第17話 聖女からの警告
ダンボワーズ城は、この国の名の元になったデュロワールと言う大きな川の畔の小高い丘の上にあった。
城壁を巡らせた敷地にはよく手入れされた広い庭園があり、いくつもの尖塔を持つ館は、ここが王城だった頃には王様の家族が住み、且つ政務も行っていたという割には少し小さいようにも思えた。だから新しい王宮を作って移ったのかもしれないな。
そして、アンブロシスさんに聞いた話では、王宮がパルリに作られ王族や勇者がそこに移り住むようになっても、聖女はここを離れずにずっと住み続けたんだとか。なんでも、ここから見る景色がお気に入りだったからだそうだ。確かに、館は川に面した位置に建ってるから、そこからの眺めは凄く良さそうだ。
俺たちを乗せた馬車の列は、川とは反対側にある城門を抜け、庭園の中に作られた小道を進んでいった。
そして、騎馬隊と俺の乗った馬車や荷物を載せた幌馬車は館の横手で止まり、ユーゴたちを乗せた馬車は館前の広場まで進んで次々に乗客を降ろしていく。
それを出迎えるのは、茶髪をおかっぱにしている壮年の男性。空色の瀟洒な貴族服を着て鷹揚に頷いている。
「誰っすか?」
「……誰だろうな」
シュテフィさんに聞いた俺がバカだった。くるっと顔をフローレンスに向ける。
「ここの城主のジャルジェ公爵様ですね」
「ん? ジャルジェ? 最近どこかで聞いたような気が」
「アンドレ様でしょう」
「ああ、あのイケメンか」
「公爵様はアンドレ様の御父上なんですよ」
ソフィーはそう言うが、おかっぱのおじさんは細面で、上品な感じはするけどイケメンとは言えそうもない顔だ。
「似てねぇー」
「アンドレ様は養子ですから。実父は国王陛下です。側室の子だと聞いています」
フローレンスの流れるような説明の横から、
「シュテフィール・ベルクマンっ!」
いつもの大声が聞こえた。クレメントさんだ。
やっぱりだよ。こうなると思ってた。
「なぜお前がここにいる」
「レンがいるからに決まってるじゃないか」
しれっと言うシュテフィさんを無視して、クレメントさんは後ろから来たイザベルさんに顔を向けた。
「イザベル、荷物を頼む」
「わかりました」
「ユーゴ様の分は僕に任せてください!」
頷いて荷物が積んである幌馬車に向かって歩いていくイザベルさんをジルベールが追いかける。ソフィーたちもそれぞれの荷物を片付けにそれに続いた。
ジルベールのやつ、すっかりユーゴの信奉者になっちゃったなぁ。
ユーゴが魔法をコントロールできるようになり、その桁外れな魔力を目の当たりにしてから、ジルベールはユーゴに畏敬の念を抱き始めた。ユーゴがドラゴン討伐に前向きになっているのも多分に影響しているに違いない。
と、厄介ごとから意識をそらそうとしたが、二人の会話は嫌でも耳に入ってくる。
「我々だけではない、公爵様にも迷惑をかけることになるんだぞ」
「なに、私はレンと一緒なら城下の宿屋でもかまわないさ」
「いや、俺がかまうんですけど。ていうか、俺を巻き込まないでくださいよ」
クレメントさんが恐い眼で俺を見るから、慌てて抗議しておいた。
「それに、ここに来る途中でレンの秘密を解明する手掛かりが得られたんだ。私が一緒に来たおかげだな」
ドヤ顔で言うシュテフィさんに、クレメントさんは諦めたように大きなため息を吐く。
「ああ、わかったよ。来てしまったものは仕方がない。すぐに送り返すとしよう」
「そこは『好きにしろ』と言う流れじゃないのか?」
「馬鹿を言うな。お前の好きにさせたらアンブロシス様の気が休まらん。これ以上頭の毛が抜けたらどうするんだ」
「禿になるだけだな」
「だろう? そうなっては目も当てられん」
「確かに」
二人が悲しい眼で爺さんを見やる。
「クレメントさんとシュテフィさんて仲悪いんだと思ってましたけど、実はけっこう仲良しなんですね」
からかうと、
「な、何を言い出すのですか、レン殿は」
「ん? 悪いなんて思ったことはなかったが」
と別々の反応が返ってきた。
「と、とにかく、アンブロシス様には自分から言っておけよ」
クレメントさんはそう言い捨てて荷物の方へ小走りで去った。
それを見送りつつ、
「シュテフィさんとクレメントさんてどういう仲なんですか?」
と聞くと、
「……学院で主席を争った仲だよ」
ちょっと間があってから答えが返ってきた。
「えっ、クレメントさんってシュテフィさんと同い年だったんですか?」
「ああ、そうだよ」
「もっと年上だと思ってました。あの生え際とか」
「あははは。まぁ、いろいろ気苦労が絶えないんだろう。学院の頃から頭の固い融通の利かない男だったからな」
と懐かしそうに微笑む。
「さて、私はアンブロシス様のところに行ってくるよ。レンのことも報告したいしね」
シュテフィさんはひらひらと手を振ると、館へ向かって颯爽と歩き出した。
※ ※ ※
馬車が着いたのは昼もだいぶ過ぎた頃だったけれど、ここでがっつり食べてしまうとせっかくの晩餐が食べられなくなってしまう。
というわけで、各自部屋で軽食を取ることになった。
ここの使用人に案内された部屋は、馬車を降りた館とは別の建物のこじんまりした部屋だった。家具類は簡素な木のベッドとテーブル、椅子、チェストがあるだけ。
給仕されたクッキーを食べ、お茶を飲む。
この世界ではまだ紅茶は無くて、もっぱらハーブティだ。最初は何だこれって思ったけど、さすがにもう慣れた。
それも飲み終わると夕食まですることがない。
どたっとベッドに体を投げ出す。
やっぱり馬車の揺れの影響か、お尻に痛みが残ってる。黒姫に聖魔法をかけてもらいたい。
でも、馬車を降りてからも全然話す機会無かったな。あいつらは賓客扱いだし、きっともっといい部屋にいるんだろうなぁ。
そんなことを考えながらうつらうつらとしていると、ノックがあってイザベルさんが顔をのぞかせた。
「マイ殿が外に来て欲しいと仰っています。景色が綺麗だから一緒に見ないかと」
イザベルさんの先導で外に出る。
本館から石造りの塀が伸びていて、その向こうの敷地の一番端に黒姫がいた。ユーゴも一緒だ。俺を見つけて手を振っている。少し離れてクレメントさんと護衛の騎士、アレンとかいう黒髪の男と金髪の女の騎士が警戒するように立っていた。
小走りでそこへ向かう。
「遅―い」
着くなり文句を言う黒姫に手招かれて隣に並ぶ。ユーゴも横に並んだ。
腰ぐらいの高さしかない石造りの塀の向こうはかなりの高さがあって、目線の下に城下の建物の煙突と三角屋根が見える。その向こうに大きな川が右から左へとゆったりと流れている。白い壁と紺色の屋根以外は高さも形もばらばらな建物たちは、その川に沿って左右に広がり、かつての王都の面影を見せていた。
「ほら見て、橋」
言われるまでもなく、目の前に石橋が架かっている。それは中州を挟んで100m以上ありそうな対岸に続いていた。
そのまま目線を遠くにやると視界が広い景色を捉える。
眼下の城下町以外、所々に建物が固まっているのが小さく見えるだけで、見渡す限りに森と耕作地の丘がずっと遠くまで連なっていた。日本で見慣れていた四角いビルや一面の田んぼや高い山並みなんてどこにも無い。全くの異世界。
「凄い……」
思わず言葉が零れる。
「ほら、あっちも」
黒姫が指をさしながら体を寄せてきた。え、何? ちょっと柔らかいんですけど。
「景色を見る振りのまま聞いて」
黒姫が早口で囁いた。日本語で。
「えっ?」
「ほんとだ。黒姫さんの言うとおり。いいね、景色が」
俺の間の抜けた声にユーゴの機転の利いたセリフが被る。
「私の部屋ね、前の聖女が使ってた部屋だったんだけど、そこに聖女のタペストリーがあって、それにメッセージが書かれてたの。模様に紛れてカタカナで書いてあったから、ここの人には知られたくなかったんだと思う」
クレメントさんや護衛騎士から見えないように、こそっと紙切れを渡された。
「写したから後で見て」
それだけ言うと、髪をかき上げながら『言葉の魔法石』をつけ直して、「あ、市場があるよー」と嬌声を上げた。
「ほんとだー」
「何売ってんのかなぁ、って、俺金持ってなかったわ」
「あ、私も」
「僕、少し持ってる」
「え、ウソ」
「なんで?」
「魔法の練習で描いた絵を買いたいっていう人がいたらしくて」
とかなんとか雑談を交わしているところにあのイケメンがやってきた。
「勇者様、聖女様。そろそろ晩餐の用意ができます。食堂までご案内いたしましょう」
爽やかな笑顔で「どうぞ」と黒姫をエスコートする。
ユーゴとクレメントさん、イザベルさん、護衛の騎士がそれに続く。と思ったら、護衛騎士のアランが俺の方に近づいてきた。
何か用かなと見ていると、蔑むように唇の端を上げる。
「お前、黒髪のくせに平民並みの魔力しかないんだってなぁ」
いきなり失礼だな、こいつ。
けど、間違いは断固として訂正しておこう。正面に立ち、若干見下ろす感じでメンチを切る。
「誰に聞いたか知らないけど、それは違うな」
「へぇー。何が違うんだ?」
「『平民並みの魔力しかない』じゃない。『平民並みの魔法も使えない』だ。よく覚えとけ」
「……はんっ。馬鹿か、こいつ。まぁ、どっちにしたところで、聖女はアンドレ様のものになるんだからな。分をわきまえておけよ」
アランはそう吐き捨てると、くるりと踵を返して館へ戻っていった。
何のことやら……。
さて。
石のベンチに腰を下して黒姫から渡された紙を広げる。
メッセージはカタカナで書いてあったと言っていたけど、黒姫が書いた文は普通に漢字かな混じりに直してあった。
『私の名前はナエバサクラです。大学の3年生でした。この世界に聖女として召喚され、勇者のタニガワカツトシと共にドラゴンと戦った後、日本に帰らずに残ったのは、聖女として崇められ、ハンサムな王太子に求婚もされて、このおとぎ話のような世界で幸せな人生が送れると思ったからです。
けれど、それは幻想でした。生まれた子供が女ばかりだったせいで、王太子の心は私から離れていきました。彼が欲しかったのは私の魔力を受け継いだ男子だったのです。
次に来る聖女よ。決して王族に気を許してはいけません。王族は聖女と勇者の血を自分たちの中に取り込むことしか考えていません。
その後、私は平民の生活水準と識字率の向上に尽くしました。平民の教育水準が上がり魔法に頼らない世の中になれば、いずれ彼らは革命を起こして王権を倒してくれるでしょう。できるならば、その後押しをしてください。それが私の望みです。
追伸、勇者は当てにできないわよ。本当に男ときたら色香に弱いんだから』
うーむ。
あの、数々の現代知識の伝授にこんな呪いがあったとは……。恐ぇえよ、ナエバサクラ。




