凡人と凡人は共闘する
邪神はつまらなそうな表情で両腕を広げた。
周囲にたなびく微風が、奴の緑色のローブをわずかに揺らす。
異様なほどに白い肌。
骨と見紛うほどに細い腕。
まさに死人とでもいうべき風采を、俺は垣間見た。生物であることを捨て、修羅に徹することを決めた化け物――
「そういえば……まだ私の名を名乗っていなかったな」
ローブ下からわずかに覗く口元に笑みを浮かべ、邪神は続ける。
「我が名はダークマリー。邪神族の一員にして、サヴィター様に永遠の忠誠を誓う神の一員よ」
「ダークマリーか。覚えておくよ」
さすが神の一族というだけあって、すさまじいまでの魔力を感じる。漆黒竜などとは大違いだ。
……当然、魔神シュバルツほどの力は感じない。
だが今回はひとりだ。
あのときはリアヌやアガルフの力を借りてどうにか勝利を収めたが、今日は自力で勝たなければならない。
自分のためだけじゃない。
後ろで戦っている生徒たちのためにもな……!
「いくぞダークマリー! おまえが神であろうと関係ない。俺たちは、最後までおまえたちに抗ってやる!」
★
――すこし、かっこつけすぎたか。
リュア・レインフォートは大剣を構えながら、自嘲気味にそう思った。
自身を取り巻く、総勢五十名もの人間たち。彼らひとりひとりには意思がないようで、たいした戦闘力も感じられない。
とはいえ、あの胡散臭い緑ローブの男が魔術で強化でもかけているのだろう。
個々としての力は弱くとも、それが五十名ともなると……切り抜けられるかどうかわからない。
それに。
「リュアさん。念のため、聞いておきますが……」
背後を預けているミアが、いつもの微笑とともに訊ねてきた。
「あなたは、このように……命をかけた実践をしたことはありますか?」
「いや、ないな……。キングオークと対したときも、兄弟弟子の方が立ち会ってくださっていた」
「ふふ。同じですね。実は私も経験はそんなにないんですよ」
「そ、そうなのか……?」
意外だな。
魔導銃とやらをかなり的確に使いこなしていたのに。
ミアはちょっと謎めいているし、深い事情まではわからない。だが――こういった重要な局面で嘘はつかない。いままでの付き合いでそれはわかっている。
それに、リュアは見ているのだ。
気丈そうに笑いながらも、彼女の両足が若干に震えているのを。
そんな恐怖を押し隠すようにして、ミアは再び笑みを浮かべる。
「……でも、先生と約束しましたものね。必ず生きて帰ると。であれば、それに必ず応えるのが乙女の役割でしょう」
「そうだな。先生が用意してくださったこの《授業》……無駄にはせん!」
そして絶対、レインフォート流を継ぎし者として、父を見返してみせる。
「いくぞミア! 私が先陣を切る! 背後射撃とサポートは任せたぞ!」
「はい! お任せあれ!」
ミアの魔導銃は、攻撃のみならず様々な使い勝手がある。ここは役割を分担して、的確に動くのが懸命だろう。
「おおおおおおっ!」
リュアは空高く跳躍すると、大剣を地面に突き立てる要領で落下する。そのまま重力を利用して、着地と同時に地面そのものを叩き割る。
レインフォート流――鳳凰十字。
リュアが突き立てた地面を起点として、十字方向に衝撃が散っていく。紅蓮に染まったその衝撃波が羽ばたくさまは、まるで鳳凰のよう――
父のようにうまく使いこなせないが、見よう見まねで身につけた剣聖の技だった。
ズドォン! ズドォン!
衝撃に巻き込まれた人間たちが、悲鳴もあげず吹き飛んでいく。これで仕留められたかはわからないが、ちゃんとダメージは与えられたようだ。
――それに。
「この力……昨夜よりも……」
自分で見舞った剣技ながら、リュアはその威力が信じられなかった。これほどの力を出せたことはかつてなかったから。
「そうか……。先生があのとき、漆黒竜を倒したから……」
そのおかげで、脇にいたリュアたちにも自動的に戦闘経験値が入り、レベルが高まったのだろう。しかも災害級の魔物だ、そのステータス上昇っぷりも普通ではない。
ステータスを上げるだけなら有効な修行方法だ。
「もしかして……先生はこうなることを見越して私たちにこの授業を……?」
なんという凄腕教師だ。
かなりスパルタ的だが――彼についていけば、本当に私はレインフォート流を極められるかもしれない。そうすれば、いずれは父の背中だって……!
「よし、私は負けてられない! いくぞ、ミアっ!」
さらなる高揚感とともに、リュアは戦場に突っ込んでいくのだった。