ミアの告白
それからの一週間はあっという間に過ぎた。
実戦授業を中心に、たまに座学を据えての授業。この期間は俺自身もかなり勉強になった。
特に――リングランド王国と敵対する国が出来上がりつつあることは、俺にとってかなり衝撃的だった。
なにしろずっと新しい情報を収集してこなかったからな。こちとら元底辺兵士である。
その国の名は――ガルーア帝国。
魔術や武器の研究を行うことで、急成長しつつある大国らしい。規模はリングランドには及ばないまでも、すこしずつ勢力を伸ばしつつあるのだとか。
俺やルラエンドが臨時教師を務めることになったのも、このあたりが原因だと踏んでいる。……まあ、たぶんそれだけじゃないだろうけどな。
さて。
この一週間で、11組の仲はさらに深まったようだ。
一番驚いたのが、キーアの出自が明らかにされたこと。
たぶん俺のいない《女子会》とやらで暴露されたんだと思う。
先日の試合では校庭に大穴を開けてしまったし、話さないわけにいかなくなったんだろうな。
リュアもミアも、それをわかったうえで普通に接してくれている。
(ミアは最初から知ってたっぽいが、それはこの際置いておく)
これ、地味にすごいことだと思わないか?
元魔神だと知っていても、普段通りに接するなんて……二人とも、人間的によくできている。本当に自慢の生徒たちだ。
あと、リュアがかなり緊張しいになった気がするな。俺と話していると、毎回のように顔を赤くするのだ。そしてミアがからかい、キーアが頬を膨らませるのがテンプレである。
これに続いて、リュアも多くの知識を仕入れることになった。
ミアがそれとなく話したっぽいな。
女神族とか邪神族とか、王国が邪神とつるんでいることとか……さぞ驚愕だったことだろう。
ただし。
キーアの出自が明るみになってもなお、ミアの謎については二人とも知らないようだった。
定期的に訪れる頭痛。
その他諸々の思わせぶりな言動。
俺も授業の合間にそれとなく尋ねてみたんだが、うまい具合にはぐらかしてくるからな。
結局真相を引き出せないまま、叙任式を迎えることになると思っていた――のだが。
式を前日に控えて、ミアがそっと手紙を差し出してきたのである。
――夜、屋上で待っています――
可愛らしい便箋には、それだけが書かれていた。
★
吹きすさぶ風が、妙に冷たい。
空に瞬く星々が、強弱さまざまな光度で己の存在を主張している。
リングランド魔術学園。屋上。
普段は若者で賑わう学園も、この時間にあっては静かなものだった。木の葉の風に揺れる音だけが、やけに大きく聞こえてくる。
「――きてくださいましたか」
そんな暗くて寒い屋上に、彼女はいた。
いつものように朗らかな笑顔と、あざといくらいに愛くるしい仕草を添えて。
俺は後頭部を掻きながら、彼女のもとへ歩み寄っていく。
「おかしいな。屋上への鍵は教師しか使えないはずなんだが……どうやってここまで来た?」
「ふふ。たまたま鍵が空いていたので来ちゃいました♡」
「そんなわけないだろ……」
相も変わらず掴めない生徒だ。
……まあ、いまはそんなことどうでもいい。彼女には聞きたいことが山ほどある。
「それで……どうしたんだ? 話があるっていうことだったが」
「ええ。先生にはどうしても話しておきたくて。――私の大好きな人ですから」
「ん?」
セリフの後半部分がやけに小声で聞き取りづらかったが、ミアは
「なんでもありません」
と言って仕切り直した。
「先生はずっと、私の頭痛を気にしていらっしゃいましたね。それについてはせめて、お話したくなりまして」
「あ、ああ……」
やっと話してくれるわけか。
すこしは信頼してくれるようになった、ということかな。
「――率直に言います。この原因は私にもわかりません。だから話さないのではなく、話せないんです」
「え……」
「ひとつだけ言えるのは、この頭痛が昔からずっと続いていること……。そして歳を重ねるにつれ、痛みが増していることです」
「そんな……。回復術士には見てもらったのか?」
「はい。ですが原因不明らしくて……どうにも手が負えないんです」
嘘だろ。
あんなに苦しそうにしていたのに。
そんな馬鹿な話があるのかよ……!
「ふふ。おかしな方ですね。どうしてそんなに悲しそうなお顔をするんですか?」
「そ、そんなの当たり前だろ! ミアは大事な生徒だ。君の苦しむ姿は見たくない!」
「……ぁ」
俺の勢いに驚いたんだろう。
初めて、ミアが素顔を見せた気がした。普段のように着飾っていない、年齢相応の女子学生としての姿を。
若干瞳をうるませながら、ミアはぼそりと呟いた。
「ふふ、先生はずるい方ですわね……。私よりもずっと」
「え……?」
「いえ、なんでもありません」
ミアは苦笑いを浮かべ、続けて口を開いた。
「私は、私が誰だかわからないんです……。戦闘経験もほとんどないのに、いつの間にか《射撃スキル SSS》というのがあって……こんなよくわからない頭痛があって……」
「そうなのか……」
たしかに、そのへんは謎だったよな。
戦闘の経験はないはずなのに、ミアの射撃術は完璧だった。あれは熟練された技術ではなく、スキルだったのか……
「――以上が、いま話せることのすべてです。すみません、こんな話につき合わせてしまって……」
「いや、いいんだよ」
正直、まだ聞き足りないことは山ほどある。彼女はあまりに多くのことを知りすぎているのだ。
だが……いまそれを聞くのは野暮というものだろう。
ずっと口を閉ざしていた彼女が、ここまで話してくれた……それだけで充分だ。
「ミア。感謝するよ。ここまで話してくれて」
俺はできる限りにこやかな笑顔を意識しながら、彼女の頭を撫でてみせる。
「正直、俺は教師としてまだまだ未熟だけど……精一杯頑張るから。だから、もし話せるようになったら……その続きも話してくれないか」
「あ……」
ミアの頬がピンク色に染まる。
「はい……!」
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