英雄になった無名冒険者
それから俺たちは、しばし別れを告げることとなった。
今後サヴィターと対峙するならば、マリアスの戦闘力が正直心許ない。一般人よりは格段に強くなったといえど、神の領域はそれの遙か上をいく。
俺もEXステータスを手に入れ、数値の桁が数百倍になった。
けれど、そんな俺でも単身では魔神シュバルツには勝てなかった。
この事実を見ても、神がいかに強大かわかるだろう。
というわけで、リアヌやマリアスとは少しの間別れることになる。
今回は《幽世の神域》は使わないようで、時間がかかってしまうとのこと。
まあ、仕方のないことだろう。
無理に戦場に出て、マリアスが死んでしまったら元も子もない。
そして。
かの転生者、アガルフ・ディペールも、俺とは別に行動することを選択した。
彼の今後はかなり暗い。
まともな衣食住を失っただけでなく、勇者としての評判もなくし、右腕も失った。
転生者としての腕前を持っているとはいえ、厳しい生活を強いられることは間違いない。
それでも彼は、ひとりで生きていくことを選択した。俺に迷惑をかけたくないらしい。
その揺るぎない意志を前に、俺はなにをも言わなかった。アガルフいわく、これも贖罪のひとつだという。
さて。
それとは別に、もうひとつ新展開があった。
最強の転生者――キーア・シュバルツの肉体だ。
驚くことに、彼女は生きていた。
俺がさっき撃退したのは、魔神の魂だけ。
キーア・シュバルツの肉体は、かろうじて命をつなぎ止めている状態だという。いくらなんでも驚いたが、さすが最強の転生者というべきだろうか。
とはいえ重篤状態であることに変わりない。人間の力では完治できないということで、ここはリアヌがいったん彼女を引き取ることとなった。女神族の魔法にかかれば、あるいは光明を見いだせるらしい。
ということで。
新たな決意を胸に秘め、それぞれはしばらく別の道を歩むことになったのだった。
リアヌもマリアスもかなり寂しそうにしていたのが印象的だった。
★
「さて……」
全員が立ち去るのを見届けた俺は、今後の方針を決めることにした。
といっても、ほぼほぼ考えてあるんだけどな。
ギルドに行って、ルハネスから貰った推薦書を使うのだ。
敵にもらったものを使うのは癪だが、使えるものは使わないとな。
冒険者のランクが上がれば、それだけできることが増える。邪神族の動向も把握しやすくなるだろう。
ちなみにだが、激闘による傷はリアヌによってすべて回復している。
金銭面においても、アガルフにかなり援助してもらった。
勇者だからという理由で、財産は余りあるほど持っているという。
最初は断ったのだが、どうしてもと押しつけてきたので、その厚意に甘えることにした。当面の生活はこれで問題ない。
ということで。
俺は転移術を発動し、いったん王都に向かうのだった。
★
リングランド王国。
その規模は果てしなく大きい。
周辺の中小国では相手にならないほど、膨大な人口や土地、財力、武力を抱えている。
――その王都で、俺は以前まで兵士を務めていた。
アガルフに右腕を奪われるまでは。
これは非常に名誉なことだった。
リアヌに会うまでの俺も、転生者には遙か及ばなかったが、そこそこの腕前を誇っていた。少なくともファトル村では俺が一番強かった。
まあ……精鋭が集う王城では、そんな俺ですら底辺だったけどな。まだ若いってのもあるだろうが。
体感的には実に三百年ぶりに――俺はその王都に帰ってきた。
昔の職場の周辺であるだけに、妙に懐かしい気分が胸中にこみ上げる。
行き交う人々の数、建物の数、露店の数。
そのどれもが圧倒的だった。
商業都市ルネガードもかなり賑やかな場所ではあったが、それすらちっぽけに感じてしまうほどである。
これだけ人通りが多ければ、昔の知り合いに会うことも難しい。
その王都はいま――異様な空気に包まれていた。
「号外! 魔神シュバルツ倒れる!!」
「商業都市ルネガード、一瞬にして焦土と化す……!」
そんなチラシがちらほら地面に落ちているのが見て取れる。
当然だが、魔神シュバルツ云々の件は大々的にニュースになっているな。魔神は不安の種だったし、当たり前の話である。
まあ、これが大臣らの自作自演だったことを考えると、正直煮え切らないんだが。今頃ユージーン大臣はなにをしているんだか。
と。
「…………!?」
ふと、俺はあるニュース記事に目を惹かれた。
「魔神を倒したのはなんと片腕の冒険者!? その英雄の名は……」
そんな見出しとともに、俺の姿が遠巻きに映っていたからだ。
――あかん。
そういえばそうだ。
魔神シュバルツを倒した後、住民たちに思いっきり名乗ってしまっている。もしかしなくても、これって結構めんどくさいことになってないか……?
気づけば、通行人がときおり俺をチラチラ見てきている。
「く、くそっ……!」
俺は目立つのがどうも苦手だ。
そのまま逃げるようにして、冒険者ギルドに向かう。
――その後、さらなる注目を浴びることも知らずに。