凡人、人外認定される
人々の視線をかいくぐるようにして、俺はなんとか冒険者ギルドに到着した。
「ち、ちわーっす……」
ルネガードのそれよりだいぶ大きい扉を、肩を縮めながら押してみる。そうしながら、俺はちょっとした胸のざわつきを感じていた。冒険者登録したときよりも、また別種の緊張がある。
ざわっ、と。
どうしたことか、俺が入室した途端、室内の空気が変わった気がした。見たことのない冒険者が入ったから――というわけではなさそうだ。
「……ち、ちわー」
数々の視線を感じながら、俺は受付カウンターに向かう。
王都の冒険者ギルドは、言うまでもなく世界最大級。
もちろん冒険者の数も多いので、視線の数が多いったらない。街中のほうがむしろ良かったかもしれない。
ひとまず、Aランクに昇級したらさっさと依頼を受けてしまおう。こんな居心地の悪い空気はもう嫌だ。
――と。
「おお!! 君はもしや……!?」
快活な声で呼ばれ、俺は肩を竦める。おそるおそる振り向くと、そこには大柄な女性の姿が。
「アシュリー・エフォート君ではないか!? そうだよね!?」
「は、はい……」
なんだか妙に声の大きな女性だ。
しかもルハネスと同じくらい身体がでかい。大剣という得物もルハネスとそっくりだ。
「私はルラエンド。SSSランクの冒険者だ」
「SSSランク!?」
マジかよ!
SSSっていったらギルドの最高ランクじゃないか。
実力はまさに人外、おそらくアガルフや亡きレイリーよりも圧倒的に強い。
「話は聞いているよ! 此度、君が魔神シュバルツを倒したようだね?」
そう言いながらバンバン肩を叩いてくる。
「は、はあ……」
本当は俺ひとりじゃないんだが。
リアヌやマリアスのことまで話したら面倒なことになりそうなので、とりあえず頷いておく。
「凄いじゃないか! 君のような逸材がギルドにいながら気づかなかったとは! 我が認識の甘さを痛感しているところだよ」
そんなそんな。
女神の猛特訓のおかげで急成長しただけだし、むしろ気づけなくて当たり前だ。
俺がひたすら恐縮していると、ルラエンドは急に両の眉を垂らした。
「ときに、その……ルハネス殿はどうなった? 一報によると、戦死してしまったとか……」
「え、えっと……」
そう。
俺も始めは戦死したと思っていた。
だけど、それはただのまやかしで。
真の黒幕こそが、彼――ルハネス・ゴーンで。
あのサヴィターですら、ルハネスの下につく始末で……
正直、当の俺ですら頭の整理がついていないままだ。
ここは下手なことを言うべきではないだろう。俺はルラエンドから目を逸らして言った。
「はい……ルハネスさんは、最期まで俺を守ってくれました……」
「そうか……彼らしい最期だな……」
ルラエンドはしんみりといった様子で両目を閉じる。
どうやら、やけに仲が良かったみたいだな。
恋人……という感じでもなさそうだけど。いったいどういう関係なんだろうか。まあ、それを聞くのはさすがに野暮か。
「……いやすまん、暗い空気にして悪かったね。これではSSSランク失格だよ、はは」
「いえいえ……親しい人が亡くなったら誰だって悲しいですよ」
「まあな。だが私はギルドの先陣を切る者。挫けている時間などない」
そう言ってにやりとするルラエンド。
よくわからないが、肉体的にも精神的にも相当に強い人物だってことがわかる。さすがはSSSランクってところか。
と考えているところで、ルラエンドは急にとんでもないことを言い出した。
「ところでアシュリー君。君にSSSランクへ昇格してもらおうと考えているのだが、どうかね!?」
「へっ!?」
SSSランクだって!?
そりゃいくらなんでもやばすぎだろ。
こちとら、ただAランクになりにきただけだぞ……?
俺が目をぱちくりさせている間にも、ルラエンドはもの凄い勢いでまくし立ててきた。
「なんたって、SSSランク級でさえ適わない魔神を倒したんだんだよな! 私より強いんだろう、え?」
「そ、そりゃ、まあ……」
どうなんだろなぁ。
あのEXステータスってやつ、やたら体力使うし。
普段は普通のステータスをキープしていたほうが、正直楽ではある。それでもアガルフとタメ張れるくらいには強いから、充分にやっていけるはずだ。
体力面を考えたら、ルラエンドに勝てるかどうか微妙なところである。
そういうわけで、俺は丁重に断ることにした。
「いやぁ、俺なんかにはまだ早いですし、Aランクくらいで……」
「なにを言うんだ! 魔神を倒した功労者がSSSにならなきゃ、国民が納得しないぞ!! さあ、早く手続きするんだ!」
「で、でも、SSSランクってそう簡単になれるんですかね……」
「なにを言う! 魔神討伐という功績を成し遂げたんだから昇格できて当然だ! 私も推薦するぞ!」
……断れなかった。
正直に言って煮え切らない部分もあるが、AランクよりはSSSのほうが依頼の幅も増えるだろう。
仕方ない、かな……
「わかりました。こんな俺でよろしければ、SSSランクに……」
「はっはっは! その言葉を待ってたよ、アシュリー君!」
そう言ってまたバンバンしてくるルラエンド。
――ほんと、元気の塊みたいな人である。