和やかな雰囲気のなかで
「ふう……」
俺は詰めていた息を吐き出し、壇上を降りる。
――すげぇ緊張した。死ぬかと思った。
けど、これからしばらくはフリータイムらしい。スタッフに呼ばれるまでは、会場内で歓談していてもいいとのことだ。
「アシュリー先生!!」
一目散に駆け寄ってくるのは、俺の教え子たち。なんとなくだが、最近また尊敬されてきているようだ。嬉しいことである。
「はは……すまないな。みっともないところを見せて」
「いえ、そんなことありません。それはもう、すごかったですよ! これくらい!」
よくわからない身振り手振りを使って《すごさ》を強調してくるリュア。
だが。
「……すみません、リュアさん。よくわかりません」
キーアのマジレスによって一刀両断されてしまった。
「ふふ。この会場でもマイペースなところ……嫌いじゃないですわ♡」
そしてひとり、うっとりした表情を浮かべるミア。
「マイペースってもんじゃないだろ……ここまでくると」
俺はため息まじりに呟く。
それにしても、周囲からの視線がすごいな。みんなサインでも欲しているのか、色紙なんかを片手に持っている。一部には《アシュリー様》と書かれた横断幕まで広げられていた。
「でも……先生がすごいことはお変わりないでしょう」
澄まし顔でミアが言う。
「この盛り上がりっぷりに、女性からの熱い視線……。ふふ、私としたことが、嫉妬してしまいますわ♡」
「だからおまえはなにを言ってるんだ……」
呆れた表情で突っ込みを入れるリュア。もうこの流れは定番中の定番だな。
「――だが実際、素晴らしいスピーチだったぞ」
「え……」
ふいに何者かが会話に割り入ってきた。
達観された渋みのある声に、俺は聞き覚えがあった。
「あ……」
リュアが緊張に身を強ばらせる。
それだけ、ここに現れた人物は大物だった。
紺色の短髪に、顎にたくわえられたわずかな髭。何事をも見通しそうな、力のこもった瞳。歳は四十三だと聞いているが、彼からは年齢以上の威厳が感じられた。
「オルガント中将……お久しぶりですね」
「ふふ。そう堅くなることはない。もう上司部下の関係ではないだろう」
オルガント・レインフォート。
リングランド王国における最強の剣士にして、王国軍の中将を務める男。そしてまた――
「ち、父上……」
「はは。リュアも久々だな。元気にしていたか?」
堂々と笑みを浮かべるオルガント。
そう。
彼はまた、リュアの父でもある。リュアが日々精進しているのも、父の大きな背中に追いつかんがため。
リュアが父を尊敬していることは、毎日の言動からも明らかだろう。
オルガントはリュアの頭を数度叩くと、嬉しそうに唸った。
「……なるほど。新たな境地に至ったことで、さらに強くなったか。良い師を持ったな」
「な……。わ、わかりますか」
「ふふ。娘の成長ほど胸を打つものはない。――よく頑張ったな」
「あ、ありがとうございます!」
オルガントは「うむ」と頷くと、改めて俺を見やった。
「リュアの父として、改めてお礼申し上げる。私は立場上、この子の面倒を見る時間がなかなか取れない。今後もぜひ、よろしくお願いしたい」
「いやいや。そんな」
思わず恐縮する俺。
かつての上司でもあるし、相手は王国最強の剣士。若い頃の俺が憧れていた人物ともあって、ちょっと緊張してしまう。
そんな俺に、オルガントはちょっと苦笑した。
「ふふ。貴公は魔神を倒した英雄だ。もっと堂々としてもいいと思うが?」
「……それはちょっと、俺の性分には合わないもんで」
「そうか。そういえば貴公は昔から謙虚な性格だったな」
そう言って頷くオルガント。
一般兵にすぎなかった俺のことを、よく覚えているもんだ。改めてすごい人物だと思う。
――さて。
そう思いながら、俺はさりげなく周囲を見渡す。今日は宴だが、それ以外にも目的があるからな。
――いた。
ユージーン大臣だ。
すぐにでも話しかけたいところだが、残念ながら他の人々に囲まれている。
「む?」
俺の視線に気づいたオルガントが言う。
「大臣か。なにか用があるのか?」
「ええ……すこしだけですが。すみません、中将とのお話中に」
失礼がないようにさりげなく見回してたんだが……さすがに気づかれたか。
「いやいや、気にするな。しかしあの人の山では……難しいな」
「はい。仕方ありませんね」
腐っても国の重鎮だからな。
こういう場では人気者になるのも致し方ない。
「なんにせよ……アシュリー殿。貴公のおかげで、世界の安寧は守られた。王国軍の者として、いつか礼を言わせていただきたいと思っていたところだ」
「そんな。何度も言いますけど、恐縮すぎますよ」
「ふふ」
オルガントは優しげに微笑むと、周囲を見渡しながら言った。
「――では、私はこのへんで。アシュリー殿、リュア、存分に楽しむのだぞ」
「はい……!」
リュアが嬉しそうな顔で返事した。
――数分後。
「あれ?」
ふいにキーアがトーンの低い声を発する。
「おかしいですね。ミアさんがいません」
「む……? ど、どこにいったんだ」
リュアも同じく首を傾げる。
俺も含め、みんなオルガントとの話に夢中になっていたからな。いつどのタイミングでいなくなったのか、ちょっと察しがつかない。
「私、探してきます。どこかで迷子になってなければいいですが」
「待て。私もいくぞ……!」
そう言って会場を歩き回る生徒たち。
そのすぐ脇では、さすがに話し疲れたのか、ユージーン大臣が控え室に戻っていくのが見えた。
★
――控え室。
「ふぉ……」
ユージーン・ネスロットは、柔らかな椅子に深くもたれかかり、どっと息を吐いた。
「お疲れですな。大臣」
「む……」
ふいに話しかけてくるは、邪神族の長――サヴィター・バルレ。ともに国の運営をしてきた長年の友でもあった。
「そりゃ疲れるわい。意味のない世間話など」
「そうですか」
サヴィターの声は冷たい。
「……そんなことより、いいのですかな? このまま計画を進めてしまって」
「…………」
ユージーンは数秒黙りこむと、瞳を閉じて言った。
「計画にいささかの狂いがあってはなるまい。我が理想郷をつくるためにはな」
「そうですか」
サヴィターの声はやはり冷たい。
彼なりに気遣っているのかもしれないが、もはやなんの感慨も湧かなかった。
と。
「――失礼します」
聞き慣れない声が響きわたり、ユージーンはゆっくりと振り向く。
訪れた人物は……やけに幼かった。学生だろうか。緑色のふんわりした髪型が、やけに似合っている。
「ミア・フォーストと申します。突然の訪問、お許しください」
「ミア・フォースト……。リングランド魔術学園の生徒か」
ユージーン大臣はゆっくり立ち上がると、いてててと腰をさすりながら言った。
「おかしいの。この部屋には厳重な警備が敷かれているはずじゃが。どうやってここまで来た?」
「ふふ。たまたま入れたようなので……来ちゃいました♡」
「ふむ……」
このただならぬ空気。風格。
「サヴィター。やはり、この学生が……」
「そうですな。アガルフ・ディぺールに続いて、今回の《怨念》を生み出すための傀儡です」
「なるほど……やはり、そうですか」
サヴィターの言葉に、ミアと名乗る女子生徒は静かに頷く。そして痛そうに左手で頭部を押さえるや――
「くうっ……ううっ……!」
見覚えのあるドス黒い霊気が、彼女に漂い始める。霊気がドクドクと波打つたびに、ミアの悲鳴はいっそうのボリュームを増す。
そう。
強大な力に包まれたこのオーラこそ、かつてキーア・シュバルツを襲った邪悪なる怨念……
「この正体不明の頭痛は……サヴィターさん。あなたの仕業でしたか」
「……左様」
サヴィターは瞳を閉じ、変わらず冷たい声音で告げる。
「《殺戮と闘争》を引き起こすための傀儡……その仕掛けを、おまえに施させてもらった」
「なるほど……やはり……」
頭痛を懸命に押さえながらも、それでもミアは喋り続ける。
「ずっと……聞こえてくるんです……。《コロセ、ウバエ、カチトレ》って……。それがいけないのは、わかってるのに……っ」
ミアは激情に揺れる右腕を動かすや、魔導銃を握りしめる。やがてその銃口はユージーンに向けられた。
「ふむ……」
唸り声を鳴らすユージーン。
――計画通り、か。
いかにひどい頭痛に苛まれているとはいえ、《射撃スキル SSS》を提供している以上、打ち損ねることはない。
「この魔導銃を強制的に使わせているのも、サヴィターさん、あなたですか……! こんなもの、いつどこで手に入れたのか全然わからない……!」
いつしかミアは泣いていた。
滂沱の涙を流し、脳内の衝動に懸命に抗っているようだが、身体がいうことを聞かない様子である。
そう。
彼女が発砲をためらっているのは、単に殺人を忌避しているからではない。
魔導銃。
それはガルーア帝国が秘密裏に開発している武器である。
魔術や武器の研究に余念がないガルーア帝国――だからこそ製作できた、唯一にして強力な武器だ。
そして。
そんな武器を用いた謎の女が、リングランドの重鎮を殺した……
そうなれば世の情勢がどう変化するか……誰が考えても明らかだろう。
だから彼女は必死に耐えているのだ。
邪神の術に抵抗するなんて、一般人には到底不可能なはずなのに。
「なるほど……立派な娘だの」
ユージーンはこほんと咳払いをかますと、静かな決意とともにミアに歩み寄る。
「すまぬの。一介の娘でしかないおぬしに……これほどの苦痛を強いてしまうとは」
「やだ……やだやだやだ! 絶対に撃たないんだからっ!」
鼻水を流して足掻くミア。
「やれやれ……たいした精神力じゃのう」
肩を竦めて息をつくユージーン。
「ずっと苦しかったじゃろう。脳内に響く声など、誰にも相談できなかったに相違ない。――その苦痛から、解放されるがよい」
ドクン! と。
ミアを取り巻く霊気が急激に高まり。
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁあ!」
裏返った悲鳴とともに放たれた銃弾が、ユージーンの胸を貫通した。
2/10発売! あと11日!
さらに熱く、面白く……編集部の方々と協議しながら、いっそう磨きがかった書籍版を2/10に発売します!
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