凡人、最強の生徒ができる
キーア・シュバルツ。
最強の転生者にして、魔神シュバルツの思念が宿っていた肉体でもある。
その強さはまさに人外。
かつての俺はアガルフ・ディペールにすら苦戦していたが、キーアの強さはそれ以上。
魔神の思念が宿った彼女は、《即死スキル》というチートスキルを持っていた。
さらに、街を――いや、国を丸ごと破壊するほど強かった。
そんな彼女が、転校生として俺の生徒になる?
なにかの冗談だろ?
リアヌは《拒まないでほしい》と言っていたが、どうしても警戒してしまうよな。なにが起きるかわからないんだから。
「…………」
キーアは長めの黒髪をたなびかせながら、てちてちと歩み寄ってくる。
「…………っ!」
それだけで俺は大仰に身構えてしまった。かつて彼女を包んでいたドス黒い靄はもうないが、あの強さはやっぱりトラウマものだ。
「アシュリー・エフォートさん。お久しぶりです」
そう呟いた彼女の表情は、やけに無表情で。無感情で。
あまりに小さなその声に、俺は思わず目を丸くする。
「え……」
「その節はどうもありがとうございました。ご迷惑をおかけしますが……これから、どうぞよろしくお願いします」
「あ、ああ……」
なんだろう。
妙に口調が機械的というか。
前に話したときとは、ずいぶんと様子が違うぞ……?
俺が戸惑っていると、学園長が遠慮がちに訊ねる。
「キーア君。あの件、先生に話してもいいかね?」
「……ええ。構いません」
「あの件……?」
なんのことだ?
困惑する俺に、学園長は続けて言う。
「アシュリー君。たしか君は、キーア君に会ったことがあるんじゃったな?」
「はい。そうですが……」
といっても、かなり短い間だったけどな。
キーアが魔神シュバルツの思念に囚われる前に、ちょっとだけ話しただけだ。
「キーア君はの、記憶と感情を失ったしまったそうじゃ。儂には詳しい事情はわかりかねるが……激しい力と怨念にやられてしまったのだと聞いている」
「え……」
「肉体的な傷は無事治せたようじゃが、行く宛をなくしてしまってな。だからりあぬ殿が、ここに寄越したというわけらしい」
「そう、ですか……」
記憶と感情をなくしてしまった、か。
無理もないかもしれない。
魔神シュバルツに乗っ取られた彼女は、まさに人格そのものが変わっていたからな。精神的な負担は相当なものだろう。
「すみません。先生……ご迷惑を、おかけします」
「あ、いやいや、いいんだよ」
改まって頭を下げてくるキーアに、俺は慌ててフォローをいれる。
「そういうことなら、俺のほうで全力でサポートする。困ったことがあったらなんでも言ってくれ」
「先生……」
最強の転生者は相変わらず無表情のままうつむく。
「やっぱり、わずかに残った《記憶》の通りでした。アシュリーさんは、すごくいい人……」
「え……」
「ちょっとだけ覚えてるんです。とてつもなく恐ろしくて、真っ黒いなにかに覆われているとき……私を助けようとしてくれた人がいました。みんな私を怖がるのに、その人だけは手を差し伸べてくれて……」
「…………」
そうか。
かつて地下水路を探索していたとき、彼女は魔神シュバルツの思念に囚われかけていた。
あまりに苦しそうで。
あまりに悲しそうで。
だから俺は無我夢中で助けようとした。
結果的には失敗に終わったが、いまでも覚えてくれていたんだな。
「なにもかも忘れてしまった私ですが……これだけは、ずっと言いたかったんです」
そしてキーアは両手で俺の手を包み込むなり、わずかに震える声で言った。
「助けてくださってありがとうございました。先生がいなかったら、きっと私はあの黒いモノに……っ」
セリフは最後まで続かなかった。キーアがふいに表情を歪め、うずくまったからだ。
俺はたまらず彼女の背をさする。
「お、おい! 大丈夫か!?」
「はぁ……はぁ。はい。すみません、大丈夫です」
だいぶ疲弊しているな。
肉体的に回復してもなお、魔神シュバルツの遺したものは大きかったか。
――まあ……どうか拒まないでほしい。彼女も被害者じゃからな――
昨日リアヌはこう言っていたが、いまなら意味がよくわかる。彼女も被害者だ。
どうしようもなく……可哀想なほどに。
「はは……拒めるわけ、ないだろうに……」
俺は薄い笑みを浮かべると、キーアの頭を撫でながら言った。
「11組にようこそ。今日から君は、俺の大事な生徒だ」
新作を投稿しております!
魔物と話せるのは俺だけ 〜パーティー追放後に不遇スキル《エンカウント率アップ》が《陰の魔王》に変化して、いきなり最強になった件〜
ぜひ、よろしくお願い致します!