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第1話 召喚

小説家になろう様での投稿は初めてになります。

60話くらいで完結の予定です。

よろしくお願いします。

 教室の窓の外には初夏の爽やかな青空が広がっていた。

 田植えの終わった田園風景の向こうに見える山々はずいぶん緑が濃くなって、遠くの山に残る白い雪とコントラストをなしている。


 進学校と呼ばれるこの高校での生活も、2年目ともなるとこうして授業中に外の風景を堪能する余裕も出てくるというものだ。加えて、今日の4限目は英語だ。列の前から順にワンセンテンスを読んで訳を言うのだが、予習さえしてあれば何の問題もない。


「次、黒姫」


 俺のすぐ前の席の黒姫舞衣(くろひめまい)がポニーテールを揺らして立ち上がり、涼やかな声で英文を読む。

 黒姫はいわゆる美少女というやつだ。にもかかわらず、後ろの席とはいえ非モテモブキャラの俺にも気軽に話しかけてくれるほどボランティア精神溢れるいい子だ。

 噂では1年の時に何人もの男子から告られたらしい。その割には付き合ってるという噂は聞かないので、彼女と付き合うにはかなり高いレベルが必要なのだろう。ま、俺には関係ない話だけど。


 とか人物紹介してるうちに俺の番になる。


「じゃあ、次は高妻(たかつま)……は飛ばして白馬(しろうま)


 おっと。

 この教師はたまにこういうフェイントをかけるんだよな。当たらなかったからいいけど。

 浮かせかけた腰を戻す俺の後ろで、白馬勇吾が慌てて椅子を引く音がする。


 と、急に机の下が明るくなった。


 なんだ?

 床が光ってる?


 そう気づいた時には、もう白い光に包まれていた。

 右を見ても左を見ても視界は白一色で、目の前に挙げた手すら見えない。おまけに椅子に座っている感覚もなくなって、なんだかふわっと浮いている感じがする。


 な、なに? 何が起こってるんだ?

 この真っ白な空間は、まさか……。


 胸がギュッと締め付けられて息が止まる。


 もしかして、……俺、死んだのか? 死んじゃったのか!?


 死の不安と恐怖に心が埋め尽くされそうになった時、不意にお尻に硬く冷たい感触が戻った。

 はっとして顔を上げると、白い空間は上の方から光の粒になってサラサラと消えていく。


 やがて戻った視界に見えたのは、黒姫のポニーテールでも教室の黒板でもなかった。

 暗い灰色の石でできた壁と、その前で白い服、ローブっていうのかゲームやアニメに出てくる魔法使いみたいな服を着てへたり込んでいる少女の姿だった。同じような青いローブの女性がその少女を支えるようにしている。

 少女は俺を見て驚いたように目を見開いたかと思うと急に顔をそらし、それでも何かを確認するようにちらちらとこっちを見てくる。

 対照的に横の女性はこっちをガン見なんだが。って、この人外国人だ。 金髪で欧米系の顔立ちのお姉さん。いや、おばさんか?


「いやっ!」


 ふいに、右横から悲鳴が聞こえた。

 見ると、女の子座りをした全裸の女性が見せちゃいけないところを必死に手で隠しながら体を丸めていた。黒髪がさらりと流れて露わになった白い背中がなにげにエロい。

 けれど、脳内のRECボタンを押す前にパッと黒いものが全裸の女性を隠した。また魔法使いみたいな青いローブを着た人がマントのようなものをかけたのだ。

 余計なことをするんじゃねーよと遺憾の意を込めた眼を向けると、ウエーブのかかった栗色の髪の若い白人女性がさっと顔をそらした。


「あれ? 高妻くん?」


 背後から良く知った声が名前を呼ぶ。

 振り向くと、サラサラのマッシュルームカットの白馬の顔があった。四つん這いになって背中から黒いマントを羽織っている。その隣には青いローブ姿の白人男性が立っていて、なぜか困った顔で俺のことを見下ろしている。


「えっ? なんで白馬が?」

「高妻くん、あの……」


 白馬がなにか言いたそうに口ごもる。

 そういえば、なんだかひじょーに嫌な予感がする……。

 その予感を確認する前に「あっ」という女子の声。

 俺が顔を戻すのと、さっきの全裸の女子が顔をそらすのと同時だった。その真っ赤になった顔に見覚えがある。前の席に座っていたはずの黒姫舞衣だ。ポニーテールじゃなかったから誰かわかんなかった。

 くそっ、もっとよく見ておくんだった。

 いや、そんな悠長に愚痴ってる場合じゃない。

 俺は視線を自分自身に戻した。


 ……全裸だった。


 尻をペタッと床につけて胡坐をかくように足を広げた格好で。

 その上、女子の全裸を見たせいか、股間のものが健全に反応している。


「おわっ!」


 超速攻で足を閉じて上体を丸めた。

み、見られた? 金髪のお姉さんにも栗毛のお姉さんにも黒姫にも……。もうお婿に行けない!

ていうか、俺の分のマントないの?

 訴えるように白馬の方にいた男性に視線を向けると、ちょっと躊躇った後、すごく嫌そうな顔で自分が纏っていたローブを脱いで俺に渡してきた。ほんと、すいません。


「ここどこ? さっきの光、何? 何が起こったの?」


 黒姫の怯えた声が聞こえる。


「教室にいたはずなのに……」


 周りを見回すと、ここは石の壁でできた小さめの丸いホールみたいな所だ。窓はなく、照明は壁にある白い光のランプだけ。

 俺たちが座っているのは薄い灰色の滑らかな石でできた円形の台で、そこには黒い線で図形や文字みたいなものが描かれていた。


 ……魔法陣? ……召喚?


 頭の中にそんな単語が浮かぶ。

 いや、確かに俺はそういうファンタジーな小説が好きでよく読んでるけど……。まさか、ねぇ?


「それにこの人たち、何?」


 黒姫が正面にいる少女たちや、いつの間にか台から降りて壁際にさがっているマントを掛けてくれた男女を見る。


「ハロウィンのコスプレかな?」


 白馬が囁くように聞いてくる。


「それはないだろ。まだ5月だし。それにコスプレって感じじゃない」


 なんか着慣れてるっていうか、このローブもくたびれてる感がある。あと、ちょっと匂う。


「ねぇ、もし人をだまして面白がるようなくだらないテレビの企画だったらただじゃ済まないからね。は、裸になんかして……」


 黒姫は立ち上がると、マントの合わせ目をぎゅっと重ねて強い口調で言い放つ。

 でも、この人たち外国人みたいだし言葉通じてるのかなぁ。あ、白いローブの少女は黒髪で顔もちょっと日本人ぽいから、ワンチャン通じるかも?


 その黒髪の少女は座り込んだまま金髪のお姉さんに話しかけると、そのお姉さんはすぐに立ち上がって壁の方に小走りで向かった。よく見るとそこには壁と同じような色の扉があって、彼女はそれを少し開けると外に向かって声をかけた。

 するとその扉が大きく開けられて、紫のローブを着た老人が入ってきた。薄い茶色の髪は生え際が寂しいことになっている。その分 あごひげは長い。これでとんがり帽子と曲がりくねった杖があったら完璧魔法使いだな。

 その老人の後からは水色のローブの青年も入ってきた。なんか従者って感じで、手には小さな箱を持っている。

 老人は俺たちを見るなり驚いた顔で立ち止まった。そして白いローブの少女に歩み寄って話しかける。なんか事情を聞いてるみたいだ。少女が首を振ると、老人は困った顔でもう一度俺たちを見る。そして俺たちを指さしながらお付きの青年に声をかけると、青年は持っていた箱を老人に渡し、自分は急ぎ足で部屋を出ていた。


 やっぱりというか、あの人たちが喋ってるのは知らない言葉だ。英語じゃないし、ドイツ語とかフランス語? なんかそんな感じ。まぁ、「パンツァーフォー!」とか「ボジョレーヌーボー」くらいしか知らないんだけど。


 青年に続くように、黒髪の少女が金髪のお姉さんに抱かれるようにして扉から出ていく。

ぼんやりとそれを眺めていると、老人がゆっくりと俺たちのいる台に上がってきた。

 はっと緊張が高まる。

 俺は慌てて立ち上がった。座ったままじゃ何かあった時にすぐに対応できない。

 白馬も立ち上がって俺の傍に寄る。黒姫もなんとなく近寄ってくる。

 老人の背は俺よりも少し低いくらいか。数歩手前で立ち止まって、警戒する俺たちの顔を確認するように見てから静かに口を開いた。


「コトバガワカリマス、カ?」

「……えっ、日本語?」


 たどたどしいし発音も怪しいけど、確かに日本語だ。途端に黒姫が問い詰める。


「あなた、日本語が喋れるんですか? だったら、これ何がどうなってるのか説明してください。ここはどこ? あなたたちは誰? 私たちに何をしたの?」


 黒姫さん、ちょっと落ち着こうよ。ほら、お爺さん困った顔してる。

 俺の心のアドバイスが届いたのか、自分で冷静になったのか、今度は流暢な英語で聞き直した。

 老人は一瞬おやっとなるが、それに答える代わりに、さっき青年から受け取った箱の蓋を開けて差し出した。中には水色の柔らかそうな布が敷かれ、その上に親指の爪くらいの大きさの綺麗に磨かれた透明な石が二つ大事そうに置かれていた。


「コレヲツケル、ト、コトバガワカリマス」


 老人はそう言って額につける仕草をする。


 言葉がわかる? こんな石で? なんてファンタジー!


 俺の感動をよそに他の二人は顔を見合わせている。

 まぁ、普通信じないよな。実は俺も半信半疑だし、「ドッキリでしたー」なんて出てきたらちょっと凹むかもしれない。でもここでやらきゃ男じゃない!


「じゃあ……」


 俺は石を一つつまんだ。心臓がドキドキする。

 そっとおでこに当てると、ぴたっと吸い付くような感触。そしてすぅーっと何かが頭の中広がる。

 それを見て老人がもう一度問いかけてくる。


「言葉がわかりますか?」


 それは日本語じゃなかったけれど、わかった。

「はい」と答えたつもりが、口から出た言葉は違っていた。黒姫も白馬も驚いて俺を見ている。


「これはガロワ語を話せるようになる『言葉の魔法石』なのです」

「え、魔法石? 今、魔法石って言った? やっぱりここは魔法があるファンタジーな世界だったか! 異世界召喚か!」


 喜ぶ俺のローブを黒姫が引っ張ってくる。


「ねぇ、高妻くん。それ何言ってるの?」

「これ、『言葉の魔法石』だって」


 答えてやったのに黒姫のやつ眉間にしわを寄せて睨んできた。

 あ、ガロワ語とかいうの喋ってるのか、俺。


 一旦魔法石を外す。一瞬外れなかったらどうしよう思ったけれど、うん、ちゃんと外れた。


「これ、言葉がわかる魔法石だって」


 外すと日本語に戻った。


「まほうせき? まほうせきって何?」

「魔法がかかってる石のことだと思う」

「は? 魔法?」

「ここは魔法がある世界なんだよ!」

「…………」


 黒姫は「やだ。この人変」みたいな顔ですすっと俺から身を引いた。


「つければわかるって」


 ぐいっと魔法石を持った手を突き出す。

 黒姫はじぃーっと魔法石を見つめていたけれど、はぁと小さく息を吐いて突き出された透明な石に手を伸ばした。と思いきや、その指先は老人の持つ箱の中に置かれていたもう一つの魔法石をつまむ。

 ああ、そうね。これ、俺の皮脂とか手汗とかついてるかもしれないからね。うん。でもなんかちょっとけっこうダメージがあるのはなぜだろう。


 遠い眼で人生の疑問を思索しているうちに、黒姫は魔法石を額に付けるとガロワ語らしき単語を喋った。驚く黒姫に老人が話しかける。それにまた黒姫が応える。彼女にも納得してもらえたようだ。


 そういえばこの石、二つしかなかったよなぁ。じゃあ、しょうがない。


「ほら、白馬も」


 俺は持っていた魔法石を白馬に向ける。男同士だし大丈夫だよな?

 白馬は「いいの?」と言いながら受け取ってくれた。


 白馬が魔法石を付けたのを見た老人は、居住まいを正して改まった口調で話す。

 なんか「ジョゼフ・アンブロシス」と名乗っているようだ。こういうのって知らない言葉でもなんとなくわかるんもんなんだな。

 黒姫の口から「マイ・クロヒメ」と聞こえ、白馬からも「ユウゴ・シロウマ」と聞こえたから間違いない。一応俺も「レン・タカツマ」と名乗った。日本語で。


 俺たちの名乗りに頷いて応えた老人、アンブロシスさんは黒姫が言いかけた言葉を手で押しとどめて、黒姫の着ているマントと出口を指さして話す。すると黒姫は恥ずかしそうにマントを合わせて渋々頷いている。


「とりあえず服を用意してあるからそれを着たらどうか、だって」


 魔法石を外して白馬が通訳してくれた。まぁ確かに、女子中学生ならともかく男の裸マントなんてときめかない。


 アンブロシスさんは「こちらへ」というふうに入ってきた扉へ誘う。それに続くと、壁際にいた青いローブの男女もついてくる。

 頑丈そうな金属製の扉の向こうは8畳程の部屋だった。石づくりの壁に窓はなく、正面と右側の壁に扉があるだけだ。壁のランプが照らす室内には、中央に木でできたテーブルと椅子、隅の方にでっかい宝箱のようなものが置いてあるのが見えるが、さっき出ていった水色ローブの青年や黒髪の少女たちの姿はなかった。


 右手の扉の方に黒姫と栗毛のお姉さんが向かう。そこの壁は他の壁とは違う材質で、なんだか後から取り付けた感がある。たぶんそこが更衣室みたいになっているのだろう。ちなみに、男子の俺たちはここで着替えるんだそうだ。

 さっき白馬にマントをかけた青いローブの男性は俺と白馬の体格を確認すると、宝箱の蓋を開けて中から二人分の服を出してくれた。

 ちなみに俺は178㎝、白馬は160㎝ぐらいかな。二人とも細身だけど、俺はバスケをやってたからけっこう体力はあるつもり。白馬のほうは知らない。


 出された服は、袖なしの膝丈ワンピースみたいな青い服と麻色のロング丈の長そでTシャツ。それと同色のゆったりしたズボン。焦げ茶色のベルトと革靴。……うーん、何か足りなくないですか。


「パンツは?」


 日本語じゃ伝わらないので白馬に聞いてもらう。青ローブの男は「ぱんつ?」と首を傾げた。あ、変換できない言葉はそのまま聞こえるんだな。

 白馬が身振り手振りでなんとか伝えると、男は首を振った。ないのか、パンツ。


 しかたがないので、出されたものを着る。

 まずはズボンを履く。ゴムは入ってなくて、紐で締めるタイプ。それから、貸してもらったローブを脱いでTシャツを着て、その上にワンピースっぽいやつをかぶるようにして着て太めのベルトで腰のところを締める。靴を履いて、はい、よくできました。

 ブリーフ派の俺としては、パンツをはいてないせいで、なんていうか、こう、フリーダム!って感じなんだけど……。うん、悪くないな。うん。


 黒姫を待っている間に、正面の扉が開いて水色ローブの青年が戻ってきた。手にはさっきの小箱と同じような箱を持っている。それをアンブロシスさんが受け取って中の魔法石を俺に差し出した。

 躊躇うことなくそれを額につける。これで俺もガロワ語を話せるようになった。スキルの欄にガロワ語とかついてそう。

 試しに「ステータス!」と言ってみた。


 ……なんの変化もない。


 今度は左手を振りながら「ステータスオープン!」と言ってみたけど、ステータス画面は出なかった。人差し指と親指を広げるようにしてもダメだ。


「何をしているのかな?」


 不思議そうにアンブロシスさんが聞いてくる。


「いえ、ステータスを確認できないかなーって思って」

「すてーたす?」

「ほら、レベルとかスキルとかがわかるアレですよ」

「れべる? すきる?」


 アンブロシスさんは首を傾げるばかり。

 あれれー? 異世界ものじゃテンプレでしょ?


「あのー、個人の強さとか体力とか魔力とか覚えた技とかを確認するにはどうすればいいんですか?」

「あなたたちがいた世界にはそんな便利な仕組みがあるのですか?」


 逆に驚かれてしまった。

 「いいえ」と答えると変な顔で見られた。はい、すみません。

 ちなみに、ステータスカードもないそうだ。

 なんか思ってたのと違う……。


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