凡人、生徒ができる。
「お、おはよー……」
入室と同時に、俺は消え入るような声で挨拶をする。我ながら情けない声だったが、室内の空気が一瞬にして変わったのが感じられた。
そして。
「「お、おはようございますッ!!」」
ほぼ反射的に、威勢のいい挨拶が返ってきた。律儀なことに、ずっと立って待っていたらしい。
「えっと……生徒は君たち二名かな?」
思ったより少ないな。
ま、ルラエンドが《少数精鋭》って言ってたし、こんなもんかな。
いきなり何十名の生徒なんて見切れないからな。教師の経験なんてないし。
「はい! 今日からお世話になります、ミア・フォーストと申します!」
ガチガチに緊張した様子でそう自己紹介するのは、俺よりずいぶん小柄な女生徒だ。薄緑のショートヘアがなんとも特徴的で、顔もふんわりしていて可愛らしい。
なんだろう、メルヘンチックという言葉が似合う生徒である。
緊張からか、顔が真っ赤っかだ。人前に出るのは苦手なタイプかな。
「ミアか。よろしく。俺は――」
「アシュリー・エフォート先生! 話は聞きました! あの魔神シュバルツを倒したんですよね!」
「あ、ああ。そうだけど……」
恐れ多いことに、とっくにご存知だったようで。
「すごいです! しかもSSSランクにまでなって……一度、お会いしてみたかったんです!」
「そ、そうか……」
「はい。アシュリー先生なら、きっと……」
「こらこらミア。喋りすぎだぞ」
そう言って会話を制したのは、もう一方の女生徒だ。ミアと違って冷静沈着な様子である。
こちらは青色のロングヘアに、すっと大人びた顔立ちだ。かなり綺麗な顔立ちで、ミアとは違ったタイプの美人といえるだろう。
「すみませんアシュリー先生。ミアは喋り始めたら止まらなくて……」
「はは。いいんだよ。……よければ、君の名前も教えてもらえるかな」
「はい。リュア・レインフォート。ミアと同級生です」
「レインフォート……」
その名前には聞き覚えがあった。
しばらく黙考したのち、訊ね返す。
「もしかして……《剣聖》レインフォート氏の娘さんかな」
「はい。さすがはアシュリー先生……すぐに見抜かれるとは」
「いやいや。その隙のない立ち居振る舞い……見てればわかるさ」
レインフォート流とは、ここリングランド王国に存在する流派において、一、二を争うほどに強力な剣技である。
特に師範のワイズ・レインフォート氏は剣聖とまで呼ばれており、王国軍の幹部を務めているほどだ。
彼女はその剣聖の娘……
さぞ鍛えられてきたのだろう。立ち居振る舞いが素人のそれとは段違いだ。
そんな意味を込めて賛辞の言葉を投げかけたのだが、しかしリュアの表情はやや暗い。
「いえいえ……私などまだまだです。父上から認められぬ私など……」
「え?」
「もう。リュアちゃんこそ喋りすぎです!」
今度はミアが会話を遮ってきた。
ま、確かに喋りすぎたかもな。休み時間ならともかく、授業にはふさわしくない会話だろう。
それにしても……ふむ。
いまのところ、ユージーン大臣の企みがまったく見えないな。こんな依頼を出して、いったいなにをしようとしているんだろうか。
臨時教師たる俺に任されているのは、主に《戦闘分野》と《基礎知識》の能力向上。
あまり在籍期間も長くないし、さっそく二人の腕前を確認したい。カリキュラムを組むのはそれからだろう。
「ミアにリュア。いきなりだけど、二人とも実戦経験はあるかな?」
「そうですね。ゴブリンくらいなら……」
「私も、実際の戦闘となるとキングオークくらいでしょうか」
なるほど。
ミアはゴブリン――つまり最弱の魔物としか戦ったことがない。
リュアはさすがレインフォート流の娘というだけあって、ワンランク上の魔物と戦ったことがあるようだな。
「……二人のレベルはわかった。いまからオリエンテーションも兼ねて、ある場所を攻略してもらおうと思う。俺は基本的に見守っているだけだが、必要なときは手を出させてもらう。いいかな?」
「「はい!」」
二人の元気な返事が重なる。
「し、しかしアシュリー先生。いまから王都を出るのですか? そうすると、かなりの時間が……」
リュアが当然の疑問を口にする。
ま、王都は広い。端から端まで歩いたら、それこそ数日はかかる。だから王都内の行き来であっても馬車を使うことがよくあるのだ。俺も兵士時代に世話になった。
「心配はないさ。……二人とも、こっちに来てくれないか」
「……? はい」
ハテナマークを浮かべながら、指示通りに近寄ってくる二人。
……さて、と。
俺は体内の魔力を解放すると、《転移術》を発動する。新緑色の輝きが俺の周囲に発生し、続いてミアとリュアをも包み込む。
「へっ……!?」
「な、なんだこれはっ……!?」
二人がぎょっと目を見開いた、その瞬間。
周囲の景色が、高速で後ろに流れゆき。
次の瞬間には、俺の故郷――エストル村についていた。
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