエのベーコンさんど!」


 ペネロペが両手を広げて自慢げに紹介したそれは、真ん中の切れ目に厚切りのベーコンと野菜を挟んだ細長い楕円形のパンだった。ホットドッグのベーコン版だな。


「レン様がハムチーズさんどだってパンにハムとチーズと野菜を挟んで食べてたでしょ。それを兄に話したら、ハムよりもベーコンがいいんじゃないかってこれを作ったんです。あっちじゃあんまりベーコンって出回ってないですけど、王都なら簡単に手に入りますからね」

「おおっ。確かにうまそうだな。じゃあ2つくれないか」

「はい、ありがとうございます。2つで50スールになります」


 あ……。


「俺、お金持ってなかったわ」

「すみません。私もです」


 クララが申し訳なさそうに身を竦める。


「もう、うっかりさんですねぇ」

「くっ。うっかりペネロペにうっかりさんと言われるとは」

「なんですか、それ」


 むーっとほっぺを膨らませたが、すぐに愛嬌のある笑顔に戻った。


「しょうがないですねぇ。ベーコンさんどはレン様のおかげでできたわけですし、試食ってことにしておきますね」

「助かる」


 他のお客からの不審げな視線に晒されながらペネロペ自慢のベーコンサンドを受け取る。


「はい、クララ」


 一つ差し出すと、不思議そうな顔をされる。


「……あの、これは?」

「何って、クララの分」

「いえ、そのようなことをしていただくわけには……」


 遠慮するクララに、


「じゃあ、食べてみて感想を聞かせて」


 と、無理やりベーコンサンドを手渡して、自分の分にかぶりつく。

 ベーコンは厚切りでしっかり塩が効いている。野菜はパリっとしたレタスに……。


「おっ、タマネギが入ってるのか」


 薄切りの炒めたタマネギが挟んであった。


「へへん。それも兄が考えたんですよ」

「これ、意外と合うな」

「美味しいです」


 クララも小さな声で褒めると、ペネロペが「そうでしょう」と満足げに頷く。そこへ、


「お嬢様。そろそろ商品が無くなりそうです」


 テントの中にいるおじさんから声がかかった。

 そういえば、ペネロペってこの商会の娘さんだったな。だから「お嬢様」か。うん、似合わん。


「はーい。じゃあ、私、お店に戻って次の分できてるか見てきますねー」


 ペネロペはおじさんに向かって元気に答えてから、俺たちに向き直る。


「すみません、レン様。もっとゆっくりお話ししたかったんですけど」

「いや、こっちこそ商売の邪魔しちゃって悪い。元気そうな顔見れて良かったよ。あと、ベーコンサンド、ごちそうさま」

「私も。勇者様と聖女様のお披露目があったからレン様もいらしてるだろうなって思ってましたけど、こうしてまたお会いできるなんて思ってませんでしたから、すごく嬉しかったです。あ、ベーコンさんどは明日からお店でも売り出しますから、また買いに来てください。今度はお財布を持って」


 ペネロペはくすりと笑って「では失礼します」とお辞儀をした。

 あ、そういえば言い忘れてた。


「ペネロペ」


 声をかけると、駆け出そうとしていた彼女が振り返る。


「はい、何でしょうか?」

「えっと、その、結婚するんだってな。おめでとう」

「ありがとうございます。……え、誰が結婚するんですか?」

「誰って、ペネロペが……」

「ええっ? 私、結婚なんてしませんよ」


 眉を寄せて訝し気に俺を見る。


「え、でも、ペネロペが実家に戻されたのは結婚するからだってフローレンスから聞いたんだけど」

「本当ですか? おかしいなぁ。私、父親が急病だからってちゃんと言ったはずなんですけど」

「それ、家に戻す時の常套句だって」

「いえ、本当に父が病気になって人手が足らないって兄が言ってきたんですよ。だから、家に帰って店の手伝いをしてたんです」

「マジか……」


 なんか唐突に恥ずかしくなってきた。フローレンスめ。今度会ったら文句言ってやる。


「レン様、もしかして、それを言うためにわざわざ会いにきてくださったんですか? すみません。全然結婚する予定なんてないです」

「うん、まぁ、それはついでで、ほんとにペネロペの顔が見たかったから来たんだよ」

「だったら嬉しいですけど……」


 ペネロペは照れたように俯いた。そこへ、


「あの、お嬢様……」


 申し訳なさそうなおじさんの声がした。


「いい雰囲気のところ申し訳ないんですけど、そろそろ商品が……」

「ご、ご、ごめんなさい。すぐ行きます! レン様、またお店に来てくださいね。父と兄にも紹介したいですから。それでは失礼します!」


 もの凄い早口でそれだけ言うと、ペネロペは脱兎のごとく駆け出して行った。


「すみませんね、お兄さん」


 おじさんが俺にも謝ってきた。


「いえ、こちらこそ邪魔しちゃって。でも、これ本当においしいですね」


 食べかけのベーコンサンドを見やるとおじさんも笑顔になる。


「ありがとうございます。おかげさんで予想以上に評判がいいんですよ。最初にお嬢様に聞いた時には何だそれって思いましたけどねぇ」


 はははとおじさんは頭を掻く。

 きっと「パンを冒涜するのかー!」とか、喧々諤々の言い合いがあったんだろうなぁ。


「あと、パンの形も持ちやすくていいです。これなら片手で持って食べられますし」

「そうなんですよ。お嬢様に聞いた時は丸いパンで上下に挟んでたんですけど、若旦那がこっちの方が食べやすいってことで。いや、そこに気づくとは。さすがはお嬢様の選んだお方だ」


 おじさんが妙なことを口走った。


「は?」

「お兄さんのこと、お嬢様が旦那様や若旦那に紹介したいって言ってましたからねぇ。いやはや、あのお嬢様もそういうお年頃になりましたか」


 何やら感慨深げに俺を見てくる。ま、きっと何か誤解してるんだろう。だってうっかり商会の人だしね。


 それはそれとして、こういう商品開発は召喚者である俺たちがやるのが王道なんだよなぁ。でも、衣食住は満たされてるし、経済的に不自由はないから商売に走る必要もないしな。まぁ、この世界のことはこの世界の人たちにまかせておけばいいわけで。

 あっ、そうだ。このベーコンサンドを作った若旦那ならマヨネーズも作れるんじゃないかな?

よし、今度頼んでみようっと。(他力本願)



 ※  ※  ※


 ペネロペに会ったその帰り道。

 クララから何かを聞きたそうにしてる気配を感じたので、こっちから水を向けてみた。


「えっと、何か聞きたいことがあったら何でも聞いてくれていいよ」

「……あの……いえ、何でもありません。すみません」


 何でもないと言うわりにはどうにもよそよそしい。あいかわらず距離を感じる。

 あ、そうか。怪しい気配があるとか言っておいて女の子に会いに行ってるからなぁ。チャラい奴って思われちゃったのか。

 アンブロシスさんにチクらないでって言っとこうかな。いや、かえって藪蛇になるかもしれんし、よけいに軽蔑されそうだ。ここは沈黙は金ってことで……。


 それっきり俺たちは言葉を口にすることなく、微妙な空気のまま王宮へ帰った。



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