つんでれもえーさん
腐ってもさすがは1組。
剣を拾ったリックスは、すさまじいスピードで走り始めた。
いまが絶好の機会であることを、彼自身も察しているのだろう。
「おるああああああああっ!」
「ミア!」
「ミアさんっ!」
リュアやキーアが呼びかけるが、返事はない。依然頭を抱えたまま、うずくまるばかりだ。
「らあああああああっ!!」
反面、リックスに容赦はない。
この機会にすべての力を込めているのか、表情がマジである。なかば血走った目で細剣を振りかぶる。
そのまま、リックスの剣がミアの首筋に到達しかかったところで――
「やめぃ! 試合終了っ!」
学園長の大声が響きわたる。
「不祥事により、ミアは戦闘不能と判断する。よって、勝者はリックス!」
「ミ、ミア……!」
「ミアさんっ……!」
リュアとキーアが一目散に駆け寄っていく。
「ふふ……。ごめんなさい。負けちゃいました」
片膝をつきながら舌を出すミア。
まだ痛みが続いているのか、すこしだけ表情が険しいが、さっきよりは落ち着いたらしい。いつもの笑顔が戻りつつあった。
そんな彼女の肩に手を置きながら、リュアは心配そうに彼女の顔を覗き込む。
「ミア……もう、大丈夫なのか?」
「ええ。だいぶ和らぎましたし、心配はご無用です」
「しかし……その頭痛、昔から続いてるんじゃないのか……?」
「ふふ。嬉しいですわね。私なんかを、こんなに心配してくれるなんて……」
「ミア……」
悲しそうに眉を垂らすリュア。同じクラスの友として、やはり彼女のことが心配なんだろう。
「ミアさん。もしかして、あなたは……」
そこでキーアがふいになにかを言いかけたが、瞳を閉じて思いとどまる。
俺と学園長もしばらくミアの様子を伺っていたが、本当に命に別状はなさそうだ。すこしずつ血色を取り戻しつつある。
――しかし、急に襲ってくる頭痛か。
自分のことはなにも話さないミアだけれど、本当は裏でなにかを抱えているのかもしれないな。
「さて。もうよろしいかの」
学園長の言葉が校庭に響きわたった。
「これで試合は互いに一勝一敗。次の試合で決着がつくこととなる」
「そうか……そうだったな……」
静かに目を閉じるリュア。
一組における最後の砦は、当然のごとくガルム。三人のなかで最も強く、侮りがたい相手といえるだろう。
対する11組の選手はキーア・シュバルツ。
最強の転生者だし、潜在能力でいえばガルムなど相手にならないだろう。
だが彼女は感情も記憶も喪っている。この状況下で、まともに力を扱えるのか……俺にもまったく掴めない。彼女の実践授業は今日が初めてだしな。
思いがけず、どっちが勝つかわからない試合になったわけだ。
「すみません、キーアさん。後はよろしくお願いしますね」
ミアが珍しく申し訳なさそうな表情で言う。敗北については本当に忸怩たる思いを抱いているようだ。
「わかりました。私が出ます」
相も変わらず無表情で答えるキーア。
「ところで……お二人とも。この試合は、勝ったほうがいいですか?」
「え……」
軽く目を見開くリュア。
「も、もちろんさ。でないと、アシュリー先生の授業を受けられなくなるぞ」
「授業を、受けられなく……?」
「ああ。アシュリー先生に会えなくなるわけだ」
「…………」
いや、別に会おうと思えば会えるだろ。
という突っ込みをいれる間もなく、キーアがなんと悲しそうな表情を浮かべるではないか。
「……それは、嫌ですね」
「だろう? だから、頼む。ガルムを――倒してくれ」
「わかりました。全力で戦います」
「オイオイオイ、冗談言ってくれてんじゃねえよおチビちゃん」
すでに待ち受けていたガルムが強気な声を発する。すでに勝利を確信しているのか、口元には余裕そうな笑みが張り付いていた。
「おまえごときが俺に勝てるわきゃねえだろうが! 俺は1組でも最強なんだぜ?」
「……《つんでれもえー》さん。残念ながら、私は負けるわけにいかなくなったのです」
「おい! その変な呼び方やめろ!」
「お願いします。この戦いが終わっても……どうか、私のことを嫌いにならないでください」
キーアがそう呟いた、その瞬間。
見覚えのあるドス黒いオーラが、彼女の周囲を覆い始めた。かつての魔神のように邪念は感じられないが、オーラの規模や密度はさすがの一言。オーラが迸るだけで、地面が――学校の敷地全体が揺れているように感じられた。
「まずは力の使い方を思い出させていただきます。――いきますよ」
「……えっ」
キーアの圧倒的なるオーラに、ガルムはただただ呆然とするばかりだった。