Place of the disappearance(消滅の場所)
本当に大切なこと
ようやくできました・・第四弾です。
静かで人気のない裏路地のさらに裏に存在する《Place of the disappearance》。悲しい過去も逃げたい現実も幸せな時間もどんなことでも記憶であれば、無償で消してくれる場所。一部では都市伝説とも言われているそこに今日も客が訪れる。
「いらっしゃいませ。ようこそ、Place of the disappearanceへ。あなたの記憶を消しますか?」
「私じゃなくても消せますか?」
影山の問いに客は真っ直ぐ見つめ言った。その言葉に影山は少し驚いた。様々な記憶を消してきた影山だが、そんなことを言われたのは初めてだったからだ。だが、影山は冷静を装い、
「奥でお話を伺いましょう。」
客を奥へと案内する。
――――
「『私じゃなくても』とはいったいどういうことでしょうか?」
影山は客を席に座らせ間をあけず問う。
「・・弟の・記憶を・・消して欲しいんです。」
客はうつむき辛そうに静かにつぶやいた。
「それはどういった理由でしょうか?」
影山は純粋に疑問だったため、勝手に口が開いていた。
「私たち姉弟は少し前に父親を事故で亡くしました。・・・私たちの目の前で。私たちは3年前に母親を亡くしました。それからは私が家事を変わって、父が私たちを養うために毎日働いてくれました。あの日・・父が今日は久しぶりにゆっくりできるからと遊園地に遊びに行っていたんです。その帰り道、車が突っ込んできたんです・・・弟に向かって。父は弟を守るために自ら車に身を投げ亡くなりました。それ以来弟は、責任を感じひきこもりになってしまいました。弟には立派な夢があったんです。けれどそれすら放り捨て、大学に進学せずひきこもりになっています。私は弟ほどちゃんとした将来の夢がなく、それをしっかり持っている弟を尊敬していたんです。だから元に戻ってほしいんです。もう一度夢を追いかけてほしいんです。だから弟から父が亡くなった経緯を・・いいえ、父親がいた事を忘れさせてほしいんです。父との思い出が残っていると思い出してしまうかもしれませんので・・。」
客はここまでを一息に言う。影山を真っ直ぐ真剣に見ている。その顔は強ばり緊張や不安が感じ取れる。
「お客様、失礼ですが現状日本においての記憶消去について、どの程度ご存知でいらっしゃいますか?」
「え?」
しかし影山は客の願いに返事するのではなく質問を返した。
「現日本において記憶消去は、基本的に医療の世界でのみ行われております。なぜ医療の世界でのみなのかご存知でいらっしゃいますか?」
客が影山の言葉を理解できなかったのを感じ付け加える。
「はい、知っています。今の日本は記憶消去について、人権などの法律をどう取り決めるかを悩んでいるからですよね?」
「はい。お客様のおっしゃる通り、記憶消去についての法律を今の日本は確立させられずにおります。そのため記憶消去は、日常生活をおくる上で大きな障害があると判断された患者が、本人またはその家族の承認をもって行うのが今の日本の現状です。」
手を机の上で組み、淡々と事実を述べる。
「はい、知っています。私の弟もひきこもり後、医師に相談いたしました。けれど無理だと言われました。大きな障害に当てはまるのが、いじめなどで過度の人間不信になり家族すら信じられなくなった場合や事故等で人格が失われてしまった場合がほとんどで、それ以外で認められることはまず無いと言われました。当然弟は適応外でした。」
「なぜ、そのような条件があると思いますか?」
影山の問いに押し黙る。日本の現状は知っていても、その理由までは知らないからだ。
「理由は至って簡単です。記憶を消去することにより、その方のすべてを自由にできてしまうからです。例えば両親の記憶を消し、自分が保護者代わりだったと嘘をつくことも容易にできてしまいます。また、法律がないためもしもの際の保証がありません。何があってもお互いに保証がないため、問題を起こしたくないと誰もが思っているのです。だから今の日本ではそのような暗黙のルールがございます。」
「で、でも!Place of the disappearanceのように記憶を消してくれるお店は存在しています。」
客はすかさず反論する。このままでは断られてしまいそうだからだ。彼女にとってそれは絶対に避けたいことだ。
「はい、確かにございます。法律がない以上、個人で記憶消去を行っても問題がないからです。それを仕事とし、お金を稼いでも何の問題もございません。」
影山は特に反論はせず、淡々と事実を述べ続ける。その顔は真剣そのものだ。
「だから私はそういう店を探したんですが、他のお店はどこも高額のお金を請求していました。ですがこのお店は金銭のやり取りをしない場合もあると聞きました。あまり余分なお金はないので、ここだけが頼りで・・。」
「では、なぜ他店は高額の料金なのかご存知でしょうか?」
「え?いえ、わかりません。」
「法律がないからです。法律がないゆえに互いに保証がないのです。だからこそあえて高額にすることで1度ふるいにかけているのです。そこまでして記憶を消したいかどうか。結局すべてそこへ至ってしまいます。私は確かに高額の料金を請求いたしません。ですが代わりに依頼を受ける上で"絶対条件"がございます。」
「・・・絶対条件、ですか?」
「はい。それは『記憶消去を受ける《本人》の《同意》と《来店》』です。」
「本人の・・同意・・。」
「はい。それだけは絶対に譲れない"条件"なのです。」
影山はそこまで言うと1度口を閉じた。しばらくの沈黙ののち再び影山は問う。
「はたして弟さんは記憶消去を望んでいるでしょうか?今いちどお考えになってください。」
影山は席を立ち無言で扉を開けた。客は促されるまま店をあとにした。そのタイミングを待っていたかのように柳田が奥から現れる。
「なあ、どうして消してやらないんだ?」
「ヤナ、また盗み聞きか。」
影山は問いには答えず睨みつけた。
「違ぇーよ。1人で作業してっと、そっちの声がよく聞こえるだけだ。」
「あーそう。」
「で?」
「ああいうのは大概、また戻してきてほしいって言ってくるに限る。前から言ってるとおり俺はあくまでデータがほしいだけで、データにも金にもならない仕事は受けない。ボランティアじゃねーんだからな。」
客が消えた途端、態度が一変する。
「俺はこの仕事は趣味でやってんの。俺が得にならないならやらないし、責任も持たない。だからこそ客に責任を持ってもらうために必要な"条件"なんだ。お前だって趣味にいちいち責任持てるか?」
「いや、持たない。俺の仕事だって趣味だ。それに責任は持たねぇーな。」
柳田は即答した。
「だろ?その弟本人が消して欲しいってんなら話は別だけど。」
「おい、それ、フラグ立ててねぇーか?」
――数日後――
「いらっしゃいまっ・・!あなたは・・」
来店したのはこないだの彼女だった。今度は年下の男の子と一緒に。
「(やばい。マジで盛大にフラグ立ててたわ・・。)そちらが弟さんですか?」
影山は内心焦りつつ顔と声は冷静を装う。彼女はゆっくりとうなづく。
「はい、そうです。弟に話したら『消したい』そうです。」
驚きを隠せず影山は思わず顔に出してしまう。記憶を消したがってるのは姉だけで、てっきり姉の弟を思うがゆえの暴走だと思っていたからだ。
「わかりました。奥の部屋で詳しくお伺いいたします。」
2人を奥へと案内し口を開く。
「まず初めに確認させてください。弟さんご自身で決意した結果ですね。」
「はい。・・僕もこのままではいけないと思っているんです。でも・・外へ出ようとすると足がすくんで・・動けなくなって・・。今日だって姉に背中を押されるようにされながらでないと歩けませんでした。だからあの日のことが消えれば、外に出られるようになるんじゃないかと思うんです。」
彼はゆっくりと絞り出すような声で語る。しかしその言葉にはきちんと重みがあった。姉に言われたからとか、何も考えず言っているわけではないことはすぐにでもわかる。その言葉に影山も表情を変える。
「わかりました。それでは次に消す記憶についてお伺いいたします。あなたのお父さまについてすべて消すこともできますし、事故が起こったことのみ消すこともできます。また事故発生時あなたがそこにいなかったという形にもできます。ただひとつ大事な事を確認いたします。消した記憶に関することはどうやっても思い出せません。」
影山は一呼吸おき続ける。
「よく考えて答えを出してください。ほんとに消すことが正しいのか。消すことでしか前を向けないのか。あなたにとって何が"正解"なのかを。私は10分ほど席を外します。きちんとご自分で考えて答えを出してください。」
そう言って影山は部屋から出る。そのまま影山は別の部屋に続く扉を開けた。
「盛大なフラグになっちまったよ、ヤナ。」
声をかけられた柳田は少し大げさなくらいに驚く。
「・・!びっくりした!お前の方からこっちに来るなんてめずしいこともあるんだな。例の父親の記憶を消してほしいってやつか?」
だがすぐに冷静になり状況を把握する。
「ああ。どうしたもんか・・。」
その影山の言葉に頭を傾げる。
「何を悩む必要があるんだ?いつも通り消せばいいだけじゃねえのか?」
「そういうわけにもいかなねぇーんだ。」
影山の顔に影が落ちる。いつもと雰囲気の違う影山に柳田は戸惑う。
「・・らしくねーな。どうした?」
「自信がねぇー・・・。」
「自信?」
「家族の記憶ってのは産まれた時から現在に至るまで、膨大の記憶が蓄積されてる。それを全部・・いや、一部だけだとしてもちゃんと消せるか・・。」
柳田はさらに首を傾げる。
「ん?そういうのもできるのが、記憶消去じゃねぇーのか?」
「確かに医学用として習えばそういうのもできるだろうが、俺は医学用として記憶消去の術を習ってない・・。もちろん独学でかじったことはあるが、ちゃんとした勉強も実際にやったこともないからな・・。」
その時ドアのノック音が響いた。2人は顔を合わせ驚いた。だがすぐに冷静さを取り戻しドアを開けた。
「・・失礼いたしました。なにかございましたか?」
「すみません。探したのですがいらっしゃらなかったので・・」
「大変申し訳ありません。答えは決まりましたか?」
「はい。」
影山の問いに答えたのは弟の方だった。
「どちら・・」
「消しません。」
彼は影山の問いに食い気味に答えた。
「よろしいのですか?」
「はい。」
「恐れ入りますが、理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「・・さっき言われて考え直したんです。・・僕にとって何が・・"正解"なのか。・・父さんは僕のことを思って・・代わりにトラックに突っ込んだんだと。父さんは・・本当に僕ら家族のことを大切にしてくれてました。それなのに・・父さんについて少しでも・・忘れてしまうのは何か・・どこか・・違う気がするんです。・・まだ僕にとっての・・正解はわからないです。でも今、記憶について忘れるは違うと思ったんです。・・だから・・。」
その問いに影山はにっこり笑って、
「わかりました。大丈夫ですよ。Place of the disappearanceに来られても消されない方もいらっしゃいますので。お出口までご案内します。」
2人を出口へと案内する。
「もし必要になった時はいらっしゃって構いませんので。」
「はい。ありがとうございます。」
2人はゆっくりとおじきをして去って行った。
「よかったな、カゲ。」
店に戻るとニコニコというかニヤニヤしてる柳田が立っていた。
「うるさい。」
「弱気なお前なんてめったに見れないからな。」
「仕事しろ。」
「今俺は仕事入ってねぇーし。」
「まあ、でも医学用に勉強しといた方がいいかもな。」
「今日みたいなことがないとはいえないしな。」
「ああ。今回いいデータになったよ。」
柳田はさっきとは違う笑みで、
「よかったな。」
と答えた。