最強転生者の裏側
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「それが……すべての始まりか……」
商業都市ルネガード。
魔神シュバルツが死亡し、ルハネスとサヴィターが去った後、リアヌ・サクラロードがぽつぽつと過去のことを語らい始めたのだ。
そもそも、神とはなにか?
女神族と邪神族の違いはなにか?
いままで曖昧だった疑問が、なんとなく氷解した。
そして女神族と邪神族が、ほぼ同等の勢力を持っていることも。
その話を聞いている間、その場にいる誰もが黙りこくっていた。
俺はもちろん、マリアスやアガルフも。
神の起源なんて、それこそ普通に生きている人には知る由もないからな。
「……本来はここまで話すつもりはなかったのじゃがな。事ここに至り、そうも言っておれなくなった」
リアヌはそう呟くと、改めて俺の頭を撫でてきた。
俺はといえば、魔神との激闘で疲れ果てているので、女神様の膝枕を堪能中である。
「アシュリー、マリアス……。改めてお願いしたい。邪神どもの企みを……ともに止めてはくれまいか」
「…………」
やはり、鳥肌を禁じ得ない。
最初はアガルフに対抗するために修行してたのにな。
話のスケールが一気にでかくなった。
本来ならば、凡人たる俺が手を出せる領域ではないだろう。
だが――
「サヴィターの企みは、闇の至宝を蘇らせて――《殺戮と闘争》を引き起こすことなんだよな」
「しかり。それによって人類を進化させようと考えておるわけじゃ。妾からすれば狂気の沙汰じゃが……」
「いや……俺もまったく同意だよ……」
だって、そうだろ?
あいつは再び、今回のような大騒動を起こすつもりなんだ。
そんなもん、許せるわけがない。
「俺なんかが役に立つかわからないけど……やるよ。こんなの放っておけないさ」
「わ……私も! できることは少ないけど……」
マリアスも賛成を示してくれた。
そして――
「…………」
いまだ気まずそうに黙りこくるのが、転生者、アガルフ・ディペール。
リアヌが長話をしている最中も、なにも言わず、ずっと沈黙を保っていた。
俺と目が合いかけると、慌てて視線をずらすのだ。
その様子に気づいたのか、女神がふいに転生者に視線を送る。
「転生者アガルフ・ディペール。此度、お主は多くの犠牲者を出し、魔神復活を手伝ってしまった。――じゃが、思い出してほしい。本来、お主はそんな人間じゃったか?」
「え……」
大きく目を見開くアガルフ。
「そうだな。それは俺も疑問だったよ」
俺も続いて口を開いた。
魔神との戦闘中、アガルフがぽろっと内面を吐露していたのをいまでも覚えている。
前世において、彼も迫害に遭っていたことを。
それによって、人の痛みに誰よりも敏感になっていたことを。
なのに――転生直後、彼は俺の右腕を奪った。
自分の過去を忘れ、自己承認欲求だけに取り憑かれてしまったかのように――
「…………」
アガルフは数秒の間、天を仰いでいた。なにかに葛藤している様子だ。
やがて……ぽつりと話し始める。
「……言い訳をするつもりはないが、転生する前、何者かが俺に語りかけてきたんだ。コロセ……コロセ……ウバエ、カチトレ……、ってな。そしたら、なんだか大きな快感に包まれて……」
ふむ。
なにかの偶然だろうか。
地下水路で、キーア・シュバルツに語りかけていた《声》と似ている気がする。
「……つまり、お主も被害者のうちひとりというわけじゃ。サヴィターに闘争心を刺激され、人としてのあり方を消されてしまったのじゃよ」
「くっ……」
そこで悔しそうに表情を歪めるアガルフ。残った左の拳をぎゅっと握りしめ、瞳には涙を溜めて。
いままでため込んできたなにかを爆発させるかのように、滂沱の涙を流し始めた。
「アシュリー・エフォート……。お、俺は、なんてことを……!」
「アガルフ……」
「俺が……俺がもっと強ければ……こんなことには……! アシュリーが死ねと言うのなら、俺は……」
「もういい。いいんだ、アガルフ……」
魔神シュバルツとの戦いにおいて、アガルフは身を挺してでも俺を守ってくれた。
結果、彼の右腕は消滅した。
これ以上――なんの罰があるだろうか。
人格さえも消して、闘争心を呼び起こす……
改めて、サヴィターのやろうとしていることがいかに危険が、わかった気がした。