第21話 魔力酔い
素っ裸になることもなく無事に王宮に転移した俺たちは、とりあえず控えの間と思しき場所に案内された。
そこは、広さで言えばロッシュ城で食堂に使っていた部屋と同じくらいだけど、天井はもっと高く、それと同じくらいの縦長のガラス窓からは太陽の光が注ぎ込み、水色と白を基調とした部屋の中を明るく照らしている。
護衛のアランとジャンヌを室内に、ヴィクトールとサフィールを扉の外に配して、アンドレ自身はどこかに報告に行っているようだ。
俺とユーゴ、黒姫、アンブロシスさんは、この世界に来て初めて見た二人掛けや一人掛けのソファに座り、ローテーブルに置かれたお茶を味わっていた。お茶はあいかわらずのハーブティーだったけど、質の良いものらしい。黒姫がそう言っていた。
それを給仕してくれたメイドさんも、その紺色の服や真っ白なエプロンと高めの年齢とが相まって、何気に上品に感じる。さすが王宮のメイドさんだ。
しばらくしてアンドレが戻ってきた。一緒にいるのは、召喚された日に見たことのある銀髪をオールバックにしている人物だった。確か、ポ……ポルなんとかという宰相の人だ。秘書の青年貴族もちゃんといる。
「ポルト侯爵とは既に面識がありますよね」
アンドレが宰相を紹介すると、宰相は恭しくお辞儀をした。その作ったような笑顔と口髭で思い出した。アルマン・ヴォ・ポルトだ。たぶん。
「ようこそ王宮においでくださいました。勇者ユーゴ・シュロゥマ殿、聖女マイ・クロフィメ殿、……ええと?」
ポルトが俺を見とがめて口ごもる。
「添え物のレン・タカツマです」
しかたなく名乗ると、ポルトは「ああ」とどうでもよさそうに頷いてから、ユーゴたちに顔を向けた。絶対覚える気無いな、俺の名前。
「まずはこちらで過ごしていただく部屋へご案内いたしましょう。後ほど国王陛下も挨拶をしたいと仰っていましたので、それまでそちらでお寛ぎください」
言われるままに案内される。
ローマの神殿にありそうな円柱が立ち並ぶ広い通路を進んでいく。アーチ型の天井が呆れるほどに高くて、まるでショッピングモールの吹き抜けのようだ。
それにしても、王宮と言う割には人影が少ないな。もっとたくさんの人が忙しなく行き来しているイメージだったのに、ちらほらと遠目に姿が見えるだけだ。
「思ったより人少ないね」
ユーゴもそう思ったのか、遠慮なく口に出した。
「このあたりは王宮でもかなり奥まった場所になりますから、普段はあまり人がいないのです」
と、ポルトが教えてくれた。
ユーゴに向けるその愛想笑いを見たせいか、なんか胸がむかむかする。
その誰もいない通路を通り抜け、曲がって進んで、渡り廊下を通って別の建物に移り、さらに奥に進んで中庭の見える回廊をぐるっと回ってその建物を通り抜けてようやく目的の館にたどり着いた。もう一度行けと言われても無理。ちょっと目が回りそう。
だからだろうか、
「大丈夫? 顔色悪いわよ」
黒姫が心配そうに声をかけてきた。
「いやー、緊張してるのかな。妙にドキドキしてるっていうか。さすが王宮だよな」
「この程度でドキドキって。まったく、これだから田舎者は」
やれやれと肩をすくめて首を振ってるけど、お前も俺と同じ田舎の生まれだからな。
変な汗をかきながらジトっと睨んでいると、
「こちらの館が勇者様と聖女様のお住まいとなります」
と、ポルトが建物を振り仰いで紹介する。ごてごてと飾り立てられているが、ここにある建物としては特に変わった感じはしない。が、名前は変わっていた。
「これはこの王宮が造られた時に前の勇者様の住まいとして建てられたもので、『ロクメイ館』と名付けられました」
なんだその眩暈がしそうなネーミングは。
いや、ほんとに眩暈がする……。
ヤバい。なんか変だ。
「高妻くん?」
「レン!」
二人の呼ぶ声を遠くに聞きながら、俺はついに立っていられなくなった……。
※ ※ ※
それから丸まる2日間、寝込んでしまった。
俺は割り当てられた部屋、たぶん従者とかが使う部屋だと思うんだけど、ロッシュで使っていた部屋よりも小綺麗で調度品も高級感がある。そこのふかふかのベッドに寝かされていた。
アンブロシスさんの見立てでは、俺は魔力酔いになったのではないかとのことだった。
魔力酔いっていうのは、例えば聖魔法でいきなり多量の魔力を体に流された時に起きるもので、俺の症状がそれに似ているのだそうだ。ただ、俺の場合はそれが聖魔法じゃなくて周囲にある魔力そのものが原因になったらしい。
ここパルリはもともとアルセーヌ川の舟運を中心にできた商業の街で、北東方面に領土を広げたことでダンボワーズでは統治しにくくなった国王がここに王城を移して以降多くの貴族が移り住み、また商機や職を求める平民も増え、今や10万人を超える都市になっている。
そこへ、人口1万5千人のダンボワーズを経たとはいえ、千人程度しかいないロッシュからいきなりやってきたものだから、その莫大な人数の魔力を感じ取ってしまって体が戸惑っているのだろうと診断してくれた。
そんな王都中の魔力を感じ取るとかどうにも眉唾ものなんだが、魔力を感じ取れる人間なんて俺が初めてで誰もそんな魔力酔いに罹ったことが無いし、アンブロシスさんの見立てもあくまでも推測に過ぎないという注釈付きだった。
※ ※ ※
3日目の朝になってようやく体を起こせるくらいになった。周囲の魔力に体が慣れてきたのかもしれない。
と、尋常じゃない魔力が近づいてくるのを感じた。わかる。ユーゴと黒姫だ。どうやら今までより魔力を感じる力が強くなってるみたいだ。もしかしたら魔力酔いもそのせいかもしれない。
でも、『魔力感知』なんて正直何の役にも立たないんだよなぁ。逆にこうして魔力酔いとかいうわけのわからないものに苦しめられるし。やっぱり、巻き込まれてこの異世界に来てしまっただけの奴にはチートスキルなんて無縁なのか……。
やがてドアがノックされて、この部屋で俺の面倒を見てくれていたメイドの子が対応する。もう何度も見知った顔なので、すぐに部屋の中になだれ込んでくるユーゴと黒姫。
服装はあいかわらずの水色ローブだけど、下に着ているシャツが襟のあるものに変わっている。あと、黒姫はポニーテールを止めて緩く結い上げていた。
「もう起きても大丈夫なの?」
「元気そうだね」
挨拶も抜きに声をかけてくる。
「ああ。心配かけてすまん。もうだいぶ慣れたみたいだし、そろそろ普通にできると思う。……まぁ、することなんて特に無いけど」
卑下するように言うと、
「じゃあ、とりあえず朝ご飯食べない?」
黒姫がさらりと提案して侍女さんを手招く。
「カロリーヌさん。ここで朝食を食べたいんだけど、いい?」
「はい。すでに用意してございます」
こげ茶の髪をひっつめにした30代くらいの品のいいおばさんの侍女、カロリーヌさんがお辞儀を一つして部屋を出ると、すぐに使用人たちが3人分の朝食の乗ったワゴンを運んできて、テーブルの上に並べだした。このテーブルと椅子は、俺が寝込んでる時からユーゴたちがお見舞いに来た時用にと持ち込まれていたやつだったりする。俺の分の朝食はサイドテーブルの上だ。
「「「いただきます」」」
と合掌。
ここの人たちはまだこの『合掌』を見慣れていないようで、変な目で見られた。
「もう、聞いてよぉ」
と、黒姫の愚痴が始まった。
「所作の先生が厳しいのよ。食事の仕方だとかお茶の飲み方だとか。口を開けて笑うなとか、感情を顔に出すなとか。もーイヤ。私、お姫様じゃないんだけどっ」
バクバクとパンを齧りながらぶー垂れる。
「あははは。でも、黒姫さんの姫ってお姫様の姫でしょ」
「あら、それは本当ですか?」
ユーゴが妙な慰め方をすると、カロリーヌさんが興味深そうに聞いてきた。
「黒い姫で黒姫」
「ち、違うの。ただの名前だから。お姫様とかじゃないから」
黒姫がわたわたと手を振って否定するが、カロリーヌさんには届かなかったようだ。
「黒き姫様ですか。黒い髪と瞳をお持ちのマイ様にピッタリのお名前ですね」
「そ、そう?」
ちょっと黒姫が照れる。
「はい。それに、マイ様がお姫様だと知ったらスタール夫人もいっそうやりがいが出ることでしょう」
「え、ちょっと、ねぇやめて」
「いいえ。マイ様に早く貴族としての自覚を持っていただくようにするのも侍女の務めですから」
カロリーヌさんが素晴らしくいい笑顔で宣告する。
「スタール夫人って、黒姫さんの所作の先生」
ユーゴがこそっと情報をくれた。
「そういうユーゴは何してんの?」
「僕も所作かなぁ。あと、剣と乗馬」
「乗馬? 馬に乗るんだ?」
「うん。ほら、移動が馬車じゃ時間かかるし。この先魔獣の討伐とかもするらしいから必要なんだって」
「大丈夫か? そんなにすぐ乗れるようになるもんじゃないだろ?」
「うん。でも、ちょっと乗馬スクールに通ってたことあるから」
と、頭を掻くユーゴ。こいつ、いいとこのお坊ちゃんだったのか。(偏見)
「あー、私も乗馬したーい」
「いけません。聖女様が乗馬などと、はしたない」
黒姫の駄々をカロリーヌさんが速攻で窘める。
「えー、そういう固定観念は良くないと思うの。これからの聖女は馬に乗って颯爽と現場に駆けつけるのがトレンドよ」
「何を仰っているのかわかりませんが、そろそろ所作のお勉強の時間です」
「うそっ、もう? まだ早くない?」
「身支度を整える時間がいりますから。さぁ、参りましょう。プリンセス」
「それ、ほんとにやめてね」
黒姫は唇を尖らせる。
「そういうお顔も言葉遣いもスタール夫人に直していただかないといけませんね」
ニッコリと笑うカロリーヌさんに、黒姫は黙ってついていくしかなかった。合掌。
「僕もそろそろ行くよ。お大事に」
ユーゴも続いて部屋を出ていった。使用人のみなさんも食器をワゴンに片づけて「失礼いたします」と退室していく。
部屋に残っているのは俺と、俺の面倒を見てくれていたメイドの子。名前は……なんか聞いたような気もするけど、頭痛がして気持ち悪かった頃だったから覚えてない。
薄い金色の髪はサイドが長いボブヘアで、垂らした前髪に隠れがちな瞳は綺麗な緑色。肌が透き通るように白くて紺色の使用人用の服や白いエプロンと良いコントラストを作っている。あと、背が高い。たぶん178㎝の俺よりちょっと低いくらいだと思う。
ここの人たちは欧米系の人種なんだけど、意外に背が高いくない。今まで出会った人たちで俺より背が高かったのは、クレメントさんとアンドレとヴィクトール、ロッシュの衛士や護衛の騎士の数人。女性だとシュテフィさんだけだ。だから、この子は女子ではけっこう背が高い方だと思う。
あと、この子の特徴としては、その、身長に相応しい大きさと言いますか相応しすぎる大きさと言いますか、ぶっちゃけ胸がでかい。
「あの……何か御用でしょうか」
蚊の鳴くような声がした。メイドの子だ。知らず知らずのうちに視線が向いていたらしい。
「いや、何でもないよ。えっと、もうちょっと横になってるね」
「はい……」
この子のもう一つの特徴。声が小さい。無口。必要以上に話しかけてこない。
なんていうか、人と距離を取りたがってる印象。
ついでに言うと、この子の魔力量は貴族レベル。それもアンブロシスさん並みだ。なのに、使用人をしてるとか、なんか謎めいてる。わかりやすかったペネロペが懐かしい……。
そうだ。ペネロペの実家のパン屋に行ってみようかな。 どうせすることなくて暇だしねっ。




