転生者は泣きじゃくる
沈黙が周囲を覆った。
俺も、マリアスも、ルハネスも。
アガルフも住民たちも。
この場にいる誰もが、あっけらかんとレイリーに視線を送っている。すべての者の表情が引きつり、口を震わせている。
地面に横たわる、最強と謳われた転生者――レイリー・カーン。
彼がぴくりとも動かない様子を見て、その場にいる誰もが同じことを考えたのだろう。
「お……おい」
最初に動き出したのは一方の転生者――アガルフ・ディペールだ。
「な、なにふざけてんだよ……。早く起きろよ、おい……」
珍しくも青白い表情で、レイリーの両肩に手をかける。最初は控えめに揺さぶっていたのが、次第に激しくなっていく。声に明らかな焦燥の感情が混じっていく。
「おい! ふざけんなよ! 俺たちが……こんな簡単に死ぬわけが……!」
それでもレイリーは動かない。
白目を剥き、あんぐりと口を開けたまま、まったく身じろぎもしない。自分が死んでいることにさえ気づいていないような――そんな表情だ。
「おい! 起きろ! 起きろよ!」
「ふふ……ははは。ハーハッハッ!」
アガルフの叫び声に被せるようにして、魔神シュバルツが甲高く哄笑する。人の悲鳴がよほど心地いいのか、どこか目つきが酔っている。
「これが前代勇者のエクストラスキル《即死》か。ふふ、これは便利だな」
「エ、エクストラスキル、だって……?」
「しかり。才ある者にのみ、個々に付与される特別スキルだ。前代の勇者はよいものを持っていたな」
「ふざけんな。わけわかんねえよ。そんなもん、俺持ってねえぞ……」
「ふふ、それはそうだろうよ」
そして魔神シュバルツはニタリと笑う。
「転生者として見たとき、おまえたちは強くはない。よくて中の下か」
「な、なに……」
「だが、承認欲求と自己顕示欲だけは人一倍あった。そこを邪神の長につけこまれたようだな」
「…………」
「《最強の転生者》は貴様のような半端者ではない。私が乗っ取っているこの肉体――キーア・シュバルツよ」
魔神シュバルツいわく。
魔神の《魂》は普段、さきほどの黒髪の少女に宿っているらしい。彼女が転生者のなかでも《最強》で、魔神の魂ですら容易には乗っ取れないという。
しかしながら、世界のどこかで《殺戮と闘争》が起こったとき――その力関係が崩れ落ちる。
魔神。それすなわち死と血を好む悪の魂。
ゆえに、殺戮と闘争を感じ取った瞬間、その力が膨大に拡大する。
「言ったろう。アガルフ・ディペール。貴様は駒に過ぎなかったのだよ。私を生み出すためのな」
魔神シュバルツは大仰に両手を掲げるや、恍惚と空を見上げた。
「貴様はおおいに役立ってくれたよ。こちらがちょっと誉めてやれば、すぐさま勘違いして自身の力をアピールする。無双だなんだと称して、殺戮と闘争を引き起こし、私を呼び起こす手助けをしてくれた」
「あ……あぁぁ……」
もはやアガルフにかつてのような傲岸不遜さはなかった。絶望に声を震わせ、一歩、また一歩と後ずさっていく。
「嘘だ……。信じない、信じないぞ……!」
「であれば試してみるか? 我こそが最強と信じるのなら、全力でかかってくるがいい」
「…………」
「ふふ、そう怖がるなよ。貴様は一応の恩人だ。即死スキルは使わない」
「う……う……」
アガルフは泣きそうな顔で後退を辞めるや。
腰にかかっていた宝剣の柄を手に取り、魔神と対峙する。かつて俺の右腕を奪った伝説の剣だが、いまこのときに限っては、なんだか頼りなく見えてしまう。
「うあああああああああっ!!」
アガルフはなかば恐慌をきたしながら、魔神にむけて突進する。
魔神には散々けなされてしまったものの、さすがは転生者というだけあって、俺にはなかなかのスピードに見えた――のだが。
「遅い」
「か、かはっ……ぁ!」
魔神シュバルツには子どもの遊びにでも見えたのだろうか。難なくアガルフの首を掴むと、そのまま容赦なく持ち上げる。
「ふふ……どうしたアガルフ。見せてみろよ。《最強の転生者》ってやつの力をな……!」
「かぁ……ぁぁぁぁあああ!」
対するアガルフは、首を持たれているために声すらまともに出せないらしい。懸命に足を足をジタバタさせているが、魔神にはまったくもって届いていない。
「ゃ……ゃめて……たのむ……ぅ」
「なんだ? 聞こえぬな」
「ぅぅあ……!」
「ふはははは! 魔神に向けて泣いて謝るとはな。勇者と聞いて呆れるわ!」
ズドン!
魔神はひとしきり笑ったあと、アガルフの腹を殴打し、吹き飛ばした。
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