表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

88/100

和やかな雰囲気のなかで

「ふう……」


 俺は詰めていた息を吐き出し、壇上を降りる。 


 ――すげぇ緊張した。死ぬかと思った。

 けど、これからしばらくはフリータイムらしい。スタッフに呼ばれるまでは、会場内で歓談していてもいいとのことだ。 


「アシュリー先生!!」


 一目散に駆け寄ってくるのは、俺の教え子たち。なんとなくだが、最近また尊敬されてきているようだ。嬉しいことである。


「はは……すまないな。みっともないところを見せて」


「いえ、そんなことありません。それはもう、すごかったですよ! これくらい!」 


 よくわからない身振り手振りを使って《すごさ》を強調してくるリュア。


 だが。


「……すみません、リュアさん。よくわかりません」


 キーアのマジレスによって一刀両断されてしまった。


「ふふ。この会場でもマイペースなところ……嫌いじゃないですわ♡」


 そしてひとり、うっとりした表情を浮かべるミア。


「マイペースってもんじゃないだろ……ここまでくると」


 俺はため息まじりに呟く。


 それにしても、周囲からの視線がすごいな。みんなサインでも欲しているのか、色紙なんかを片手に持っている。一部には《アシュリー様》と書かれた横断幕まで広げられていた。


「でも……先生がすごいことはお変わりないでしょう」

 澄まし顔でミアが言う。

「この盛り上がりっぷりに、女性からの熱い視線……。ふふ、私としたことが、嫉妬してしまいますわ♡」


「だからおまえはなにを言ってるんだ……」


 呆れた表情で突っ込みを入れるリュア。もうこの流れは定番中の定番だな。


「――だが実際、素晴らしいスピーチだったぞ」


「え……」


 ふいに何者かが会話に割り入ってきた。

 達観された渋みのある声に、俺は聞き覚えがあった。


「あ……」


 リュアが緊張に身を強ばらせる。


 それだけ、ここに現れた人物は大物だった。

 紺色の短髪に、顎にたくわえられたわずかな髭。何事をも見通しそうな、力のこもった瞳。歳は四十三だと聞いているが、彼からは年齢以上の威厳が感じられた。


「オルガント中将……お久しぶりですね」


「ふふ。そう堅くなることはない。もう上司部下の関係ではないだろう」


 オルガント・レインフォート。

 リングランド王国における最強の剣士にして、王国軍の中将を務める男。そしてまた――


「ち、父上……」


「はは。リュアも久々だな。元気にしていたか?」 


 堂々と笑みを浮かべるオルガント。


 そう。

 彼はまた、リュアの父でもある。リュアが日々精進しているのも、父の大きな背中に追いつかんがため。


 リュアが父を尊敬していることは、毎日の言動からも明らかだろう。


 オルガントはリュアの頭を数度叩くと、嬉しそうに唸った。 


「……なるほど。新たな境地に至ったことで、さらに強くなったか。良い師を持ったな」


「な……。わ、わかりますか」


「ふふ。娘の成長ほど胸を打つものはない。――よく頑張ったな」 


「あ、ありがとうございます!」


 オルガントは「うむ」と頷くと、改めて俺を見やった。


「リュアの父として、改めてお礼申し上げる。私は立場上、この子の面倒を見る時間がなかなか取れない。今後もぜひ、よろしくお願いしたい」 


「いやいや。そんな」


 思わず恐縮する俺。

 かつての上司でもあるし、相手は王国最強の剣士。若い頃の俺が憧れていた人物ともあって、ちょっと緊張してしまう。


 そんな俺に、オルガントはちょっと苦笑した。


「ふふ。貴公は魔神を倒した英雄だ。もっと堂々としてもいいと思うが?」


「……それはちょっと、俺の性分には合わないもんで」


「そうか。そういえば貴公は昔から謙虚な性格だったな」


 そう言って頷くオルガント。

 一般兵にすぎなかった俺のことを、よく覚えているもんだ。改めてすごい人物だと思う。


 ――さて。

 そう思いながら、俺はさりげなく周囲を見渡す。今日は宴だが、それ以外にも目的があるからな。


 ――いた。


 ユージーン大臣だ。

 すぐにでも話しかけたいところだが、残念ながら他の人々に囲まれている。


「む?」

 俺の視線に気づいたオルガントが言う。

「大臣か。なにか用があるのか?」 


「ええ……すこしだけですが。すみません、中将とのお話中に」


 失礼がないようにさりげなく見回してたんだが……さすがに気づかれたか。


「いやいや、気にするな。しかしあの人の山では……難しいな」


「はい。仕方ありませんね」


 腐っても国の重鎮だからな。

 こういう場では人気者になるのも致し方ない。


「なんにせよ……アシュリー殿。貴公のおかげで、世界の安寧は守られた。王国軍の者として、いつか礼を言わせていただきたいと思っていたところだ」 


「そんな。何度も言いますけど、恐縮すぎますよ」


「ふふ」

 オルガントは優しげに微笑むと、周囲を見渡しながら言った。

「――では、私はこのへんで。アシュリー殿、リュア、存分に楽しむのだぞ」


「はい……!」


 リュアが嬉しそうな顔で返事した。






 ――数分後。


「あれ?」

 ふいにキーアがトーンの低い声を発する。

「おかしいですね。ミアさんがいません」


「む……? ど、どこにいったんだ」


 リュアも同じく首を傾げる。


 俺も含め、みんなオルガントとの話に夢中になっていたからな。いつどのタイミングでいなくなったのか、ちょっと察しがつかない。


「私、探してきます。どこかで迷子になってなければいいですが」


「待て。私もいくぞ……!」


 そう言って会場を歩き回る生徒たち。 

 そのすぐ脇では、さすがに話し疲れたのか、ユージーン大臣が控え室に戻っていくのが見えた。


 ★


 ――控え室。


「ふぉ……」


 ユージーン・ネスロットは、柔らかな椅子に深くもたれかかり、どっと息を吐いた。 


「お疲れですな。大臣」


「む……」


 ふいに話しかけてくるは、邪神族の長――サヴィター・バルレ。ともに国の運営をしてきた長年の友でもあった。


「そりゃ疲れるわい。意味のない世間話など」


「そうですか」

 サヴィターの声は冷たい。

「……そんなことより、いいのですかな? このまま計画を進めてしまって」


「…………」

 ユージーンは数秒黙りこむと、瞳を閉じて言った。

「計画にいささかの狂いがあってはなるまい。我が理想郷をつくるためにはな」


「そうですか」


 サヴィターの声はやはり冷たい。

 彼なりに気遣っているのかもしれないが、もはやなんの感慨も湧かなかった。


 と。


「――失礼します」


 聞き慣れない声が響きわたり、ユージーンはゆっくりと振り向く。

 訪れた人物は……やけに幼かった。学生だろうか。緑色のふんわりした髪型が、やけに似合っている。


「ミア・フォーストと申します。突然の訪問、お許しください」


「ミア・フォースト……。リングランド魔術学園の生徒か」


 ユージーン大臣はゆっくり立ち上がると、いてててと腰をさすりながら言った。


「おかしいの。この部屋には厳重な警備が敷かれているはずじゃが。どうやってここまで来た?」


「ふふ。たまたま・・・・入れたようなので……来ちゃいました♡」


「ふむ……」

 このただならぬ空気。風格。

「サヴィター。やはり、この学生が……」


「そうですな。アガルフ・ディぺールに続いて、今回の《怨念》を生み出すための傀儡です」


「なるほど……やはり、そうですか」 


 サヴィターの言葉に、ミアと名乗る女子生徒は静かに頷く。そして痛そうに左手で頭部を押さえるや――


「くうっ……ううっ……!」


 見覚えのあるドス黒い霊気が、彼女に漂い始める。霊気がドクドクと波打つたびに、ミアの悲鳴はいっそうのボリュームを増す。


 そう。

 強大な力に包まれたこのオーラこそ、かつてキーア・シュバルツを襲った邪悪なる怨念……


「この正体不明の頭痛は……サヴィターさん。あなたの仕業でしたか」


「……左様さよう

 サヴィターは瞳を閉じ、変わらず冷たい声音で告げる。

「《殺戮と闘争》を引き起こすための傀儡……その仕掛けを、おまえに施させてもらった」


「なるほど……やはり……」

 頭痛を懸命に押さえながらも、それでもミアは喋り続ける。

「ずっと……聞こえてくるんです……。《コロセ、ウバエ、カチトレ》って……。それがいけないのは、わかってるのに……っ」


 ミアは激情に揺れる右腕を動かすや、魔導銃を握りしめる。やがてその銃口はユージーンに向けられた。


「ふむ……」  


 唸り声を鳴らすユージーン。


 ――計画通り、か。


 いかにひどい頭痛に苛まれているとはいえ、《射撃スキル SSS》を提供・・している以上、打ち損ねることはない。


「この魔導銃を強制的に使わせているのも、サヴィターさん、あなたですか……! こんなもの、いつどこで手に入れたのか全然わからない……!」


 いつしかミアは泣いていた。


 滂沱の涙を流し、脳内の衝動に懸命に抗っているようだが、身体がいうことを聞かない様子である。


 そう。

 彼女が発砲をためらっているのは、単に殺人を忌避しているからではない。 


 魔導銃。

 それはガルーア帝国が秘密裏に開発している武器である。


 魔術や武器の研究に余念がないガルーア帝国――だからこそ製作できた、唯一にして強力な武器だ。


 そして。

 そんな武器を用いた謎の女が、リングランドの重鎮を殺した……


 そうなれば世の情勢がどう変化するか……誰が考えても明らかだろう。


 だから彼女は必死に耐えているのだ。

 邪神の術に抵抗するなんて、一般人には到底不可能なはずなのに。


「なるほど……立派な娘だの」

 ユージーンはこほんと咳払いをかますと、静かな決意とともにミアに歩み寄る。

「すまぬの。一介の娘でしかないおぬしに……これほどの苦痛を強いてしまうとは」


「やだ……やだやだやだ! 絶対に撃たないんだからっ!」


 鼻水を流して足掻くミア。


「やれやれ……たいした精神力じゃのう」

 肩を竦めて息をつくユージーン。

「ずっと苦しかったじゃろう。脳内に響く声など、誰にも相談できなかったに相違ない。――その苦痛から、解放されるがよい」


 ドクン! と。

 ミアを取り巻く霊気が急激に高まり。


「い、いやぁぁぁぁぁぁぁあ!」


 裏返った悲鳴とともに放たれた銃弾が、ユージーンの胸を貫通した。






2/10発売! あと11日!


さらに熱く、面白く……編集部の方々と協議しながら、いっそう磨きがかった書籍版を2/10に発売します!


下記の表紙画像をクリックしていただけると作品紹介ページに飛べますので、ぜひ予約してくださいますと幸いです(ノシ 'ω')ノシ バンバン


よろしくお願い致します(ノシ 'ω')ノシ バンバン

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
さて、早いところではすでに書籍発売しているようです! 書籍版は編集部の方と激論を交わして、さらに面白くなっています! また限定SSやカバーイラストのDLもつきますので、ぜひ買ってくださいますと嬉しいです! 私の作品を読んで、人生が変わるほど楽しんでいただけたら……これ以上のことはありません。 下記の表紙画像をクリックしていただけると作品紹介ページに飛べます。 よろしくお願い致します(ノシ 'ω')ノシ バンバン i000000 ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ