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第10話 訓練開始

 俺のやるせない気持ちは置いといて、今日から魔法実技の講習が始まった。一応俺もついていくことにした。暇なので。

 場所は、昨日衛士たちが訓練をしていた広場の手前側、芝生のような緑が多めの所。広場の向こうでは今日も数人の衛士が訓練をしている。


「何から練習するのかな?」

「んー。やっぱり魔法使いになったからには、箒で飛びたいわね」

「箒で飛ぶ?」


 ちょっと浮かれぎみな黒姫に、ルシールが怪訝そうに聞いた。


「箒にこう跨って飛ぶんだけど……しないの?」

「しませんよ。箒にまたがるなんてはしたないですね、マイは」

「わ、私もしないわよ!」

「そもそも飛ぶ魔法などというのは物語の中にしかありませんから」


 セザンヌさんが冷ややかに言い切った。


「無いんだ。空を飛ぶ魔法」

「風魔法と凧を使って空を飛んだ話は聞いたことがありますよ」

「あー、あのレアルザス戦役の話? あれ、結構落ちて死んじゃったらしいですね」


 クレメントさんとイザベルさんが物騒なことを言っている。


「空を飛べれば便利になりますからね、夢みたいな話ですが」

「ここでもずっと前から研究しているそうですけれど、空を飛ぶ術式はまだ創れていません」


 空を飛ぶ方法かぁ。飛行機? ハングライダー? いや、パラグライダーか? それとも鳥人間コンテスト? うーん……。やっぱりその手の知識が無い。進学校に通ってても、こういう場面で役に立つ知識なんて全然持ってない。ほんと使えない。


「そういえば、ドラゴンって空を飛んでるんだよね? どうやって飛んでるのかなぁ」


 肩を落とす俺の横で、何気にユーゴが呟いた。

 この世界のドラゴンが実際にどういう姿をしているのか知らないが、よくある西洋風のドラゴンなら翼があったはずだ。けど、物理的にそれを羽ばたかせて飛べるとは思えない。風魔法? いや、重力制御系か? どっちにしろ、魔法を使わなきゃ飛べそうにないな。


「私も詳しくは知りません。ですが、王都に行けばドラゴンに関して書いた書物がいくつかあるはずです」


 クレメントさんはそう言ってドラゴンの話を打ち切り、俺たちの前に立った。


「まずは、魔力を流す感覚をつかむためにランプを点けてみましょう」


 助手役のイザベルさんが台の上にランプを置く。


「では、ユーゴ殿から。指先でランプに触れてそこに意識を集めてみてください」


 言われるままにユーゴが左手でランプに触れて目を閉じる。その指先からバッと陽炎のようなものが溢れた途端、


パンっ!


 眩しい閃光とともにランプが粉々に砕けた。中にあった魔法石が光の欠片になって零れ落ちる。


「大丈夫ですか、ユーゴ!」


 脇で見ていたルシールが慌てて駆け寄り、ユーゴの左手を取る。


「う、うん。ちょっと触っただけなんだけど」

「たいへん。血が出ています」


 砕けた破片が当たったのか、ユーゴの手のひらから血が流れていた。ルシールはユーゴの手を包むように自分の手を重ねる。なんか羨ましい。


「この者に癒しを」


 すると、重ねた手の間が淡く光り始めた。

 数秒後、離した手のひらを見て「凄い。治ってる」とユーゴが感動していた。そしてクレメントさんに向かって頭を下げる。


「すみません。壊しちゃって」


「いえ、構いませんよ」

「ユーゴ殿の魔力が大きすぎるんですかねぇ」


 イザベルさんが呆れ混じりに言って、もう1台ランプを取り出した。


「今度は私がやってみるね」


 黒姫がランプに触る。眼を閉じてふーっと息を吐く。すると黒姫の手から出た陽炎がランプに吸い込まれて行ってすぐにパッと明かりが灯った。


「やった!」


 黒姫は嬉しそうに顔を輝かせた。

 次にもう一度ユーゴがチャレンジしたけど、やっぱりランプは目も眩むほどの光を発して砕け散った。


「一応魔力は流せていますから」


 恐縮するユーゴをクレメントさんが宥めて次の課程に進むことになった。


「次は『火の魔法石』ですが……」


 クレメントさんはイザベルさんから手のひらに握り込めるほどの赤い石を受け取り、左手でつまむように持った。


「今度は指先を当てた後、魔法石の中に入っている火を取り出すように想像してください。成功すれば指先に火がつきますが、熱くないので慌てないで」

「私でもできるんですか?」


 聖属性の黒姫が不安げに問う。


「属性が無くても貴族なら誰でもできますよ」

「だといいけど」

「大丈夫。マイならできます」


 そう言ってルシールは微笑むと、黒姫も頷いて応える。


「ユーゴ殿は火を取り出すことよりも、指先に小さな火をつけることに集中して想像してみてください」


 ユーゴは「うん」と頷いて、慎重に『火の魔法石』に指を伸ばしていく。そして、魔法石に触れるか触れないかというところで、彼の指先に小さな火が付いた。それも一瞬、ボウゥゥゥっと火炎放射のように炎が伸びる。


「わわわっ」

「ユーゴ殿、落ち着いて!」


 クレメントさんが水の魔法で対応しようとするけど、ユーゴの火炎放射にもうもうと湯気を上げる。


「ついた!」


 慌てるユーゴたちをよそに、黒姫が得意げに火のついた指さきを俺に掲げて見せた。よかったな。


 その後もそんな調子で、『水の魔法石』を使えば壊れた噴水のように水を噴き上げたり、地面に触れば縦横無尽にモグラが作ったような盛り土を走らせたりして、遠くで見物していた衛士たちを呆れさせるほどユーゴの魔法は暴走するばかりだった。


 一方で、黒姫は聖魔法だけではなく普通に他の属性魔法も使えるのがわかって嬉しいのか、嬉々として魔法石から水を飛ばしたり土ボコを作ったりして、これまた衛士たちの目を丸くさせていた。

 その様子を見ていたクレメントさんが首を捻っていたので聞いてみると、


「いや、マイ殿がこれほど他の属性魔法を使えるとは思っていなかったので」


 と、返ってきた。


「それっておかしいんですか?」

「前の聖女様は聖魔法しか使えなかったと聞いていましたから」

「そうですね。私も聖魔法以外は使えると言える程のことはできませんし」


 ルシールも同意する。


「まぁ、黒姫だからなぁ」

「マイ殿もレンには言われたくないでしょうね」


 適当に言うと、スザンヌさんに呆れられた。


「……レン殿もやってみますか」


 ちょっと羨ましそうに二人を見ていたらイザベルさんがそんなことを言ってきた。


「……ま、やるだけやってみますけど」


 イザベルさんから赤い魔法石を受け取って指先を当てる。やっぱり何も起きない。……ん?

 赤い魔法石を持った左手と当てた右手の指先から暖かいものが伝わってくるような気がするけど……。まぁ、『火の魔法石』なんだから当たり前か。




 昼食をはさんで訓練は続く。

 黒姫は今度はルシールについて聖魔法の訓練をするそうだ。広場で訓練している衛士たちが怪我をしたらそれを治すのだと言う。いきなり実践的な訓練だが、黒姫はユーゴと違って十分魔力を制御できているので大丈夫とのこと。


 俺は、美少女二人を愛でていようかとも思ったけど、スザンヌさんのジト目が恐いのでユーゴの面白魔法の方を見学することにした。


 ユーゴはまだ魔力のコントロールに苦労しているみたいだった。

 今は土の壁を作る魔法のようだが、ここの城壁よりも高い壁がぽんぽんできては崩れていくのだ。

ユーゴの手から伸びる魔力のエフェクトが土を捉えて、ぐんっと上に向きを変えて壁を作るんだけど、それがどこまでも高く上昇していくもんだから、土の方がついていけずに下からどんどん崩れてしまう。ぶっちゃけ、土を上に放り投げてるだけだな、こりゃ。


 土魔法の訓練が終わる頃には、広場にはいくつもの土山ができているという惨憺たる光景になっていた。誰が均すんだ、これ。

と思ってたら、クレメントさんが魔法でちまちまと均し始めた。ご苦労様です。


 ユーゴはしばらく休憩のようなので、黒姫でもからかってこようかと土山を避けるように広場の端を通って様子を見にいく。

すると、黒姫の前に衛士の列ができていた。


 何やってんだ?


 列の先頭の衛士が黒姫の前に跪き、恭しく頭を下げて左手を差し出した。手のひらを向けられた黒姫は困った顔をしながらも、その手に両手をかざす。すぐに金色のシャワーのようなものが黒姫の手から衛士にかけられた。でも、その勢いが強すぎて衛士の左手どころか体中にかかっている。そして、黒姫から黄金水を浴びせられたその衛士は、全身を金色に染めながら感に堪えぬという表情を浮かべていた。何だこの絵面は……。


「おおっ。左手の傷どころか膝まで治っている!」


 儀式?を終えた衛士はその場で屈伸をしだした。そのままうさぎ跳びまでしそうな勢いだ。


「あの昔やった膝の怪我がか?」

「やはりそうか。よ、よし。次は私めに。聖女様、どうかこの右頬の擦り傷をお治しください」


 次に並んでいた衛士がそう言って跪き右頬を向けた。黒姫がその衛士に向けて黄金水をかける。


「何やってるんスか?」


 傍らで見守るように立っていたルシールとスザンヌさん、イザベルさんに聞く。


「マイの聖魔法の訓練のために衛士たちに協力してもらっているんです」

「馬鹿どもがマイ殿に治してもらおうとわざわざ傷を作って並んでいるのです」


 どうやらスザンヌさんの方が正鵠を射ているようだ、


「ただ、マイ殿が魔法をかけると、今作った傷どころか今まで治らなかった怪我まで治ってしまい、その上全身に活力が漲るとわかって、このように順番を待つ列ができているという次第です」


 イザベルさんは呆れてため息を吐いているが、ルシールは嬉しそうだ。


「やはり、マイの魔力は桁外れですね」

「桁外れかどうかはわからんけど、確かに過剰投与ですよね、あんなにぶっかけちゃ」

「……はい?」

「過剰投与?」

「何をぶっかけるんですか?」


 三人がきょとんとする。


「え、ほら、黒姫さんが衛士に向かって黄金水をかけてやってるじゃないですか。で、衛士も全身黒姫さんの黄金水まみれになって恍惚と、おわっ」


 黒姫がいきなりグーで殴りかかってきた。


「ちょっと、変なこと言わないでよ! 誰が黄金水かけてるって? あの人たちはどうか知らないけど、私にそんな趣味ないわよ!」

「落ち着け。黒姫さんの言う黄金水の意味はうすうすわかるが、今はそういう意味で言ってるんじゃない。だから、落ち着け」


 どうして黒姫がそっちの黄金水を知ってるのか凄く気になるけど、とてもそれを聞ける雰囲気じゃない。


「マイ殿、落ち着いてくだい」


 イザベルさんが黒姫の肩を抑える。スザンヌさんも横に来て黒姫を宥める。


「今はレンの言っている黄金水というものが何なのかを問いただす必要があるのです」

「ええーっ。それを聞くの? え、ちょっとやめて。私、違うからね、本当に」


 黒姫が顔を赤らめて抵抗する。


「だから、そういう意味じゃないって言ってるだろ。黒姫さんからシャワーみたいに出てたんだよ。金色の水みたいなのが」


 もう一度殴りかかろうとする黒姫を抑えるのをイザベルさんとスザンヌさんに任せて、ルシールが聞いてくる。


「それはどういう?」

「言葉のままですけど。ていうか、黒姫さんよ。聖女様がそんな凶暴でいいのか?」


 衛士たちを指さして言ってやった。


「今度の聖女様は頼もしいな」

「あの聖女様はいいぞ」

「聖女様なのに前衛向きとか……。尊い」


 衛士たちは口々に訝しん……ではいないな。大丈夫か、この人たち。

 黒姫は、コホンと咳払いをして澄まし顔になっていた。


「それで、レンの言っている黄金水と言うのは何のことですか?」

「えっと、見たとおり彼女の手から出てる聖魔法のエフェクトのことですよ?」

「えふぇくと? スザンヌはわかりますか?」

「さぁ、皆目わかりません」

「レン殿はちょくちょくわけのわからないことを言い出すと小間使いの間では評判ですから」


 どんな評判だよ。「レン様って魔力は無いけどイケてるね」じゃないの?


「え? みなさんが魔法を使う時に見えるじゃないですか。こう、指先から陽炎みたいなゆらゆらしたやつが出て」

「何言ってるんですか? 夢でも見てるんですか?」


 半眼で言い放つスザンヌさんを手で制してルシールが真剣な顔になる。


「もしかして、レンには見えているのですか? 魔法が」

「そうですけど……。え、みんなには見えてないの? あれ」

「はい……」

「さっき、ルシールがユーゴの手の傷を治した時に手が光ってたのも?」

「全然……」

「ユーゴが魔法を暴走させてる時の、普通より濃い陽炎も?」

「さっぱりです……」

「うそ……」


 え、普通にそういうもんだと思ってた……。


「あの、他にも見えたりするんですか?」


 黙り込んだ俺を気遣いながらもルシールが聞いてくる。


「ええと、最初にポルトさんが魔法を見せてくれた時も、ジルベールがランプを魔法で点けて顰蹙をかってた時も指先から陽炎みたいなのが伸びていくのが見えました。スザンヌさんがルシールにかかったジュースを取り去った時もです。あと、昨日ここで衛士の人たちが訓練してる時に身体強化魔法で体に虹色の光の幕を纏ったり、魔力を乗せた剣が光ったりしてたけど……」


 ルシールは衛士たちに向き直る。


「誰かそういう光を見たことがある者はいますか?」


 問われた衛士たちはお互いに顔を見合わせた。


「確かに、訓練中に身体強化魔法を使ったり剣に魔力を乗せたりすることもありますが、それが目に見えるなんてことは聞いたことがありません」


 代表して一人が答えると、ルシールもスザンヌさんも難しい顔になる。


「マイ、申し訳ないけれど訓練はこれで終わりにしましょう。イザベル、ルメール殿にもそう伝えてください」

「かしこまりました」


 イザベルさんが走り去ると、ルシールは俺たちに向き直った。


「アンブロシス様に相談してみましょう」


 歩き出そうとする俺たちに衛士の一人が「あのぅ……」と恐る恐る声をかける。


「何か?」

「私どもはまだ聖女様に黄金水をかけていただいていないのですが……」

「何卒、聖女様の黄金水を我らに」


 ほんとに大丈夫か、こいつら。


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