プロローグ
私は一歩、また一歩と死へと近づいて行く。
手には手錠を、右足には足枷を付けられ、処刑台へと歩いている。
見物人は石やらを私にぶつけてくる。
「死ね!悪魔が!」
「悪魔め!お前のせいで私の夫は死んだのよ!」
「俺の妻を返せ!悪魔!」
見物人はみな口々に私への罵詈雑言を並べる。
飛んできた石が私の足にあたりつまずいて、こけてしまった。
「早く歩け!悪魔!」
「そのまま死ねばよかったのに!」
誰も私を擁護してくれたりはしない。
重りのついた足で必死に立ち上がり、また処刑台へと歩を進める。
処刑台に着くと神官は私の手足を十字架に括り付けた。
「我々は悪魔を許してはならない!」
教皇の言葉に見物人は熱狂する。
「よって、この悪魔を火刑に処す!」
『殺せ!』、『殺せ!』と見物はコールする。
とうとう十字架は掲げられた。
「すべては神の導きのままに!!」
教皇が高らかに叫ぶと十字架には火が放たれた。
(どうしてこうなったんだろう……)
■■■■■■■
ーー話は遡ること1週間前
私はいつもの様に帰宅することに飽き飽きしていた。
また、部活にも入っていなかったため、何かに情熱を注ぐこともなくただ漠然と生きていた。
そこで私は帰り道に人が怖がるようなところにすすんで行くことにした。
ビルとビルの間を通り抜けてみたり、垣根を渡ってみたり、時には雑木林を探索したりした。
特に意味は無い。
ただ、恐怖心を感じる事に自分が生きているという感覚を見出していた。
時には家主に怒られたりしたがそれも「次は見つからないようにしよう」と私の意欲を掻き立てた。
そしてその日は噂されている幽霊屋敷に行くことにした。
壁中に蔦が張り巡らされ、敷地内は雑草が生え散らかしていた。
私はとても恐ろしかった。
理解できない物を前にすると人は恐怖する。
しかし、それは私が求めていた物だった。
胸を締め付けるような恐怖は私の好奇心を掻き立て、より興奮させた。
古びた塀を乗り越え、敷地内に入るとドクドクと心臓が速く鼓動していることに気づいた。
私は来ていたブレザーを畳んでバックに詰め込んだ。
帰りに配られた宿題のプリントがグシャっと潰れたが聞こえなかった。
生え散らかした雑草を踏み越え、どんどん屋敷へと近づいて行く。
一歩踏み込むたびに、小さな虫が舞い、また青々とした雑草の香りが鼻腔をくすぐる。
ついに屋敷へとたどり着いた私はドアノブへと手をかけた。
ノブは妙に冷たく、気持ち悪い。
ドアハンドルを捻り、扉を押しあける。
扉が開いてゆくたびに屋敷の中から目と鼻をつんざくような腐乱臭がした。
本能は開けるなと告げている。
しかし、私は止まらなかった。
今となってはこの時の本能に従うべきだったと思う。
とうとう開け切った私は腐乱臭の原因を発見した。
ーーそれは数十人程の羽の生えた人間の死骸だった。
よく見るとそれらの上に5歳ほどの少年が座っていた。
少年は白銀の髪を血なのか赤色に濡らし、微笑んでいた。
その少年からは興奮に変わることの無い、本能的な恐怖を感じた。
私は逃げ出そうとしたが、腰が抜けてしまい、尻もちをついた。
少年は死骸の山から飛び降りると一歩また一歩と近づいてくる。
私は恐怖のあまり失禁した。
少年はそれでも一歩、一歩と近づいてくる。
表情一つ変えずに真顔のまま。
私は赤ん坊の様に泣きじゃくることしか出来なくなった。
叫んで誰かを呼ぼうにもここでは聞こえない。
元より私は恐怖で声が出ない。
ついに、少年は私の前に立った。
私の頭右手で掴み、私と目を合わせた。
「ーーーーーーーーーー」
何かを言った。
しかし、私には何を言っているのかわからなかった。
聞きとれなかったのかもしれないが、どちらかといえば理解できなかった。
「こんにちは」
少年は日本語を話した。
思わず私はビクッとなった。
その様子に聞こえていることを確信したのか少年は続けて話す。
「どうしてこの屋敷にきたの?」
私は答えることもできずにただひたすらに恐れた。
「なるほど、恐怖を感じたかったのか」
少年は一人頷いた。
「僕はいろんな世界を旅しているんだ。でもね、あの通り天使に追い回されちゃうんだよね」
少年は親指で後ろの死骸を指差しながら言った。
「そこで取引だ。君が感じたいという恐怖が間近にある世界に送ってあげるよ。代わりに君は僕の力の大半を受け取る」
私はただ頷くしか無かった。
私はただこの場から逃げだかった。
「おっけー、じゃあ契約だよ。とりあえず、ストッパーを外してあげよう」
少年は左手の指を鳴らした。
とたん、私の体が軽くなった。
「え?」
私は素っ頓狂な声をあげた。
「君はそんな声をしていたんだね」
少年は微笑んだ。
急に私の頭が痛くなった。
「痛い痛い痛い痛い痛いっ!」
私は絶叫する。
「すぐ終わるからね」
より私の痛みが強くなる。
「がぁぁぁぁ!」
脳が直接炙られてれて居るような激しい痛みに私の意識は遠のいて行く。
少年はそっと私の肩にキスをして囁いた。
「君の征く道に幸あれ」
私はここで意識を失った。