第12話 月
ユーゴの元気がない。
理由は明白だ。未だ魔法をうまく操れていないからだ。
今日も、火魔法で建物を燃やしかけ、水魔法でその建物を水浸しにし、風魔法で建物を全壊にして、土魔法でその残骸を不気味なオブジェに変えていた。
「魔力量は呆れるくらいにあるんだけどな」
「そうよねぇ」
ユーゴをフォローし隊に黒姫も加わってくる。
「白馬くんの魔法を見てた衛士さんたちも『こんな大規模な土魔法は見たことがない』『あんなに大量の土砂が降ってきたらどんな魔物でも一発でぺしゃんこだ』『これがほんとの土砂降りだ』って言ってたわよ」
誰が小話を言えと。山田くん、座布団1枚持ってきて!
「でも、どんなに大きな魔力を持っていてもコントロールできなきゃクソだってルシールが言ってたし」
いや、そんな言い方してなかったぞ。なんか、ユーゴがやさぐれ始めてる。
「そういえば、レンは魔法が見えるんだよね。僕の魔法はどういうふうに見えた?」
「えーと、普通の魔法は陽炎みたいにゆらゆらしたものが見えるんだけど、ユーゴのはなんか水が凄い勢いでバァーって出てる感じ」
「やっぱり、魔力量が多すぎるのかな。はぁ……」
ため息を吐いた後、ふと黒姫を見上げる。
「黒姫さんも魔力量は多いのに上手にコントロールできてるんだよね?」
「ど、どうかなぁ。自分じゃよくわからないけど」
「参考までに、黒姫さんのはどんなふうに見えるか教えてくれる?」
「ああ。黒姫さんは黄ぐぉんむむむ」
黒姫が大慌てで俺の口を塞いだ。おかげで彼女の手にキスする羽目になってしまったが、当人は気にしていないみたいなので俺も気にしない気にしない……。
「ねぇ、高妻くん。何かいい方法はないの?」
そして笑顔で聞いてくる。って、眼が笑ってねぇ。
「そ、そうだなぁ。とある魔法の本に、座禅を組んで体の中で魔力を動かす訓練を続けると魔力操作が上達するって書いてあったな」
「魔力を動かすかぁ……。うん、やってみるよ」
そう口にするものの、ユーゴは今一つピンときていないみたいだ。
勇者とはいえ、日本では普通の高校生だったユーゴにとっては魔法なんて興味も関心もない世界だったはずだ。それが今現実になり、慣れない魔法に戸惑っている。しかも膨大な魔力を扱いきれずに振り回されている状態だ。うーん……。
「ユーゴにとってはさ、風も火も水も土も金属も、それを自分の思い通りに操ることなんて今までなかっただろ?」
「うん、もちろん。だって、そんなこと普通ありえないし」
ユーゴの言葉に黒姫が小首を傾げる。
「うーん。でも、土や金属ならあるんじゃない? ほら、陶芸家とか芸術家とかなら。イメージだけじゃなくて手も使ってるけれど、操ってるって感じしない?」
「芸術家かぁ……。そういえば、ユーゴって美術部だったよな。なんかそういうのないのか?」
「僕は人物とか風景とか絵を描くのは得意だったけど、立体はあんまりやったことないから」
黒姫がポンっと両手を合わせる。
「あ、じゃあ魔法で絵を描くのは?」
「そんなことできるの?」
「わかんないけど、やってみて損はないんじゃない?」
「そっか。そうだね。うん、やってみるよ」
少しユーゴに元気が戻ったように見えた。
うまくいくといいな。
※ ※ ※
次の日。
午前中はガロワ語の文字を習うことになった。
『言葉の魔法石』のおかげで聞いたり話したりはできるけど、さすがに文字までは無理みたいで読み書きはできない。それではこの先不安だし不便だから文字を覚えたい、と黒姫が言い出して、それならと言うことでルシールが先生を買って出たのだ。テキストは聖女様の絵本(幼児向け)。
驚いたことに、文字はアルファベットとよく似ていた。なんか角とかしっぽとかついてるけど、ほぼアルファベット。なんだこの設定はとしらけつつも、丸や三角のぐるぐるした見たこともない文字よりもずっとマシ。おかげで親近感があって習得も早くできそうだ。
あとは、アンブロシスさんからこの世界のこと、地理や歴史、経済、生活規範なんかも教えてもらう。
午後からは魔法の訓練。
もう見学も飽きてきたので、剣を習ってみようかと思う。ほら、魔法はどうしようもないけど、せめて自分の身は自分で守れるようにしておきたいからね。
ルシール経由で衛士の人に頼んでもらい、さっそく教えを乞う。
剣道で使う胴を小さくしたような金属製の胸当てを着けてもらう。思ったより重くて、バランスを取るのに苦労する。それに腕の動きもちょっと制限される感じ。これを着けて動くのは大変だな。
あと、籠手。西洋の甲冑とかでよく見る指先まで金属の覆いがあるやつじゃなくて、革の手袋に手の甲と手首付近だけ金属のプレートがついたヤツだ。それとオープンフェイスタイプの兜。これもそこそこ重い。
全くの素人なので、最初は木でできた剣を使う。
ビュッビュッと見よう見まねの剣道の素振りみたいなのをしてみたら、違うと言われた。なんか、もっと踏み込んで腰の回転を使うようだ。
その後もいくつか型を練習したけど、もう腕がパンパン。ちょっと前までバスケをやってたから体力に自信はあったけど、この2か月で鈍ったのか体が悲鳴を上げている。こりゃあ、基礎体力からやり直しだな。
あと、せっかくなので実剣、鉄でできた剣を持たせてもらった。……思ったよりも重い。鉄の塊だよ、これ。こんなもんよく振り回してるな。要身体強化魔法なレベル。
後は、もう剣は振れなかったので、広場の隅でランニングしたりストレッチしたりユーゴの魔法の暴走を見たりして過ごした。
※ ※ ※
夕食の席でクレメントさんから報告があった。
「ユーゴ殿とマイ殿のお披露目が決まりました」
「お披露目?」
「国王陛下がお二人を正式に勇者と聖女として認めると王国民に宣言するのです。場所は王都の王宮。夏の日に行われます」
「夏の日? 随分余裕があるんですね」
『夏の日』。日本では夏至にあたる。午前の講義で習ったばっかりだな。
デュロワール王国の暦は一年を春夏秋冬をそれぞれ半分に分け、『春前の候』『春後の候』『夏前の候』『夏後の候』『秋前の候』『秋後の候』『冬前の候』『冬後の候』と呼んでいる。そして、それぞれの最初の日が『春の始まりの日』『春の日』『夏の始まりの日』『夏の日』『秋の始まりの日』『秋の日』『冬の始まりの日』『冬の日』になる。日本の暦に当てはめると、立春、春分、立夏、夏至、立秋、秋分、立冬、冬至だ。ほんと、俺たちのいた世界とよく似ていてわかりやすい。
今日は『夏前の候』の16日だから、まだ30日近くある。
「辺境にある領地だと連絡を受けて準備をして、それから王都まで来るとなると、結構ぎりぎりの日程なんですよ。それに『夏の日』の祭りに合わせたいというのもあるのでしょう」
デュロワールでは各季節の日に祭りが催される。そこへ勇者と聖女のお披露目を持ってくれば一掃盛り上がるだろう。
「それに」とクレメントさんが付け加える。
「ユーゴ殿とマイ殿には貴族としての所作を覚えてもらわねばなりませんからね。そんなに余裕はありませんよ」
「ええっ、どうしてそんなことを?」
「王都では貴族と顔を合わせる機会が多くなりますから、覚えておいて損はないでしょう」
うへぇとなる二人をイザベルさんが更に追い込む。
「あと、ダンスは踊れますか? 踊れない? では、それも必須ですね。特にマイ殿は」
「え、私?」
「はい。きっと多くの殿方から申し込まれますよ。なんて羨ましい」
「羨ましくない。全然羨ましくないから。ていうか、お披露目ってダンスまで踊らなきゃいけないものなんですか?」
「いえ、お披露目ではありませんが、貴族が集まるので、そういう催しに招待されることも多いと思いますよ」
「うー、なんか行きたくないんだけど」
黒姫が珍しく情けない声になっている。
「そうか? 黒姫さんとかめっちゃダンス似合いそうだけどな。ドレス着たりしてさ」
「他人事だと思って……。ま、まぁ、ドレスは着てみたいけど……」
「では、とびっきりのドレスをご用意いたしますね」
まるで自分のことのように楽しそうにしているイザベルさんを見て、黒姫が諦めのため息を吐いた。
「えっと、僕はダンス踊らなくてもいいんですよね?」
ユーゴが願望を込めて聞く。
「そうですねぇ。その代わり、ご令嬢方からお茶会のお誘いがあるかもしれません」
「僕、そういうの苦手なんだけど……」
うん。ユーゴもマイも楽しそうでなによりだ。(棒
※ ※ ※
就寝の挨拶をして、メイドさんが退室していった。
今日も違うメイドさんだったな。もう慣れたけど。
さて、寝るか。
サイドテーブルの上のランプにカバーをかけた。魔法が使えない俺では消灯できないから、ランプにかぶせる専用のカバーを作ってもらったのだ。
暗くなった部屋に、窓の外から青白い光が差し込んでいた。眼を向けると、満月を少し過ぎた月が見える。
俺はその違和感にすぐには気づけなかった。それがあまりにも見慣れたものだったから。
漆黒の夜空に金色の光を放って浮かぶその月は、日本で見る月と同じものだった。




