凡人の英雄譚の、これが始まり
「ルハネスさん……?」
俺はたっぷり数秒間かけて、上空に浮かぶルハネスを見上げ続けた。
と同時に。
どことなく寒気を感じている自身に気づく。
死んだと思っていた彼の生存。
それは言うまでもなく、喜ぶべきことのはずだ。
なのに――俺の心境は微塵も揺るがない。
それどころか、嫌な予感さえする……
「なるほど……やはりか……」
リアヌだけはすべて合点がいった様子で、キッとルハネスを睨みつけた。
「ルハネス・ゴーン。お主がすべての黒幕じゃったか……!」
「はっは。参ったねえ。そんな悪者みたいに言わねえでくれよ」
ルハネスは相変わらずの飄々とした態度で後頭部を掻く。好感の持てる爽やかな笑顔といい、これも記憶にある《Sランク冒険者》そのままだ。
そんな彼が――すべての黒幕だと……?
そんなの、信じられるわけないだろうが……!
「ル、ルハネスさん、なんで……っ!?」
だからこそ、俺から発せられた声は情けないほどに掠れていた。
信じられない。
いや……信じたくなかった。
お世話になったルハネスが――サヴィターの味方だったなんて。
「クク、悪ィなアシュリー。こいつを手に入れるためには、どうしても魔神を蘇らせる必要があったんだよ」
どこか申し訳なさそうに笑いながら、ルハネスはひょいと片手を掲げる。そこに浮かび上がるは、見覚えのある黒い靄。
キーア・シュバルツに取り付いていた、魔神そのものの魂だ。
あのときは恨みのこもった声を発し続けていたが、現在はまるっきり静かだ。ただただ、ルハネスの片手の上で浮かび上がっているのみ。
「そんな、ことって……!」
張り裂けんばかりの悲哀が、俺の胸中を支配する。
……あれを手に入れるために、ここまでの事件を引き起こしたってのか。
あれのために、住民たちは命を落としたってのか……!
「ショックか。ま、そりゃそうだよなぁ」
ルハネスは見覚えのある優しげな笑みを浮かべる。
「……だが、これだけは覚えていてくれ。《現地人》であるおまえが、神と同等の境地に至った。……それが嬉しかったのは事実だ」
「…………」
「Aランクの推薦書は本物だぜ。それを使って、納得のいく道を見つけるといい。生かすも殺すもおまえさん次第だ」
「ルハネスさん……あなたは……」
わからない。
今更、ルハネスはなにを言ってるんだ……
「ふん。なるほどのう……」
リアヌが吐き捨てるようにサヴィターを睨みつけた。
「サヴィター、あれほど言ったじゃろう……! アレには手を出すなと……!」
「ふふ、もう遅い。壮大にして虚ろなる茶番劇……そのプロローグは終わった。私は私の信念に基づいて、ルハネス様についていくまでだ」
「ぐ……おのれ……」
悔しそうに歯噛みするリアヌ。
俺にはなんのことかわかりかねるが、やはり、この世界には俺の知らないことが多く存在するらしい。リアヌの反応を見る限り、相当なものだってのはわかるが。
「さて……アガルフ・ディペールよ」
「え……?」
ふいに、ルハネスが転生者を冷たく見下ろす。
「率直に言って、おまえには魔神によって死んでもらう予定だった。おまえは反吐が出るクズだが、最後の最後で男になったようだな」
「…………」
「だが、おまえはもう用済みだ。王城にも戻る場所はない。これからは適当に生きていくがいいさ。右腕もねえんじゃ、どの道すぐに死んじまうだろうがな」
「な……」
「わかりやすく言えば追放だ。おまえに利用価値はなくなった」
サヴィターがさらに冷酷な言葉で補足をいれる。
「…………」
これに関して、アガルフはなにも言わなかった。ただうつむき、黙りこくるのみである。
「……それじゃ、俺らはここいらでお暇させてもらうぜ。次また生きてたら会おうや」
「ま、待て――」
リアヌの静止も聞かぬまま、ルハネスとサヴィターはいずこへと姿を消した。遠くへ転移したようで、もう気配も感じない。
このとき、俺はまったく予期すらしていなかった。
いままでの一連の事件が、序章の一部であったことを。
プロローグ 終
これにてプロローグ終了です!
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