凡人は過去を思い出す
……うん。
ミアもリュアも、かなり見所がありそうだな。
それぞれに気になるところはあったが、それは今後直していけばいい。十代半ばでこれほどの実力があるのなら、充分に及第点だろう。
「アシュリー先生……恐れ入ります」
大剣を背中の鞘にしまったリュアが、不安げに訊ねてきた。
「先生から見て、その……私の腕前はいかがでしょうか」
「うん。さすがの実力だと思うよ。まだ17歳だっけ? 充分充分」
「そう……ですか……」
しかしリュアの表情は依然晴れない。
「正直に仰ってください。――私はこのままで、レインフォート流を継げるでしょうか? 剣聖の名にふさわしいでしょうか……」
「リュア……」
そうか。
彼女はわかってたんだな。
自分の素質を。
突きつけられた現実を。
「率直に言おう。……いまのままでは、正直厳しいと言わざるをえない」
仮にもレインフォートの名を継ぐ者として、彼女はこれまで、血の滲むような努力をしてきたのだろう。
父の想いに応えるために。
世間の期待に応えるために。
その甲斐あってか、彼女はたしかに強い。立ち回り方は達人に迫っているし、剣筋も見事なものだ。
……けれど、この世界では、努力ではどうあっても乗り越えられない壁が存在する。
――ステータス。
かつての俺がアガルフ・ディぺールとの落差に落ち込んだように、いくら鍛錬を積んだところで、ステータスの数値の高い者が勝利を収める。
これは努力の他に、天性の要素が強いからな。本人の意志だけではどうしようもない。
「…………っ」
俺の辛辣な言葉を聞いたリュアが、ぎゅっと歯噛みする。
その切ない想い。
やりきれない情熱……
そのすべてに、俺は覚えがあった。なまじ自分に同様の経験があるだけに……
だからこそ、リュアの表情から、ひとつの事実を読みとることができた。
「ふふ。リュア……そうとわかっていても、それでも君はまだ諦めきれてないみたいだな?」
「え……」
彼女の目が大きく見開かれる。
「だってそうだろう? ここまで頑張ってきたんだ。《才能がありません》ってだけで、諦められるわけがない。君はまだ希望を捨てていない……違うか?」
「せ、先生……。私は……」
リュアの瞳は数秒間揺れていたが、やがて、強い光を讃えて俺を見据えた。
「強く……なりたいです……。レインフォート流の名に恥じないように……父の期待に応えるために……」
「ふふ……そうだろう?」
俺は微笑みかけると、右腕につけられた銀の装具を外した。リアヌにつくってもらった装備で、腕の付け根から指先までを模してある。
だから普段は、俺の本当の姿なんて見えやしない。
「な……!」
「あらら……!」
俺のなくなった右腕を見て、リュアとミアが驚きの声をあげた。
さすがに仰天したようだ。ニュース記事でもここまでは報道されていないみたいだな。
「アシュリー先生……そ、それは……」
口をパクパクさせるミアに対し、俺は苦笑とともに答える。
「昔、仲間との事故があってね。俺は利き腕をなくしてしまった。もちろん俺は絶望したよ。もう二度と剣を握ることもできないってね。それでも――」
俺は左腕で剣を構えると。
そのまま横目で、新たな敵の居所を捉えた。
「ぴ、ぴぎ……!?」
こっそりと近づいてきていたゴブリンが、驚いたように立ち止まる。
――皇神一刀流。
――神々(こうごう)百閃。
「ぴ、ぴぎゃぁぁぁぁあ!」
俺の左腕から放たれた幾千もの剣筋が、的確にゴブリンたちを捉える。EXステータスはまだ解放していないが、そこまでしなくとも、この魔物ごときはどうってことない。
偉大なる師匠――リアヌのおかげだ。
そう。
俺はリアヌのおかげで変わることができた。
今度は、俺が――彼女と同じ役割を果たせばいい。
「あっ……」
「な、なんて神々しい……」
リュアもミアも、俺の攻撃にすっかり魅入られてしまったようだ。
仮にも女神直伝の技だからな。そりゃインパクトも特大だろう。
「それが……アシュリー先生の剣……ですか……。なんと美しい……」
いまだあっけにとられているリュアに向けて、俺は意識して優しく微笑みかけた。
「才能なんて関係ない。ずっと抗い続けていれば、きっと未来は開けるはず。君だって、絶対に成功できるさ」
「あ……」
「だから一緒に乗り越えよう。必ず道筋は示してみせる」
「ア、アシュリー先生……」
そう呟くリュアの声はちょっとばかり震えていた。
「あら。リュアちゃん、どうしましたか? 顔が赤いですわよ?」
「や、やかましいぞミア! 茶々を入れるな!」
なぜか小悪魔的に笑うミアに、ぎゅっと目をつぶるリュア。
「……アシュリー先生。あなたのおかげで元気が出ました。道のりは遠いですが、必ずや、乗り越えてみせます。……できたら、先生とご一緒に」
「はは、俺なら一生付き合っても構わないぞ? 教師の期間は終わっても、会うことはできるからな」
「い、一生……」
「あらどうしましたかリュアさん。さっきより顔が……」
「だからおまえはいちいち茶々を入れるな!」
どこまでも仲の良い生徒たちだった。