凡人の生徒、成長する。
背後でミアとリュアの勇ましい声が聞こえる。
どうやら問題なく戦えているようだ。
気配を探る限りだと、二人ともたいした傷は負っていない。力を存分に発揮できれば、二人ならきっと道を切り開くことができるはずだ。
俺はそう信じている。
だから俺は、俺自身の敵に集中せねばなるまい……!
「その目。気に喰わんな……!」
俺に視線を向けられたダークマリーが、不服そうに口元を歪める。
そして片腕を突き出すや、いきなり魔力を錬成しだした。
「魔女リアヌ・サクラロードと同じ目つき……。あああ……腹が立つッ!」
周囲に唾を吐き散らしながら、ダークマリーは一帯に魔法陣を展開する。
そこから放たれた魔法の威力には、さしもの俺も驚愕せざるをえない。
神級の闇属性魔法――シュバルツメルガ。
強制的に異空間をつくりだし、この次元にあるものを丸ごと飲み尽くす大技。あれに取り込まれたが最期、どうなるかは俺にもわからない。
「幽世の重圧に飲み込まれ、逝くがいい! アシュリー・エフォート!」
ダークマリーが大仰に両腕を広げた瞬間――
異空間が漆黒の球体となって出現し、一帯の物々を取り込み始めた。
その魔力は尋常ではない。
空を突き刺すのほどの大樹ですら、呆気なく吸い込まれてしまっている。
それだけではない。
異空間の出現により、空間そのものが黒ずんでいる気がした。あちこちの空間が歪み、破壊され、まさに世界そのものが変容しているかのよう。
ダークマリーはああ言っていたが、結果的には生徒たちを遠ざけて正解だったようだな。五十人の屍よりも、こっちのほうがよほど驚異的だ。
「うおおおおおっ……!」
俺はさらにステータスを解放し、あらん限りの力で耐えてみせる。
この修行自体は、かつてリアヌにやられた《重力強化》に似ている。通常ありえない引力で襲いかかってくる重圧を、さらなる力でもって耐えるのだ。最初は五倍の重力でも辛かったが、いまではもう慣れたものである。
俺の放つ銀色の煌めき。
ダークマリーの放つ怨念の黒。
それらがぶつかり、混ざり合い、周囲の光景はすさまじく揺れた。
一般人がここに飛び込んでしまえば、それだけで消えてしまいかねない。
「おのれ小癪なァァァァ! 人ごときが、我が神級魔法に耐えるだとォォォォォオオ!」
荒れ狂う暴風により、ダークマリーの緑ローブは明後日の方向に飛んでいった。
異様に線の薄い顔に、極限までこけた頬。
そして不気味なほどに細い目をぎろりと血走らせ、ダークマリーは俺を睨みつけた。
「死ね! 死んでしまえ! 魔女の傀儡めが!」
叫びながら、さらなる魔力を込めているのだろう。吸引力がまたしても増したが、俺は気合いでもってひたすら耐えた。
「どうやらリアヌを相当嫌ってるようだな……。そんなにあいつが憎いかよ」
「当然だ! あの女の悟りきったような瞳、すべてを見通しているかのような態度……。すべてが気に喰わんのだぁぁあ!」
「…………」
なんだよ。
個人的に嫌いなだけか。
一気に小物臭がしてきたな。
「あの人は俺の師だ……。馬鹿にすることは許さない……!」
俺も負けじと魔力を解放し、重圧に対抗する。異空間へと通じる球体がこれでもかと吸引してくるが、それでも俺はめげない。歯を食いしばり、ひたすらに耐え続け。
やがて――その拮抗は崩れた。
★
一方で、アシュリーの生徒たち――リュアとミアは苦戦を強いられていた。
最初のほうこそ善戦できていたものの、やはり戦闘経験の浅い戦士たち。
思い切り戦いすぎたことにより、スタミナを一気に消費してしまった。リュアもミアも、さきほどより動きが鈍い。
「くそ……どうすれば……」
五名もの屍に囲まれ、リュアは頬に冷や汗が伝うのを感じた。戦線が入り乱れ、ミアの居場所さえわからない。はやくこの場を切り開き、彼女を助けなければ。
――しかしこいつら、思ったよりしぶとい。
《鳳凰十字》だけでは倒しきれず、その後何度か斬りつけることでようやく一体を葬れるのだ。ましてや現在体力を失いつつある自分が、いかにして活路を見出すことができようか――
いや。
できるできないの話ではない。
やるしかないのだ。
私は最強と謳われた剣聖の娘。
幼少の頃より心と技を叩き込まれた。
ミアもいるにはいるが、彼女だって戦闘経験は少ないみたいじゃないか。
だったら私がやるしかないんだ。
そう。
私しか――
そう葛藤を繰り広げているうちに、脳裏に過去の映像が蘇ってくる。
――リュア。私は別に、おまえの《ステータス》を責めているわけではない。私だって、以前は恵まれない体格だったのだぞ。
許されざるはその心だ。技は心であり、心の先に技がある。お主の傲慢が、お主の思い上がりが……その剣を、どうしようもなく汚している――
――でも父上、私はステータスが低いんですよ! 一刻も長く修練を積まねば、私はレインフォート流にふさわしき者にはなれない!――
――ふぅ。まだ至れぬか。仕方ない。一縷の望みをかけ、魔術学園に預けるか――
父に見捨てられ、リングランド魔術学園に預けられた頃の記憶だ。自分には教えきれぬと、指導者を変えられた屈辱の日でもある。
――笑い話だな。
その魔術学園でも、私は危機に陥っている。
必死になって訓練してきたのに。剣聖の娘だというのに。
これじゃレインフォート流の名折れだ。
私だって世界を救う剣士になりたいのに、もはや手を伸ばすことさえ適わない……
そのとき。
「リュアーーーーーっ!!」
ふいに絶叫が響きわたった。
同時にすさまじい爆発音が周囲に轟く。
ミアの魔導銃だ。
炎属性の魔法を放っているらしく、爆発とともに近くの屍を葬っていく。数秒後には、リュアを取り巻いていた人間たちは焼き焦土と化していた。
「ミ、ミア……!」
リュアは思い切り目を見開く。
そこに――見たことのない同級生の姿を見たからだ。
あちこち傷つけられ。
泥まみれになって。
ボロボロになってまで、助けにきてくれた同級生を見たからだ。
「はぁっ……はぁっ……よかった、無事だったんですね……!」
「お、おまえのほうこそ……いまの攻撃は……」
「もう! リュアの馬鹿!」
ミアは瞳に涙を浮かべ、頭をリュアの右肩に寄せた。
「無我夢中だったんですよっ! あなた、もうすこしで死ぬところだったんですよ!」
「…………」
「あなたが強いのはわかります! レインフォート流の教えもわかります! でも……私たちはクラスメイトでしょう!! 一緒に戦ってるのに……どうして頼ってくれないんですか! どうしてひとりで戦おうとするんですか!」
「あ……」
だってそれは。
私はレインフォート流の剣士だから。
剣聖の娘だから。
だから――
――許されざるはその心だ。技は心であり、心の先に技がある。お主の傲慢が、お主の思い上がりが……その剣を、どうしようもなく汚している――
私は思い上がっていたのか?
レインフォート流の剣士。
剣聖の娘。
だから誰よりも活躍しなければならないと。
ミアとともに戦うのではなく、ミアを守ってあげなければならないと。
――そうだ。
それこそが傲慢だったんだ。
本当は同じクラスメイト、対等の関係であるはずなのに……
「……ははは。情けないな。今更になって、父上の言葉の真意に気づくとは」
「……気づいて、くれましたか」
「ああ。すまないな……」
たしかに私はたくさんの修練をこなしてきた。同い年とは比較にならないくらいに。
でも――まだまだ未熟な身なんだ。ステータスだって低い。
それなのに、仲間を守ろうとして、ひとりで突っ走って。
……たしかに滑稽ったらない。
「悪かったな、ミア。おまえは――一生の親友で……仲間だ」
「リュア……」
そう言った友の顔は、いままで見たことないくらいに咲き誇っていた。
「はいっ!」