第24話 お披露目
大騒動となった夜会はそこで中止になり、護衛騎士に厳重に守られたユーゴや黒姫に会えないまま、翌日の朝を迎えた。今日はお披露目の当日で、二人とも朝から忙しいのだろう。食堂に顔を出すこともなかった。
一人でもそもそとジャムを塗ったパンを齧っているところにクレメントさんがやってきた。
「レン殿。昨夜はお手柄でしたね」
挨拶もそこそこにクレメントさんが切り出した。
「アンブロシス様から聞きましたよ。憑依魔法を見破ったとか」
「ええ、まぁ。こっちの世界に来てから初めて役に立つことができた気がしますよ。正直に言うと、魔法が見えたり魔力量がわかったりする力が何かの役に立つなんて思ってなかったからちょっと嬉しいです」
「実際、憑依魔法なんてめったに見ませんからね。レン殿が見破ってくれなければ、気づくのがもっと遅れたでしょう」
「そんなにレアな魔法なんですか? ていうか、そもそも憑依魔法って何なんですか?」
クレメントさんがぽかんとする。
「……知らないのですか?」
「はい。まぁ」
「知らないで、どうしてわかったのですか?」
「いや、なんか偶にそういうことがあるんですよ。ぽんって頭に浮かぶんです」
前にそういう魔法が出てきた小説を読んだことあるからかな。
「それもレン殿の不思議な力なのでしょうか?」
「どうなんですかねぇ。まぁ、今度シュテフィさんに会ったら聞いてみます」
「それがいいでしょう。近々こちらに来ることになると思いますから」
「シュテフィさんが来るんですか?」
クレメントさんは「ええ」と頷くと、
「それで、憑依魔法のことでしたね」
と、話題を変えた。
「憑依魔法は闇属性の魔法で、かけた相手を自由に操ることができる魔法です」
「闇属性ですか。使える人いたんですね」
確か前に文献にはあるって言ってたように思う。
「闇魔法は魔獣の魔石を使うのです。そのような魔法は公には認められていませんし、まともな者なら使おうとはしないでしょから」
この世界では、魔獣の魔石は穢れてるっていう認識なんだっけ。
「そういえば、魔獣のは『魔石』なんですね。魔法石とはどう違うんですか?」
「それはですね、もともと魔力がある石を魔石、後から魔力を込めた石を魔法石と呼んでいるんです」
なるほど。また一つ賢くなっちゃった。
「魔獣の魔石に関してはシュテフィが詳しいので、アンブロシス様は彼女を呼んだのでしょう」
そのクレメントさんの言葉が引っかかった。
「あれ? 今『シュテフィ』って言いました?」
いつもフルネームで呼んでたよな。
「は? あ、いえ、みなさんがそう呼んでいるので、つい……」
クレメントさんはバツが悪そうに口ごもった。
そして、コホンとわざとらしい咳ばらいをして居住まいを正す。
「ええと、実はレン殿にお願いがありまして」
うーん。スキル『話題そらし』のレベルがまだまだ低いなぁ。
それでも一応「何ですか?」と話に乗る。
「昨夜のこともありますし、今日のお披露目の時にレン殿には怪しい者がいないか見張っていただきたいのです」
「それはかまいませんけど。やるんですね、お披露目」
夜会も中止になったし、不測の事態を考慮すれば中止にしてもいいんじゃないかと思ってた。ところが、そうもいかないらしい。
「この程度のことで中止にしては王国の威信にかかわりますし、逆に無視することで昨夜の騒ぎなど些細なことだと喧伝することにもなりますから。そのためにも、レン殿のお力が必要なのです」
まぁ、王国の威信とかどうでもいいけど、間近でお披露目見れるからいいか。
承諾すると、「では」と食事も早々に身支度をせかされてしまった。
※ ※ ※
王宮はアルセーヌ川にある中州を全面使って建てられているが、上流側には大きな庭園が設けられていて、祭りの時には平民にも開放されるのだそうだ。今日は勇者と聖女のお披露目があるというので、開門と同時にたくさんの人で埋め尽くされていた。
そのお披露目は庭園の王宮側にある白亜の城門の上のテラスになっているところで行われる。俺がするのは、そのテラスの隅に潜んで庭園内に怪しい魔力がないか見張るという簡単なお仕事だ。
今のところ昨夜のような異状は無さそう……っと、向こうの方、すぐ上流にあるもう一つの中州の方に気になる気配を感じた。
そこには多くの露店とそこからこちらを見ている大勢の人たちがいた。それらのたくさんの軽い魔力の中にそれがあった。もしかして、この気配は……。
突然鐘が鳴って意識が戻される。同時に感じていた気配も途切れてしまった。もう一度感じられないかと意識を向けても、たくさんの魔力に紛れてしまってもうわからない。
恨めしく眺めていると、眼下の広場からわぁっと歓声が上がった。近衛の騎士と共に国王がやってきたのだ。周りに合わせて片膝をついて出迎える。
宰相のポルなんとか。大臣クラスの貴族と続く。
そしてユーゴだ。
昨日と同じ例のコスプレみたいな服装で、両脇にアランとヴィクトール、後ろにジルベールを従えて歩いてくる。俺に気づかなかったのか、ちょっと緊張した顔をまっすぐ前に向けたまま通り過ぎていった。
次は黒姫だ。アンドレにエスコートされてやってきた。サフィールたち護衛騎士、黒髪おかっぱの少女もいる。
黒姫は昨日のドレス姿ではなく、合わせ襟の白いシャツにハイウエストの朱色のスカートを履いて、その上から金糸の刺繍が施された白いシースルーのローブを羽織り、頭には白いバラの花の冠を載せ、艶やかな黒髪は長く後ろに垂らされて最後に白い小さなリボンで一つに纏められていた。
……巫女のコスプレだな、これ。
たぶん彼女も自覚があったのだろう。目が合うと恥ずかしそうに頬を染めていた。
国王とコスプレの二人がテラスに並ぶと、大きな歓声が上がった。
いや、歓声は半分で、もう半分はどよめきに近い。歓声は聖女に対してで、勇者には戸惑いというか不審や落胆の声が向けられていた。
まぁ、東洋人は幼く見えるって言うし、ユーゴは後ろに控える護衛騎士たちより頭一つ小さいから、勇者としては頼りなく見えるのだろう。それも『属性の石板』によるデモンストレーションまでだけどな。
昨夜の貴族向けのお披露目と同じように、国王の話の後、二人の紹介があり、さぁデモンストレーションというところで、ユーゴが後ろを振り返った。
「ヴィクトール。悪いけど剣を貸してもらえますか」
テラスに緊張がはしり、近衛の衛士が僅かに身じろぐ。
言われたヴィクトールは、戸惑いながらも腰のベルトから鞘ごと剣を取って、両手で捧げるようにして差し出した。
「ありがとう」
ユーゴは礼を言ってそのまま剣を抜くと、観衆に向けて横に薙ぎ払う。が、その剣は勢い余ってユーゴの手からすっぽ抜けた。
「あっ……!」
誰もがその眼を疑った。
観衆に向かって落ちたかに見えた剣は円を描いて左に向きを変え、斜め上にすーっと上がっていったのだ。そしてまた円を描くと、今度は右斜め上にスピードを上げて上昇していく。
「なんだ!」
「剣が空を飛んでいるぞ!」
「勇者が操っているのか?」
誰かが言ったとおり、宙を舞う剣はユーゴの腕の動きに合わせて飛んでいるようだった。
ユーゴが人差し指と中指を伸ばした右手を横に振れば、それに合わせて剣も横に飛び、上に向かって振れば、ぐいっと上昇していく。なんか中国の映画にありそうだな、こういうの。
タネは簡単。ユーゴの手と剣が魔力のロープみたいなもので繋がっているのだ。ていうか、ユーゴのやつ、いつのまにこんなスキルを取得したんだ?
ユーゴは剣を手元に引き戻すと、今度はぱっと手摺りに飛び乗った。
どこからか悲鳴が上がる。
一見危なそうに見えるけど、ユーゴは魔力で体を支えているので大丈夫。まぁ、傍から見れば、あんな細い手摺りに飛び乗って平然としている勇者すげぇぇぇ!ってなるんだろうけど。
勇者ユーゴはその上に剣を浮かせたまま右手を高く掲げると、普段のあいつからは想像もできない程の大きな声を出した。
「今までの勇者はドラゴンと戦い退けても、それを退治することはできませんでした。それではドラゴンの脅威はなくなりません。故に僕、ユーゴ・シロウマはデュロワールの皆さんに誓いましょう。必ずやドラゴンを倒して、その首をここに持ち帰ると!」
数瞬の静寂の後、おおーっと地響きのような歓声が沸き上がった。それはやがて「ユーゴ! ユーゴ!」というコールに変わる。
「こんなことは前代未聞だ」
「陛下の御前で剣を抜くなど、不敬にも程がある!」
「しかも、宣誓するならば陛下に対してであろう。あろうことか平民に宣誓するとは」
大臣たちが聞こえよがしに非難を口にする。その一方で、
「確かに前代未聞だ。剣を飛ばすなんて、いまだかつて見たことも聞いたことも無いぞ」
「流石はユーゴ様!」
「ああ、今までの勇者でもできなかったことだ」
「ユーゴ様だからできるのです!」
「これなら空を飛んでるドラゴンにだって攻撃できるんじゃないか」
「ユーゴ様、万歳!」
と、騎士たちの評価は高い。あと、ジルベールがウザイ。
ユーゴはコールに手を振って応えると、ポンと手摺りから降りて剣をヴィクトールに返した。
「勇者殿! 陛下の御前でなんという――」
「良い。アルマン」
苦言を口にしようとした宰相を国王が制した。そして、ユーゴに正対する。
「勇者シュロゥマ殿、見事であった。願わくは、宣誓どおりに倒したドラゴンの首を私にも見せてくれぬか」
ユーゴは右手を胸に当て、静かに低頭した。
国王の顔に安堵の色が見える。昨夜の事件にもかかわらず、ドラゴン討伐を宣言したユーゴに安心したのかな。
そうして、ユーゴの派手なパフォーマンスの興奮が冷めやらぬうちに、お披露目は終了となった。
……え、黒姫の出番は? せっかく巫女のコスプレまでしたのに。
※ ※ ※
お披露目終了の後、アンブロシスさんに気になる気配を感じたことを報告した。
「で、ちょっと探って来ようと思ってるんですけど」
「それは、月島で間違いないのですな?」
月島っていうのは、露店が出ていた小さい中州の名前だ。ちなみに、王宮のある大きい中州は太陽島。
「はい。まだそこにいるならですけど」
「では、ポルト卿に頼んで衛士を何人か出すとしようか」
「いや、いきなり大勢で押しかけるよりも、まずは確認したほうがいいと思います」
「危険ではないか?」
「こっそり顔を見て、じゃなくて、確認してくるだけです。それ以上のことはしませんから」
「ふーむ……。その方がいいかもしれんの」
「ありがとうございます」
「じゃが、クララは連れていくように」
「え……」
思わず言葉に詰まってしまった。
「何か不都合でも?」
「あ、いえ。何ていうか、ほら、女の子にはちょっと危険じゃないかなぁと」
「危険なことはしないのじゃろ?」
「そ、そのつもりです。けど……」
「なーに。土魔法と金魔法ならクララは儂よりも余程使い手じゃよ。護衛のためにも連れて行った方が良い。いや、彼女との同行が許可の条件じゃな」
「くっ……。まぁ、しかたないですね」
というわけで、俺はクララと一緒に王宮を出た。
庭園から月島に向かって架かる橋を渡ると、あちらこちらから視線を感じた。
おかしいな。
俺の服装はローブを抜いただけの略装。襟付きの長そでシャツにズボン。袖なしの青い上着。クララも使用人のお仕着せ(って言うんだって。ああいう服のこと)ではなく、平民が着そうな麻色のシャツにえんじ色のスカーフ、同じえんじ色の足首まである襞無しのスカートという服装だ。
これなら平民に交じっても目立たないはずなのに、めっちゃ目立ってる。なんで?
勇者の仲間とは言っても、俺の顔が知られてるわけないし、髪の毛だって黒くないし……あ、グラデになってるんだった。
黒姫にしてもらったブリーチは、生え際が黒いままのくすんだ茶色が毛先に向かって薄くなっていて、所々にこげ茶のメッシュが入っていた。クレームをつけると「あら、これがいいんじゃない」と一笑に付されてしまった。でもこんな髪色の奴はいねぇ。
「やっべ。これじゃ目立つよなぁ」
ぼそっと零すと、
「……申し訳ありません」
クララの小さい声が聞こえた。
「え、何でクララが謝るの?」
「私、大きいですから……」
と、クララは身を縮こませる。
「まぁ、確かにクララの胸は大きいけど、目立つほどじゃないよ」
「ち、違います! 背丈のほうです!」
普段よりも気持ち大きめの声で言い返してきた。自分でもびっくりしたのだろう。すぐに「すみません」と小声に戻った。
「……あの、私、女にしては大きいですから。それに、レン様の言うとおり、この胸も……」
と、胸を隠すように手を重ねる。
ヤバい。完璧セクハラだった。黒姫なら速攻グーパンが飛んでくる案件だよ、これ。
「あー、いや、俺の国じゃクララみたいな背が高くてスタイルのいい子は羨ましがられるんだけどな」
「そうでしょうか」
クララの表情は微妙だ。やっぱりコンプレックスなんだろうな。
「まぁ、確かにクララは目立つかもしれんけど、でも残念だったな。目立ち度なら断然俺の髪の毛の勝ちだ」
ドヤ顔で胸を張ったら、呆れ顔を返されてしまった。
それはそれとして、こんなに目立っちゃ、あの気配を感じた場所にこっそり近づくのは難しそうだな。下手をすると、向こうに先に気づかれてしまうぞ。
案の定、その懸念はすぐに現実のものとなった。
「あれ、レン様?」
ほら。エプロン姿のペネロペに見つかってしまった。




