第18話 勇者の血 聖女の血
お酒は二十歳になってから。
使用人が夕食だと呼びに来た。
どうやら俺のことをかなり探したようで、若干不機嫌である。
しおしおと後をついて、ユーゴたちとは別の控えの食堂に案内される。そこには既にシュテフィさんが席について夕食を取っていた。その長いテーブルの向こう側で、金髪の男と黒髪の女性の護衛騎士ががつがつと料理を平らげながらちらりと俺に視線を飛ばす。
ユーゴとマイ、アンブロシスさんは迎賓の間で晩餐をいただいてるらしい。クレメントさんたちは付き添いかな。護衛はここにいる護衛騎士とは違う方のペアがしてるんだろう。ご苦労なことで。
シュテフィさんの向かいに座り、給仕を受ける。さすがに公爵様の城。ロッシュより料理が豪華だ。野菜の酢漬けと洋風のカマボコみたいなやつ、かぼちゃのスープ、ロールキャベツのクリーム煮、茹でたウインナー、種類の違うパン、デザートの果物。あ、ワインじゃなくて果実水くださーい。
それにしても、あのメッセージ、はたして真に受けていいものだろうか。
革命云々はともかく、王族は勇者と聖女の魔力を持った子供が欲しいだけだから信用するなってことだよな。じゃあ、ドラゴン退治は召喚の口実なのか? いや、たぶんそれが一番なんだと思う。今まで聞いてきた話からすると、ドラゴンの被害は甚大でそれを止められたのは勇者と聖女だけだったというのは間違いない。ただ、王族にとってはそれ以外にも利用価値があったってことか。例えばその魔力……。
目の前で黙々と料理を口に運んでいるシュテフィさんを見やる。
シュテフィさんは魔力の研究をしてるんだったよな。ちょうどいいや。
「シュテフィさん、ちょっと質問していいですか?」
「ん? ああ、かまわないよ」
「やっぱり魔力って大きい方がいいんですか?」
聞くと、シュテフィさんは食事の手を止めて熱い眼差しで俺を見る。
「魔力が少なくてもレンは十分価値があるよ」
「いや、俺のことじゃなくて一般論でお願いします」
「なんだ、一般論か。つまらん。まぁ、魔力は大きい方が有利なのは確かだよ。我々貴族が平民の上にいるのも魔力が大きいからだしね」
「じゃあ、王族が一番魔力が大きいってことですか?」
「そういうことになるかな」
逆に言うと、魔力が大きくないと王族としていられないってことか。なるほど。勇者たちの強い魔力を自分たちの血筋に取り入れたくなるのは、今の支配的な地位を守るためか。
「ちなみにですけど、勇者や聖女の子孫ってやっぱり魔力が大きいんですか? ルシールとかそうですし」
「そうだね。魔力の強さは親から子へと受け継がれる傾向があるのは確かだよ。それに倣えば、勇者や聖女の子は強い魔力を持って生まれてくることになるだろうね」
「じゃあ、勇者と聖女の間に子供ができたら最強じゃないですか」
「それが不思議なことに、聖女の子供はすべて女で聖属性しか持って生まれてこないんだよ。その子も然りだ」
ふーん。優勢遺伝とかそういうのかな。生物は苦手なんだよな。
「勇者の方は?」
「そっちは特に性別や属性の偏りは無かったと思う。ただ、生まれた子供の中でも髪が黒い子供は特別扱いされるようだね」
「やっぱり魔力が大きいからですか?」
「それもあるけど、紛れもなく勇者の血と力を受け継いでいると一目でわかるからだとさ。王族の多くがそうであるように」
「まぁ、確かにそうですけど」
今のところ黒髪なのは、ルシールとアンドレたち護衛騎士の3人。王様も黒髪だっけか。ジルベールは2代目勇者の子孫だけど金髪だったよな。
すると、大きな魔力が近づいてきて、
「黒髪がどうかした?」
と声をかけられた。確か、サフィールとかいう名前の黒髪ショートの女騎士だ。威圧的な茶色の眼を俺に向けてくる。会話を聞かれてたかな。
「あ、いえ、その、黒髪の人たちって勇者や聖女の子孫なのかなぁって思って」
「そうよ。これは勇者様の血と力を引き継ぐ証だもの」
と、彼女は優雅な手つきで髪を撫でつけた。
「そのせいで、私には幼いうちから両手の指では足らない程に婚約の申し込みがあったのよ。でも、それは全て断わらせてもらったわ。だって、私は勇者様に嫁いで子をもうけるという定めがあるのだから」
ふーん。てことは、この人も王族なのか?
「あの、あなたも王族なんですか?」
聞くと、彼女はブンブンと首を横に振った。
「まさか。私のような者が王族などと畏れ多い」
「でも黒髪ですし」
「黒い髪が必ずしも王族というわけではないわ」
「そうなんですか。でも、勇者の子共が欲しいんですよね?」
「そうよ。私と勇者様の子共たちならば、さぞかし強い騎士になるでしょうね。それは即ち、この国の力となるの。先の勇者様、私のお爺様はたくさんのお子をもうけられて、この国を大きくすることに貢献されたと聞いているわ。だから、私も勇者様との子をたくさん産み育て、デュロワール王国の栄光に貢献するつもり。それができるのは私だけよ」
うっとりとした顔で話してくれたけど、このお姉さんの言ってるのも勇者の血を取り込むってことなのか?
よし、ユーゴのためにちょっと予防線張っとくか。
あ、これは別にユーゴがこの可愛い感じのお姉さんと子供ができるようなあれやこれをするのに嫉妬してるからじゃないぞ。俺たちは日本に帰るんだから、子供とか作っちゃうとアレだからな。
「あなたがユーゴと子供を作りたいのはわかったけど、ユーゴの方はどうっスかねぇ。あいつにも好みとかあるだろうし。年上の女性はどうだったかなぁ」
「それは問題ないわ」
俺の牽制に彼女は少しも動じなかった。
「ニホンには女からのその手の申し出を男が断ってはならないという決まりがあるのでしょ? 『スエゼンクワヌハオトコノハジダ』だったかな? お爺様がよくそう言っていたとお婆様から聞いているもの」
お爺様ってタニガワカツトシか? ったく、何伝えてんだよ。
サフィールは自慢げに語ってるけど、きっとお婆さんは愚痴ってたんだと思うぞ。
「サフィール、そろそろ交代に行かないと」
金髪の護衛騎士に声をかけられて、サフィールはぐるっと振り向いて「わかった」と返す。そして、もう一度くるんと俺に顔を戻して蠱惑的に微笑む。
「レンとか言ったかな。せっかく黒髪なのに魔力が無いなんて残念だったね。もし勇者のような魔力があれば、容姿も体格も悪くないし、私の夫にしてあげてもよかったのだけど」
「はぁ、どうも」
「では、先に失礼するね」
サフィールはそう言い残すと、カツカツと靴を鳴らして食堂を出ていった。その後を追う金髪騎士が俺の横を通り抜けざま、
「黒髪だからっていい気になるなよ」
と、吐き捨てていく。
そういう文句は本人に言ってくれないかなぁ……。
「ええっと、それで、何でしたっけ?」
サフィールが割り込んでくる前の話に戻そうとすると、シュテフィさんは冷めた表情で「私はその分野にはそれほど詳しくも興味も無いのだけれど」と前置きして話し始めた。
「彼女が言ったとおり、この国が大きくなる時、つまり他国と戦争をする時に勇者の子孫たちの力は大いに役立ったのは事実だ。彼らの魔力は普通の魔法士や騎士の何倍、何十倍もあるからね。だから、非常に乱暴に言えば、この国が他国の土地を奪うには勇者の力が必要なんだよ」
なるほど。王族が勇者の子共を欲しがるのは自分たちの保身のためだけじゃなくて、国家の戦力としてなのか。
「聖女の方はどうだったんですか?」
「さっきも言ったけれど、聖女の子共は聖属性の女しか生まれなかったからね。勇者の子孫ほどには重用されなかったと記憶しているよ」
「でも、ケガの治療とか魔力の補給とかできるんですよね、聖魔法は」
前にどうして勇者だけでなく聖女も召喚されるのかとアンブロシスさんに聞いた時に、ドラゴンと戦う勇者のケガを治したり魔力を供給するためだろうと教えてもらった。あと、「召喚術式を創った魔術士の趣味かもしれんがのぉ」と冗談か本気かわからんことも言ってたけど。
「もちろんそうだよ。しかし、女では家を継がせられないからね」
ナエバサクラも、王太子は聖女の魔力を受け継いだ男子が欲しかったと言ってたっけ。
「もっとも」
と、シュテフィさんは意味深な眼で俺を見た。
「今の聖女から生まれる子もそうとも限らないけれど」
ああ、それでアンドレが黒姫に近づいてるのか。けっ。
「個人的には、今の勇者にも聖女にも他国との戦争に利用されるようなことはして欲しくないと思っているよ」
そう言って、シュテフィさんはワインをゴクゴクと飲み干した。
夕食を食べた後、さっき黒姫たちと会った場所に足を向けた。
もうすぐ夏至だからなのだろう。西の空にはまだオレンジ色が残っている。とは言っても、下に見える街は既に影が濃くなり始め、建物の窓からは白い明りが漏れていた。
「さすがに街灯までは無いか」
得意技の独り言を発動させつつ、暮れていく景色をぼんやりと眺めていた。
ナエバサクラの警告どおりだな。
ユーゴも黒姫も王族のターゲットになってる。特に黒姫を狙ってるあのイケメン野郎はヤバい。
でもなぁ、黒姫がモテるのは今に始まったことじゃないし、モブキャラの俺がどうこう言えることでもないよなぁ……。けど、やっぱ忠告の一つくらいしても余計なお世話じゃないよな。三人で日本に帰るって誓ったんだし……。いやでも、あいつにはあいつの人生っつーもんがあるだろうし、俺にそれを邪魔する権利なんてあるわけない。やっぱ余計なお世話か……。いや、聖女様も気を許すなってわざわざ忠告してくれたんだ。念のため一言言うくらいは――。
「なーに? 黄昏ちゃって」
突然、黒姫の声がして、ドキンっと心臓が鳴った。
「うわぉお」
変な声まで出た。
「な、何。そんなにビックリした?」
「あ、や、ちょうど黒姫さんのこと考えてたから……」
動揺して思わず言ってしまった。
「え、私のこと……?」
口元を押さえる彼女の顔が赤いのは、きっと残照のせいばかりじゃない。だって、酒臭い。
「黒姫さん、酒飲んだのか?」
「ジャルジェさんに勧められちゃって。この世界じゃ大人なんだからセーフでしょ。それに、ここのワインすっごく美味しいんだから」
「あんな酸っぱ苦いもんのどこが美味しいんだか」
「はぁ~。子供ねぇ」
クスクスと笑ったかと思うと、急に真面目な顔になって、「読んだ?」と口だけが動く。彼女の後ろにイザベルさんやサフィールがいるからだ。
俺もこくっと小さく顎を引いてから、こそっと聞いてみた。
「大丈夫か?」
「何が?」
「あのイケメン、王様の子供だって聞いたぞ。王族だぞ。気をつけた方がいいんじゃないか?」
黒姫はぽかんと俺を見たかと思うと、くすっと笑った。そして一歩距離を取る。
「え、何? 高妻くん、アンドレにヤキモチ焼いてるの?」
「ちげーよ。つか、声がでかい」
せっかく小声で話してたのに。いや、だからか。あんまりこそこそしてちゃ怪しまれるもんな。でも、もうちょっとセリフのチョイスを考えようね、うん。
はぁーとため息を吐いて空を見上げると、そこには半分欠けた月があった。
そういえば、月のこと言ってなかったなぁ。
「……実は俺、黒姫さんに言いそびれてたことがあるんだけど」
「ん、なーに?」
「月が……」
言いかけて、イザベルさんやサフィールがいることを思い出した。ここで言うのはちょっとマズいかも。
「月?」
黒姫はこてんと小首を傾げてから、空を見上げた。
「月がどうしたの? ……あ」
気づいちゃったか?
黒姫を見やると、なんだか困ったような顔をしている。
そして、バっと頭を下げた。
「ごめんなさい。高妻くんのことは嫌いじゃないけど、その、まだ友だちっていうか、一緒にやっていく仲間だと思ってるから。それに、今そういうこと言われても困るし……」
……何言い出すんだ、こいつ。
「えっと、なんで俺、振られたみたいになってんの?」
「え、だって、そういうことでしょ?」
「は?」
「だから、月が綺麗って言おうとしたんでしょ?」
「全然話が見えないんだけど」
「え、知らないの? あの有名なセリフ」
「知らない」
「じゃあ、月がどうしたのよ?」
黒姫がむっと不機嫌になって問い詰めてくる。けど、今は言えない。
「……今度言うよ」
ちょっとぶっきらぼうな言い方になってしまった。
すると、黒姫はまたくすくすっと笑って、
「いいわ。そうよね、諦めたらそこで試合終了だもんね」
と、わけのわからんことを言う始末。
「マイ殿。酔い覚ましはこれくらいにして、そろそろ戻りませんと」
イザベルさんが見かねたように声をかけてくれた。
そういえばこいつ、酔っ払ってるんだよな。
黒姫は「はーい」と返事をしてイザベルさんの方へと歩き出す。
と思ったら、くるりと振り返った。
「高妻くん。心配してくれてありがとう。私、あの誓いはちゃんと覚えてるから」
そう告げた時の笑顔は、いつもの黒姫だった。




