向日葵と珊瑚礁
僕が大人になる少し前の話だ。当時19ぐらいだった僕はとある親戚の家に遊びに行った。そこには当時とても仲が良かった男がいた。その男は親戚の息子ではなく、両親を事故で亡くし独り身となったところを親戚宅に保護されたという形だ。何故仲が良かったのかというと、自分の家の家系は女性が生まれることが多く、男の兄弟はいなかった。だから親戚の家に行くことが嬉しかった。そこに行くことが楽しみになっていた。行きの車で酔い止めの薬を飲み何度も通るが未だに見慣れない景色を見ながら呟いた。 「今日でここに来るのも最後なのかな。」 父さんは咄嗟に「そんな事言うなよ。あいつも悲しんでるんじゃないか?お前が来てくれなくなると。」と言った。しかし僕は死後の世界など信じないしもしあったとしても会いたくない。生身の人間と生身で温かさがある感触を感じたいのだ。死んだ人間には興味が無い訳では無い。だから本は死んだ人間が書いたものしか読まない。かつてあいつに聞かれたことがある。「どうしてそんな昔の本ばかり読んでいるんだ?」 「生きている人間の本は読めないからさ。」 「どうして?死んだ人の物語なんてもうゴールが見えないじゃないか。」 そういうと無言で台所に行きお茶を取りに行く。「それがいいんだよ。自分の書いた本を勝手に勘違いして解釈されたら嫌だろ。」そう小さく呟くと走ってあいつがやってきた。「なんで?なんで?死んでも解釈されるじゃん。」強く聞いてくる。「死んだら俺の耳には入らないだろ。だからだよ。別に誰がどんな解釈をしようがどうでもいい。だけど自分の耳に入れるのは嫌だ。自分の中で作った世界を誰かに壊されそうな気がして。」 「ハンマーで?」 「どっちかと言えばピッケルかな。」2人で笑うと麦茶を飲み干し外へ走って出かけた。
そんな日常はもう帰ってこない。車の後部座席で小さく揺れる紙を手に取る。「おい。いつになったら俺のとこ来るんだよ。待ちくたびれたぞ。人間いつ死ぬか分かんねーんだ。会える時に会っとくのが大切だろ?あ、そういえばな。俺も本を書くことにしてみたんだ。お前と違って文を書くのは得意じゃないけどな。ま、俺が先に死んだら読んでほしい。だけど俺はお前より早く死ぬ訳にはいかない。父さんと母さんの分まで楽しむって決めてるから。」
その黒い筆記体で書かれた紙を大きな水滴で濡らした僕はそっとポケットに入れて車を降りる。
「ごめんな。本取りに来たぞ。」