凡人、謎のモテ期が到来する
「……わかったよ」
ほどなくして俺は答えた。
「正直、実感は全然わかないけど……でも、こんな俺でも強くなれるんなら……」
才能もない。
特殊な能力もない。
先日は右腕を失ったばかり。
すべてにおいて凡人の域を出ない俺だけれど、あのクソッタレ転生者に世界の命運を託すわけにはいかない。凡人は凡人なりに、最後まで足掻いてやるさ。
「そうか……! 引き受けてくれるか……!」
女神の声が数トーン高まった。
「感謝する。おぬしが協力してくれるなら百人力じゃな」
――パチン。
そして彼女が指を鳴らしたのと同時に、風景が元に戻った。
おぞましい屍の部屋から一転して、見慣れた夜の草原に。あの鼻をつくような悪臭はもうない。代わりに、生暖かな風がふわりと俺の頬を撫でていった。
「……本当にすごいよな。転移術、だったか」
「ふっふっふ。おぬしもこれくらいはできるようになってもらうからの、楽しみにしておれ」
そう言ってでかい胸をたぷんと張る女神。
いまさらながら目に毒である。
それにしても、俺が転移術か。ちょっとだけワクワクしてしまうな。
「ダーリンよ。そういえば、我が名をまだ紹介してなかったな」
ふいに女神が言った。
「女神一族が長――リアヌ・サクラロードと申す。気軽にハニーちゃんとでも呼ぶといい」
「よ、呼べるか!」
女神一族のトップってことは、こう見えてかなり偉いんだろ。
ハニーちゃんなんて……呼べるわけがない。
「で、どうするんだ? これから厳しい特訓とやらがあるんだろ?」
「むー。相変わらずせっかちじゃのう」
不満そうに頬を膨らませるリアヌ。
見てくれだけで言えば二十代前半っぽいし、かなり可愛いんだけどな。口調とのギャップが半端ないというか。
「さっきも言ったじゃろう。おぬしに必要なのは休息。とりあえず今日はぐっすりと寝て、本格的な修行は明日からとしよう」
「そ、そうか……」
まあ、今日一日だけで色々あったからな。
休息も大事な修行のひとつ――ということくらいは俺でもわかる。
「だが、あんたはどうするんだ? 寝床のある場所まで転移するのかよ?」
「なに言うておる。今日はおぬしにお持ち帰りされるんじゃぞ」
「はっ……!?」
「ふふふ。立派な剣士となるには、立派な男になることも重要じゃからの」
「ほ、ほんとかよ……」
思いっきり胡散臭いんだが。
「冗談言ってないで帰れ。部屋にあんたみたいなのがいたら眠れ――」
「あれ、アシュリー。こんなところでどうしたの?」
「っっっっっっ!!」
突然新たな声が聞こえて、俺は思いっきり動揺した。
マリアスの声だ。
まずい。
こんなところでリアヌとわちゃわちゃしているところを見られたら……っ!
「まったく……。安心せい。変化の術くらい心得ておるわい」
リアヌの声が耳元で聞こえた――ような気がした。
瞬間。
「にゃーん」
さっきまでリアヌがいたはずの場所に、可愛らしい子猫が出現した。彼女の髪色と同じように黄金色の体毛をしており、アクアブルーの瞳がなんとも可憐である。
変化の術……ってことは、この猫はリアヌの変身した姿っってことか? 女神はそんなこともできるのか?
気になるところではあったが、問いつめることはできなかった。目前までマリアスが歩み寄ってきたからだ。
「アシュリー? どうしたの? こんな夜更けに……」
「な、ななななんでもない。風に当たりたくなってな」
「そうなの? なんだか女の人の声が聞こえたけど」
「き、気のせいじゃないか?」
「にゃーん」
おいクソ猫、絶妙なタイミングで鳴くんじゃない。
「おまえこそどうしたんだよ。魔物は出ないが、剣も使えないのにこんなところにいたら危ないぞ」
「そ、それは……」
マリアスはしばらく逡巡しているようだったが、意を決したように後ろ手に持っている物を差し出してきた。
「こ、これ……っ!」
「へ?」
弁当箱……か?
もしかして、これを持ってくるためだけに……
「よ、よかったら食べて。色々大変だと思うけど、わ、私は、あなたこと応援してるから」
「あ、ありがとう……」
「にゃーん」
だから変なタイミングで鳴くなよクソ女神が。
「私は剣のこと詳しくないけど、困ったことがあったら助けになるから。そ……それだけっ!」
そう言い残すと、顔を赤くして村の方向へと走り去っていった。
「…………」
そうか。
俺が強くなるべき理由はここにもあったんだな。
「にゃんにゃんにゃーん」
脇では、クソ生意気な猫がなぜか怒ったように頬をつついてくるのだった。
作中に登場する動物キャラって和みますよね(ノシ 'ω')ノシ バンバン
ずっと書いてみたかったんです(ノシ 'ω')ノシ バンバン