凡人、転生の秘密を暴きにいく
どれほど抱きしめられていただろうか。
「そ、そろそろ離れてくれないか」
と告げると、女神とやらは名残惜しそうに身体を離した。唇を尖らせながら不満げに言う。
「むー。つれないのう」
「し、しょうがないだろ……」
でかい胸がもろに当たってたし、これ以上密接すると色々と大変なことになりそうだった。これでも俺は男だからな。
「……と、そんなことはどうでもいいんだ」
俺は上がりすぎた心拍数を整えると、改めて女神に問うた。
「おまえはいったい何者なんだ……? なんで俺の事情をそこまで知ってる」
「そんなの決まってるじゃろう。女神だからじゃ」
「答えになってない」
「うぅ、厳しいのうダーリンは」
「ダ、ダーリンって……」
がくりと肩を落とす俺。
どこまでもマイペースな女だ。
女神だかなんだか知らないが、そこまですごい奴には感じられないな。ちょっと抜けてるというか。
「仕方ないのう。面倒じゃから一気に説明するとするか」
「え……」
パチン!
女神が指を鳴らした瞬間、思いもよらないことが起きた。
なんと表現すればいいだろう。周囲の風景が後方に流れていった、というべきか。俺はまったく動いていないのに、風景だけが高速で流れていくのである。
そしてその現象が終わったとき、俺と女神はまったく予期せぬ場所にいた。
――儀式の間。
俺と転生者が初めて出会った、あの場所だ。
壁面には等間隔で蝋燭が置かれているが、光度としてはさほどでもないため、室内全体がかなり薄暗い。部屋の中央部には星を模した紋様が描かれており、なんとなく幻想的な雰囲気が漂っている。
いや、違うな。
幻想的というより、ちょっと不気味なような……
「フフ。懐かしいかの?」
目をぱちくりさせる俺に対し、女神は悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「こ、ここは……?」
「言うまでもなかろう? さきほど転生者を呼び寄せた場所じゃ」
「な、なんだって……!?」
信じられない。
だって、村から王都までは馬車でも数時間かかるのに。しかもそこそこ険しい道のりなのに。その距離をすっ飛ばしてきたというのか。
それだけじゃない。
儀式の間は王城にあるから、必然的に警備も厳重に敷かれている。俺ももちろん、毎日のようにこの周辺を巡回していたはずなのだ。
なのに――女神と名乗るこの女は、容易くこの部屋まで《転移》してきた。
ちなみに、転移術は普通の人間にはできぬ所行だ。
「あ、あんた……本物なのか」
「ふふん。だからそう言っておろうが」
自慢げに鼻を伸ばす姿にちょっとムカついてしまった――のだが、この女、たしかにすごい。
実力は本物だろう。
女神というのはいまだによくわからないものの、魔術に秀でた人物であるのは間違いない。
「――さて、では一から説明を始めようかの」
女神が壁に寄りかかりつつ言った。たいした胆力だ。
「おぬしもここで見たじゃろう? 大勢の魔術師を」
「まあ……そりゃあな」
忘れたくても忘れられるかよ。
あのクソッタレ魔術師め。
「彼奴らは古代より妾たちと敵対する勢力でな……。我が一族を《女神》と呼ぶなれば、連中は《邪神》の一族というべきか」
「え……」
ちょっと待て。
いきなり話がすごいことになってきたぞ。
ってことは、つまりあれか。
ゴマをすりまくってた魔術師どもは、女神と敵対する《邪神》一族だったってことか。
「邪神一族は古来より、《転生術》を狂信的に研究しておってな。異世界から強者を転生させれば、魔王や魔神にも対抗できる……それが奴らの主張じゃ」
「…………」
「じゃが、我が一族は転生術など好まん。精神的に未熟な者がいきなり強大な力を手に入れてしまえば……別の災厄が生まれるのは必然じゃ」
精神的に未熟な者。
そう言われれば、どうしてもあのクソッタレ転生者が思い浮かぶ。
あいつはたしかにとてつもない力を手に入れた。そのせいで俺は腕を失った。
もしかしたら今後、あいつに同じ苦しみを味わわされる人が現れないとも限らない。
「そういうこともあって、我々は昔から転生術に反対しておったんじゃ。だが邪神一族は聞く耳を持たなくてな。長きにわたって術を研究してきた。その結果が――これじゃ」
言うなり、女神は壁の一点を指でつつき始めた。
「なに……!?」
俺はまたしても驚愕する。
女神のつついた部分を起点として、壁面に巨大な紋様が浮かび上がったからだ。不気味な紫色に発光するそれは、見ているだけで恐怖心が煽られる。
「クク、邪神どもめ。生意気に結界なぞ張っているようじゃが、妾にそんなもの無意味じゃぞ」
パリン、と。
女神が再び壁面を小突いた瞬間、紋様は儚い音を立てて割れていった。
と同時に、壁の一部が床に落ちた。どうやらこの先に別の部屋があるようだが――当然、俺はその存在を知らない。長いこと王城に勤めてきたし、城の全体像は把握しているはずなんだが、こんなところに部屋があった記憶はない。
「な、なあ、おまえ、なにをしたんだ……?」
「邪神一族が張っていた結界を軽く吹き飛ばしてやったんじゃ。さあいくぞダーリン。邪神一族の愚かな罪を見せてくれようぞ」
壮大な話っていいですよね(ノシ 'ω')ノシ バンバン