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第9話 ハムチーズサンド

 翌日。

 一人ぽつんと朝食を取る。メイドはペネロペと、手が空いていたのかフローレンスが来ている。

 メニューは丸パンとチーズに、今日はハムと生野菜がついていた。果実水はオレンジ。

 朝食ってほんとシンプルなんだよなぁ。うーん……。

 おもむろにナイフを取って、丸パンを横に切る。そこに生野菜、ハム、チーズを挟んでかぶりつく。

 んー、いまいち? ハムの塩気と野菜にかかったシンプルなドレッシングじゃちょっとパンチが足りない。やっぱりからしマヨネーズが欲しい。


「あーっ!」


 突然ペネロペが大声を上げた。


「レン様、何してるんですか!」

「何って、パンに野菜とハムとチーズを挟んで食べてるだけだけど?」

「それです! そんなのパンに対する冒涜です!」


 ペネロペは指を突きつけて抗議してくる。


「ペネロペの実家は王都でも老舗のパンを扱う商会なのです。最近落ち目ですが」

「最後のは言わなくてもいいでしょ」


 フローレンスの解説に一言クレームをつけてから、


「だいたい、固くなった黒パンをスープに浸して食べるならまだしも、白くておいしいパンを他のものと一緒に食べるなんて、パンを蔑ろにするにもほどがあります! デュロワール中のパンに謝って欲しいくらいです! したがって、味見を要求します!」


 と、手を差し出す。

 何が「したがって」でどうして「味見」になるのかよくわからんが、食べたいならどうぞ。

 ペネロペは俺が手渡したハムチーズサンドをひと睨みしてから、俺が食べかけていたところを躊躇いもせず口に入れた。

 「あ、間接キス……」みたいな甘酸っぱいものを微塵も感じさせないほどバクバク食べていく。ああ、初間接キスだったのに……。


「私にも食べさせて」


 フローレンスもパクパクと食べる。そして半分くらいになったパンが俺の元に戻ってきた。

 えーと、これって間接3Pキス、げふんげふん、深く考えるな。二人とも普通にしてるのに俺だけ意識するのもアレだ。なんか負けた気がする。


「うーん。なんかこう、ちょっとアレが、こう……」

「食感は新鮮で面白いです。悪くはないと思いますが、味がぼんやりしてるのとパンがびしょっとなってるのは減点ですね」


 ペネロペの語彙! フローレンスの方がちゃんと食レポしてる。これじゃどっちが老舗パン屋の娘かわからんぞ。


 その後、ドキドキしながら食べたびしょっとしたハムチーズサンドもどきは、先に食べた時よりもちょっとおいしく感じた。



 ※  ※  ※



 昼食の給仕はソフィーだった。


「ペネロペは?」

「あー。急な用事ができたって言ってました」

「そうなんだ」

「ほんとに困っちゃいますよ。あたし、ユーゴ様専属の小間使いなのに」


 昨日の一件でソフィーたちとの距離感が縮まっている。俺に魔力が無いと知って貴族よりも親近感が持てるのだそうだ。おかげで俺に対する扱いも言葉遣いもぞんざいになった気がする。

 今も「なんでレン様なんかのお世話しなきゃいけないんだろ」とぶちぶち愚痴を言っている。って、聞こえてるぞ。


「だって、ペネロペは元々ここで働いてたんですけどぉ、あたしとフローレンスはちょっと前に王都から来たんですよ。大事なお客様がいらっしゃるからって。これって凄くないですか。あたし、勇者様のお世話をするために呼ばれたってことですよね?」


 ああ。昨夜、ペネロペがそんなこと言ってたな。


「それは確かに凄いな」

「でしょう? ああ、ユーゴ様。早く帰ってきて」


 大人の階段を上るのはユーゴが先になりそうだな。



 ※  ※  ※



 さて、昨日からユーゴたちはここにいない。

 その隙をついて魔法が使えない全くの役立たずの俺を人知れず拉致したり追放したりするんじゃないかと警戒していたのだが、今のところそんな様子は全くない。


 予定ではユーゴたちが帰ってくるのは夕方だ。それまで警戒して部屋に閉じ籠っているのも馬鹿らしくなってきた。ぶっちゃけ暇だ。

 城の外に出ることは厳重に禁止されているし、城の中もあまりうろうろするなと言われていたけど、ちょっと外を散歩するくらいはオッケーだろう。


 俺にはお付きの人がいないので、一人気ままに散策できる。

 いくつかの建物の間を抜け、階段を下りた所に、石造りの城壁に囲まれた広場があった。

 サッカーのコート程の広さの土の広場で、8人の衛士たちが二人一組になって剣を打ち合っていた。剣と盾、剣と剣がぶつかるたびに、ガツンガキンと重そうな音が響く。

ここにいる衛士たちはこのロッシュ城の守備隊だと聞いている。結構精鋭揃いなんだそうだが、素人の俺にはさっぱりわからない。

 ぼーっと見ていると、時々鎧姿の衛士の体が光の幕を纏うことに気づいた。オーラって言ったらいいのか、虹色の光が体の表面を薄く覆うんだ。その時、騎士の動きがグンっと速くなることにも気づいた。

 『身体強化魔法』

 確かそんな魔法があったかな。そういうのかもしれない。


 と、騎士の一人の剣が光った。

 気合と共にその剣が振られると、受けた相手の盾はガーンとはじき飛んだ。

 すげぇ。あれは剣に魔力を乗せたのかな。剣が光るとかかっけぇぇ。


 にしても、この世界の魔法は、陽炎みたいに見えたり体にオーラを纏ったりとエフェクトが凄いな。暗い所で見たらもっと凄いかな。あ、でもそれじゃ暗殺には向かないな。

 などと、どうでもいいことを考えながら騎士の訓練を見て午後を過ごした。



 ※  ※  ※



 日が暮れる頃、ユーゴたちが帰ってきた。

 黒姫がぐったりと疲れている。聞くと、馬車の乗り心地が最悪なんだとか。路面の凸凹がダイレクトに伝わって結構揺れるらしい。まぁ、現代のアスファルト舗装された道路と自動車に乗り慣れてたら、馬車の揺れはちょっとした拷問かもしれない。行けなくてよかった。

 ここで自動車の知識でもあれば、馬車に革命を起こせるんだけどなぁ。パテント料で大金持ちになれたりするんだけどなぁ。「レン様は魔力がなくても凄いですね。愛人にしてください!」とか言われるんだけどなぁ。残念。


 そういえば黒姫は聖魔法が使えるんだから自分にヒールかければいいじゃんって言ったら、素人魔法は危険だって言い返された。ユーゴの件で学習したんだそうだ。

 あ、ちなみにユーゴは「そういうアトラクションだと思えば平気」と、ケロッとしてた。さすがは勇者だ。




 遅めの夕食は、最初に食べた1階の部屋を使った。

 その時と同じメンバーに加えてルシールとセザンヌさんもいる。正式にはジルベールやクレメントさんたちお付きの人は一緒に食べないらしいんだけど、アンブロシスさんの意向で内輪で食べる時は同席することにしているそうだ。食事は大勢で食べる方がおいしいんだとか。いいお爺さんである。


 テーブルを囲む人数が多ければそれを給仕するメイドの数も多い。10人程のメイドさんたちが忙しなく歩き回ってる。

 その中にペネロペの姿は無い。


「あれ、ペネロペは?」


 左隣に座っている黒姫が目敏く気づいて聞いてきた。


「なんか用事があるって昼もいなかったけど、どうしたんだろ?」

「高妻くん、変なことして嫌われたんじゃないの?」

「えっ、べ、別に変なことなんてしてないけど……」


 ちょっと見られたり見たりしたくらいだよな。あ、パンか。パンを冒涜したからか。


「怪しい。私たちがいない間に何したのよ。あ、もしかしてあれ? 夜のなんとか」

「してないしてない」

「……悪いけど、もっと離れてもらえる?」


 黒姫が他人の顔ですすっと上体をそむける。


「だからやってないって。そんなことより、王様との謁見はどうだった?」


 ステレススキル『話題変え』を使う。


「うーん。謁見なんて言うから緊張してたんだけど、意外にあっさり終わったわよ」

「でも、『属性の石板』を試したら、みんなすっごく驚いてた」


 俺を挟んで座っているユーゴも加わってきた。

 あー。あれやったのか。確かに、勇者と聖女のデモンストレーションにはもってこいだろうな。


「それで、王様ってどんな人だった? フランソワ3世だっけ?」

「四十代くらいかなぁ。けっこう背が高くて、髪は黒でパーマがかかってた。あと、眼の色がルシールみたいな色だった」


 どんな色だっけとルシールの方を見ると、さっと目を伏せられた。

 はて? なんか嫌われるようなことでもしたかな?


 訝しく思っている横から黒姫が話しを続ける。


「王様って偉そうにふんぞり返ってるのかなって思ってたけど、全然違ったわね」

「うん。王様ちょっと高い所に座ってたんだけど、僕たちの前まで来て頭を下げてお願いするんだよ。びっくりした。周りにいた人たちも慌てちゃって」

「悪い人ではなさそうね。むしろ、ちゃんと国とか国民のことを考えてるんだなって思った」


 ふーん。まぁ、黒姫がそう言うならいい王様なんだろうな。


「それよりも、ねぇ聞いてよ。ダンボワーズ城ってすっごくいい所なのよ」


 黒姫がぺしぺしと俺の肩を叩いてくる。離れて欲しいんじゃなかったのか。いいけど。


「大きな川の傍にあるんだけど、ちょっと高い丘の上にあるからすっごく眺めがいいの。こう、川を見下ろす感じで。あと、町も大きくて賑やかだし、時間があったらお買い物したかったなぁ」

「建物も道路も綺麗に整備されてて、さすが王都だっただけのことはあるよね」

「そういえば、今の王都ってどんなところかな?」


 ソフィーたちがいた所でペネロペの実家がある所だ。ちょっと興味がある。


「王都パルリはアルセーヌという川を中心にしたとても大きな街で、その川の中州に王宮が立てられているのです」


 会話を聞いていたのか、クレメントさんが教えてくれた。

 パルリ……アルセーヌ……中州……うっ、頭が。

 いや、頭は特に痛くないけど、なーんか聞いたことがあるようなないような。


「ちょうど40年前の前王フランソワ2世の時にダンボワーズから遷都したんです」

「王様、いつもはそこにいるんだよね」

「馬車で4日だっけ? 往復8日かぁ。私たちに会うためにわざわざ来てくれたのよねぇ」


 黒姫が感心したように言うと、一瞬誰かの何か言いたげな気配が感じられた。けれど、それが言葉になることはなかった。

 気にしてもしょうがないので、会話を続けることにする。


「まぁ、それだけ期待されてるってことだろ」

「うーん。やっぱりそうなのかしら……」


 王様に会って、黒姫の気持ちはドラゴン討伐に少し傾いたように見える。国民を守りたいっていう国王に共感したのだろう。

 まぁ。まだ時間はありそうだ。じっくり考えればいいさ。

 まずは、明日から本格的に入る魔法の訓練だな。俺、関係ないけど。



 ※  ※  ※



 次の日の朝。

 ペネロペは父親が急病で実家に帰らなければならなくなったと、フローレンスから聞かされた。たぶんもう戻ってこないだろうとも。

 お父さんが急病っていうなら仕方ないけど、あの愛嬌のある丸顔をもう見れないのかと思うと、なんかこう、ちょっとアレが、こう……。


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