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第22話 ブリーチ

 しばらく横になっていると、アンブロシスさんが様子を見にきてくれた。

 なんか魔力を感じる力が上がってるみたいですと報告したら、


「うむ。属性は生まれながらに決まっておるが、魔力は訓練次第で強くすることができるのじゃ。儂が子供の頃は……」


 と、爺さんの人生訓を小1時間程聞かされる羽目になった。

 アンブロシスさんが筆頭魔法士になるためにブルトーニュ領の領主と爵位を息子に譲るあたりで、


「おお、そうじゃった。レン殿にクララのことを頼みに来たんじゃった」


 と、思い出したようにメイドの子を手招きする。クララって言うのか。よし、覚えた。


「この子をレン殿の専属の使用人にしてもらえぬかのぉ」

「はぁ、かまいませんけど」

「レン殿にはもうわかってしまっておると思うが、彼女は貴族の出なのじゃ。しかも魔力量も多い。それ故、学院に入った頃から目をかけておったのじゃが、いろいろあって学院を辞めてしまってな」


 学院というのは、王都にある王立の学校で、10歳から14歳までの貴族の子供たちが知識や教養、魔法なんかを学んでいるそうだ。


「それで儂の所で預かって、孫娘の付き人にと思ったのじゃが、どうも相性が良くなくての。レン殿は、ほれ、魔法が使えんで何かと不便なことも多かろうし、この子がおれば便利じゃぞ」


 訳ありの物件を押し付けられただけだった。

 ま、アンブロシスさんは善意でこう言ってくれてるのはわかるし、俺が『光の魔法石』のランプひとつ点けられないのも事実なので断る理由もない。決して胸の大きさに目が眩んだわけじゃない。ここで宣言しよう。俺は微乳派だと!


「よろしくお願いいたします」


 クララが蚊の鳴くような声でお辞儀をすると、それに合わせてたゆんと揺れる。

 ま、まぁ、巨乳が嫌いとは言っていない。うん。


「あ、そうだ。俺、王都の街に行ってみたいんですけど」


 クララから視線をそらしてアンブロシスさんに言うと、難しい顔をされた。


「ポルト卿からレン殿たちをできるだけこのロクメイ館から出さないように言われておるし、儂もせめてお披露目まではそうして欲しいと思っておる。お披露目の後は王都に出られるように交渉しよう。それまでは我慢してくれぬか」


 まぁ、セキュリティの問題もあるだろうし、何より黒髪は目立つ。そんなのが王都をうろうろされたら困るよな。


「わかりました。我儘言ってすみません」

「こちらこそ不自由な思いをさせてしまって申し訳ない。まぁ、今王都に出たら、慣れたとは言ってもまた魔力酔いになるかもしれぬ。レン殿がその力を制御できるようになればよいのじゃが」


 確かにアンブロシスさんの言うとおりだろう。


「ありがとうございます。ちょっとやってみることにしますよ」

「うむ、それがよかろう」




 アンブロシスさんが部屋を出ていった後、ベッドの上で仰向けになって目を閉じる。

 やっぱり、かなりの量の魔力を感じる。最初はそれを知らずに無秩序に受け入れてしまって感覚がパニクってたんだよな。でも、こうして知識を得れば落ち着いて対応できるし、体の方も慣れてきてこの状況を受け入れられるようになってきた。


 俺が持ってた魔力感知のイメージは、使う側の意思で特定の相手の魔力の大きさや周囲の魔力の位置がわかるという、言ってみればスカウターとかレーダーみたいなやつだ。でも、俺のこの魔力感知は一方的に受け取るだけの受信機状態、正に『総受け』に他ならない。だったらもうこれに慣れるしかない。


 ふぅーっと大きく息を吐いて感じている魔力を慎重に分析する。

 目を閉じて視覚情報をシャットアウトすると、自分が濃密な霧の中にいるように感じる。

 その中で、すぐ傍に感じる硬い魔力の塊はクララのだろう。他に個々を特定できるような魔力は判別できない。距離に比例して精度や感度が下がるみたいだ。今のところ、どれだけのエリアをカバーしてるかは不明だけど、さすがに王都中ということはないだろう。

 個々の魔力は判然としないけど、なんとなくわかることもある。自分の周りや右側から感じる魔力と左側から感じる魔力が微妙に違っている気がする。右の方は凸凹で、左は反対に薄く広がっている感じ。


 体を起こして、控えているクララに向き直る。


「あのー、王都のこっちとこっちって、何か違うのかな?」


 右手と左手の人差し指でそれぞれの方向を差しながら聞いてみた。


「……右手の方には貴族のお屋敷があります。左手の方はたぶん川の反対側、平民が住んでいる方だと思います」


 あー、なるほど。川を挟んで貴族と平民に別れてるのか。魔力のばらつきはそういうわけね。ふんふん。


「あの……」


 クララが遠慮がちに口を開いた。


「レン様は、本当に魔力を感じられるのですか?」

「えっ。あ、まぁ……」


 アンブロシスさんとも普通に話してたし、特に秘密にしてるわけじゃない。


「……魔力が穢れているのもわかりますか?」

「穢れてる? いや、今わかるのは魔力の大きさだけ」

「そうですか……」


 安心したのか期待が外れたのか、クララは小さく息を吐いた。


「何か気になることでもあった?」

「いえ、変なことを言ってすみません」


 さりげなく聞いたつもりだったけど、きっぱりと謝罪されてしまった。まだまだ壁が厚い。



 ※  ※  ※



 俺が『魔力感知』の習熟をしたり、ユーゴが颯爽と馬を乗りこなしたり、黒姫がスタール夫人に絞られたりしているうちに、クレメントさんたちの馬車組も無事王都に着いた。ここから出られなくて出迎えができなかったから、ソフィーやフローレンスには会えずじまいだ。


 そのユーゴたちと会えるのも朝晩の食事の時間だけだ。場所は食堂。ロッシュよりも広くて装飾も豪華だ。そこで三人で食べる。給仕はユーゴにはジルベールが、黒姫には若い侍女がついている。俺には当然クララが給仕してくれる。

 ここにはクレメントさんやイザベルさんがいないし、ジルベールもロッシュの時みたいに同席したりしない。ちょっと寂しい。


 そういう夕食にも慣れた頃、俺は思い切って黒姫に頼みごとをした。


「なぁ、この髪の毛、脱色できないか?」

「え、何、急にどうしたの?」

「いや、お披露目が終わったら王都の街に行ってみようと思ってるんだけど、やっぱこの髪の毛じゃ目立ち過ぎるから」

「あ、いいなぁ。私も行きたーい」

「僕も。一緒に行こうよ」


 黒姫もユーゴも乗り気だ。しかし、それを許さない奴がいる。ジルベールだ。


「ユーゴ様が街に行ったら大騒ぎになってしまいますよ」

「マイ様も。王宮から出てみたいのなら、それなりの手続きと準備が必要ですからね」


 あ、カロリーヌさんもいました。給仕はしないけど、がっつり黒姫の後ろに控えていた。


「ええー。そんなのつまんない」

「じゃあ、学院はどうですか? 生徒たちも喜ぶでしょう。大騒ぎにはなると思いますが」


 ジルベールが提案すると、背後でクララの気配が微妙に揺れた。

 ん? と思ったところに、ユーゴの期待に満ちた声が被る。


「学校かぁ。どんなこと勉強してるのか、僕もちょっと見てみたいな」

「では、上の者に相談してみましょう。もっとも、お披露目の後になりますが」

「うん。お願い、ジルベール」


 よかったな、ユーゴ、黒姫。けど、俺の話はどうなった。


「けぷこむけぷこむ。あー、それでどうなんだ? やってくれるのか?」

「あ、ごめん。高妻くんのことすっかり忘れてた。で、何だっけ?」


 こいつ。


「髪の毛。聖魔法で脱色できない?」

「そんなことできるの?」

「聖魔法って、けがを治したりする魔法なんだよな。つまり、細胞組織とかに干渉する魔法だろ。なら、髪の毛の色素も抜けるんじゃないかって思うんだけど」

「うーん。どうだろう? やってもいいけど、失敗しても怒らない?」

「どんな失敗するつもりだよ」

「色素じゃなくて毛が抜けるとか?」

「それは抜けない方向でお願いします」

「ウソウソ。ちょっと毛先で試してみるね」


 黒姫が背中に回って襟足の毛をつまむ。そして、「ブリーチでいいわね。ブリーチ、ブリーチ」と言いながらゆっくり毛先をすいた。


「あ、できた」


 意外にあっさりとできたようだ。見ていたカロリーヌさんたちからも驚きの声が上がる。


「本当に髪の毛の色が変わってる。初めて見ました。こんな魔法」

「マイ様はこのようなことまでできるのですね」

「まぁ、黒い色素を分解してるだけだから。カラーはできないけどね」


 黒姫が説明しても「しきそ?」「からー?」と首を捻ってる。

 それを放置して、「じゃあ、いくわよぉ」と、黒姫が威勢のいい声を上げる。なんか腕まくりでもしてそうだ。

 その声とは裏腹に優しく髪を触られて、一瞬ドキッとしてしまった。てっきり、手をかざしてするのかと思ってた。


 俺の動揺を知りもせず、黒姫は鼻歌でも歌うように軽やかな手つきで俺の髪をすいていく。「お客さん、どこか痒いところはございませんか?」なんてお約束まで言い出すほどだ。うん、まぁ、こういうふうに素手で髪の毛を触られるのってなんか気持ちいいもんだな。ドキドキするけど。

 すると、ユーゴも興味を持ったのか、


「ねぇ、黒姫さん。レンが終わったら次は僕の髪の毛も脱色してくれない?」


 と、マッシュルームカットの黒髪を指さして言ってきた。


「うん、別にいいけど」

「なりません!」


 黒姫の言葉に被さるようにジルベールが割り込んできた。


「え、どうして?」

「黒髪でない勇者などありえません! 髪の色を変えるなんて絶対に認められません!」

「えー。じゃあ、レンはいいの?」

「レンは勇者ではありませんから。むしろ黒髪でないほうが望ましいくらいです」


 と、首を巡らして俺を見る。

 ユーゴが羨ましそうにこっちを見てるけど、ディスられてるよね、俺。

 そのタイミングでカロリーヌさんが黒姫を呼ぶ。


「マイ様。そろそろ体のお手入れの時間ですので」

「え、もう?」


 背中から不満そうな声がした。


「何? 体のお手入れって」

「高妻くんが言うといやらしく聞こえるわね」


 ひと弄りしてから、黒姫が続ける。


「えっと、お披露目とかあるでしょ。そのために美容マッサージみたいのしてもらってるの。他にも、まぁ、いろいろあるけど」

「いろいろ?」

「いいのよ、気にしなくて。あと、髪もすっごい綺麗にしてもらってるんだけど気づかなかった?」

「いや、全然」


 ぐいっと髪の毛を引っ張られた。


「だから女の子にモテないのよ。高妻くんは」

「いや、でも髪が綺麗だねとか言うとセクハラって言われるじゃん」

「そういうのは一度でも言ってから言いなさい」


 わしわしと髪を弄られる。


「お時間ですよ。プリンセス」


 カロリーヌさんに言われて黒姫が凄く嫌そうな顔をしてるのが見えなくてもわかった。そんなに嫌なのか。プリンセスって呼ばれるの。


「しょうがないわ。これで仕上がりね」


 え、今しょうがないって言わなかった? ほんとに仕上がったの? 


「へぇー。黒姫さん、センスいいね」


 俺の不安をよそに、ユーゴが褒める。


「そう? 美術部の白馬くんにそう言ってもらえるなら」

「やっぱり僕も脱色してもらいたいなぁ」

「絶対にダメですからね」

 

 俺のほうを見ながらジルベールが念を押す。なんか不安しか感じないんだが……


「じゃあ私体のお手入れがあるから」

「僕も部屋へ戻ろうかな」


 そそくさと立ち去ろうとする二人。続いて、忍び笑いをこらえるような侍女さんたち、憐れみの眼を向けるジルベールと部屋を出ていく。


「……あの、クララ。鏡とかある?」

「……少々お待ちください」


 その後、クララが持ってきてくれた鏡には、生え際が黒いままのくすんだ茶髪が毛先にいくほど薄いグラデーションになっていて、ところどころにこげ茶のメッシュが入った髪の男が映っていた……。

 確かに、確かに黒髪じゃなくなったけど、この国にグラデやメッシュの入った髪の毛のヤツはいねぇーよ!


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