凡人は足掻く
★
「おりゃあああああああ!」
動けない魔神に対して、俺は次々と剣撃を叩き込む。
強化された敏捷度に物を言わせ、もはや相手が攻撃する暇さえ与えない。魔神が反撃の体勢に入ったときには、すでに俺の剣が奴を捉えている。そのようにして、俺は確実に魔神を追いつめていった。
そんな一方的な攻撃が、いったいどれだけ続いただろう。
さすがは最凶と謳われた魔神というだけあって、相当にしぶとい。俺が全身全霊で切り刻んでいるにも関わらず、致命傷には至らない。ときおりリアヌの強大な魔法も放たれるが、サヴィターとの激闘の影響か、こちらも大きなダメージとはなっていない。
「ウガアアアアアアッッ!」
一方的な蹂躙に、さしもの魔神も焦りを覚えているらしい。懸命に反撃に転じようとするも、いまの俺には通用しない。奴の攻撃を先読みし、的確に魔神を突き刺す。
それでも……魔神は倒れない。
狂気じみた叫びを発しながら、右拳を振り下ろしてくる。俺は咄嗟に地面を蹴って右方向に避ける。
ドシン! と。
魔神の太い拳が地面に直撃し、土埃が周囲に舞う。
間髪いれず、俺は駆けだした。
攻撃を空振ったことで硬直している魔神のもとへ、下段から剣を――
「……馬鹿め」
ふと囁かれた魔神の声に、俺は例えようのない怖ぞ気を感じ取った。だがもう攻撃は止められない……!
「ふんっ!」
突如、なにもなかった空間から巨大な槍が出現し。
俺の右胸を――貫通した。
「かはっ……!」
思いもよらない攻撃方法に、俺はなすすべもない。
激痛、そして吐血。
燃えさからんばかりの痛みを抱きながら、俺は後方に倒れ込んだ。
「馬鹿な……。なぜ……っ」
「ふふ。愚か者よ。私がいつまでもキーア・シュバルツの精神ごときに屈していると思うか?」
「ぐ……」
そうか。
魔神はずっとこの機会を狙っていたのだ。
とっくに理性は戻っていて、俺に強烈な一撃を見舞うために……!
「は……ははは……」
絶望の反動か、意図せずして苦笑が漏れてしまう。
痛い。痛すぎる。
身体が動かせない。
こんなんじゃ、もう戦いどころじゃない……
「ダーリンっ!」
遠くからリアヌの叫び声が聞こえてくる。どうやら俺を助けようと魔法を使っているようだが――
「おっと! 辞めるがよい! リアヌ・サクラロード」
魔神はにやにや笑いながら、俺の首を持ち上げる。
「貴様がなにがしかの魔法を使った瞬間、こいつの首は飛ぶ。それでもいいのか?」
「うぬ……! 小癪な真似を……!」
「ふふ、甘い女め」
なんてことだ。
この俺が人質になってしまうなんて。
ざまぁねえな。
みっともないったらない……
「リ、リアヌ。俺のことは構うな……! 俺ごとこいつを始末してくれ……!」
「し、しかし……っ」
「気にするな。魔神を倒すのが長年の悲願だったんだろうよ。だったら……」
「おのれ人間が! 余計なことをほざくな!」
魔神は怒声をあげ、俺の首を力強く締めてきた。
激痛。
呼吸困難。
俺は声にならない声をあげた。
「まあよい。そこまで言うのであれば、まずは貴様から始末しよう! キーア・シュバルツの精神が屈したいま、邪魔立てする者はおらん!」
「ダ、ダーリンっ!」
「ははははは! 死ぬがよいっ!」
笑いながら、魔神が片方の手を掲げる。
強大な魔力の込められたその拳は、俺ひとりを殺すに充分な殺傷力を秘めていた。
あとはその拳が俺に直撃すれば、もう……
これで、終わりか。
一時期はまだ戦えると思っていた。
けれど。
俺は凡人。
相手は神。
――こうなるのが、運命だったんだ。
と。
次の瞬間だった。
「うおおおおおおおおっ!」
何者かが《転移術》によってこちらに急接近してきた。
――なんだ、いったいなにをしている……!
俺が止める間もなく、闖入者はあろうことか魔神と俺の間に割って入ってくるではないか。
「な、なにっ……!」
魔神が大きく目を見開く。
だがもう遅い。
振り下ろされた魔神の拳が、闖入者の右腕に直撃し。
あまりにもあっさりと、その右腕が吹き飛んでいった。
その闖入者の名は。
「アガルフ……! お、おまえ……!」
「お、俺のことはいい……! 早くこいつを……っ!」
なくなった右腕部分をおさえながら呻くアガルフ・ディペールに、俺は本来の使命を思い出した。
――皇神一刀流。
神々百閃。
全身の激痛を無理やり意識の外に追い出し、俺は懸命に剣を振るった。
そんな攻撃なぞ、本来は魔神には通らないはずだ。
だが。
《アガルフ・ディペールのスキル、『幸運』発動》
「ぐあああああああっ!」
俺の攻撃はすべてクリティカルヒットとなり、魔神に命中した。
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