神へと至れ②
全身が熱い。
自分自身が巨大な灼熱になってしまったかのようだ。
それでいて身体が軽い。
手足そのものの重ささえ感じない。
人間を超越し、まさに例えがたい高次元の境地に達したかのような――
「ば、馬鹿な……!」
珍しく魔神が動揺を表に出す。
「この境地……! なぜ現地の人間が……!」
俺にもよくわからない。
こっちが聞きたいくらいだ。
だがそれと同時に、現在が千載一遇のチャンスであることも自覚していた。
魔神シュバルツはいま、明らかに平静を欠いている。
俺の変貌っぷりに驚いているようだ。
こんな絶好の機会を逃すほど、柔な特訓を受けていない。
「ぬおおおおおおおっ!」
俺は甲高い怒声を街中に轟かせ、魔神との距離を詰める。鞘から抜き出した剣を一振り、魔神めがけて叩きつける。
「くっ……!」
それでも魔神はさすがの反応速度を見せた。咄嗟に上半身を後方に逸らし、直撃だけは免れる。
その際、俺の剣の切っ先が、奴の頬をかすめていった。魔神の頬に薄い切り傷が刻まれ、微量の血液が宙を漂っていく。
「な……」
これに関しても魔神にとっては驚きだったようだ。ただの切り傷とはいえ、自身がダメージを負うことがよほど衝撃的らしい。
そこに付け入る隙がある!
剣を空振りした格好となった俺は、そのまま地面に着地するや、振り向きざまの左下段切り上げを見舞う。身体の勢いも上乗せしたその一撃は、今度こそ魔神の胴体を確実に捉えた。
一閃。
飛び散る鮮血。
悲鳴とも怒声ともつかない、魔神の大声。
皇神一刀流。
神々百閃。
俺から放たれる幾百もの剣撃が、次から次へと魔神に突き刺さる。
いくら最凶の神とはいえ、冷静さを失った状況ではなすすべもないらしい。俺の攻撃すべてを、魔神はもろに喰らった。奴の野太い悲鳴が、周囲一帯に響きわたる。
まだだ、まだ終わらない!
魔神を倒すには、この程度の攻撃では全然足りない……!
だが俺の思惑とは裏腹に、魔神はついに反撃に打って出た。両手を大きく空にかざすや、すさまじい衝撃波を放ってきたのである。
「くうっ……!」
さすがの威力だ。
これ以上の追随は不可能だろう。
俺はたまらず上半身を覆い、魔神の衝撃波を利用して後方に下がった。その際に激しく砂埃が周囲に舞い、轟音が響きわたる。
「はぁ……はぁ……」
魔神シュバルツは完全に怒っていた。黒光りした瞳は恐ろしく血走っており、射抜かんばかりの眼光で俺を睨みつけてくる。
「き、き、貴様ぁー!」
肩で息をしながら、魔神シュバルツは大声を張り上げた。
「恐れ多くもこの魔神を傷つけるとは! 断じて許さん! 許さんぞ!!」
その様子を見て、俺は乾いた笑いを禁じ得ない。
――これは大変なことになったな。
俺が必死になって剣を叩き込んでやったってのに、まだまだ元気そうじゃないか。さすがは魔神ってところか……
EXレベルだかなんだか知らないが、いまの俺は所詮レベル1。ステータスの桁は跳ね上がったが、悪名名高い魔神にはさすがに及ばないか。
「許さぬ! 完膚なきまでに虐殺してくれようぞ!!」
魔神シュバルツは両肘を曲げるや、「はあっ!」と気合いのこもった一声を響かせる。途端、紫のオーラが魔神の周囲に出現し、激しく迸り始めた。
「くっ……マジかよ……!」
予想以上に激烈な力に、俺は思わずたじろいでしまう。油断していたらすぐに殺されてしまいかねない。
「アシュリー・エフォート……! 殺す……! 殺してや……がはっ!」
と。
なにが起きたのか、魔神が急に頭を抱えだした。両手で頭部をおさえ、苦しそうに悶え始める。
――なんだ、いったいなにが起きている……!?
俺が目を見開いたのも束の間、魔神シュバルツの姿が一瞬だけ変わった。
恐ろしい魔神の姿ではなく、美しい黒髪の少女の姿に。
『アシュリーさんっ! 私もともに闘います! どうかお力を貸してください……!』
「き、君は……。あのときの……?」
可憐な声を聞いて、俺は地下水路でひとり避難していた少女を思い出す。
「ぐおおおおおっ……! おのれキーア・シュバルツ……! まだ抗うつもりかぁぁぁぁぁああ!」
『あなたは存在してはいけないモノ……! 永遠に、私のなかで眠ってなさい!』
「ぐぬぅ……! 小癪な真似を……!」
「――どうやら、キーア・シュバルツ本人の意識がまだ残っているようじゃの?」
次いで、聞き覚えのある声が響きわたった。