転生者は初めての絶望を味わう
俺は慌てて転移術を発動する。
次いで背後の二人を振り返ると、
「…………!」
両者ともそそくさとこちらに走り寄ってきた。
転移術は近くにいる者でないと《巻き込む》ことができない。俺がなにも言わずとも、二人はそれをわかってくれた。さすがと言うべきだろう。
――だが、現在はそのことに感動している場合ではない。
最悪の敵、魔神シュバルツが町中に出てしまった。俺なんかが到底勝てる相手ではないが、無力な住民たちを差し置いて、自分だけ逃げるわけにはいかない。
瞬間。
新緑の煌めきが、俺の視界をうっすらと覆った。
マリアスとルハネスにも同様の現象が発生し――そして瞬きをした後には、目の前の光景は大きく変わっていた。
商業都市ルネガード。大通り。
多くの住民たちが見守っているなかで、アガルフとレイリーが魔神シュバルツと向かい合っていた。
「あぁん? なんだおめーは」
アガルフ・ディペールの威勢は相変わらずだった。やけに挑発めいた目線を魔神に向ける。
「人間……じゃなさそうだな。人型の魔物か?」
「フフ……そうか。転生者アガルフ・ディペール。貴様が今回、私を生み出すための駒となったわけだな」
「は……? なに言ってんだおまえ」
「安心するがいい。せめてもの敬意として、貴様だけは殺さないでおいてやろう。もっとも、私の力を試す実験台にはなってもらうがな」
「なんだよおまえ……。さっきから意味不明なんだが」
鬱陶しそうに顔をしかめるアガルフ。かつて俺の右腕を奪った宝剣をひょいひょい振りながら、その切っ先を魔神に差し向けた。
「ま、要するにおまえも《敵》ってことでいいな? 俺の無双っぷりを演出するための」
「いいぞー! アガルフ様! やっちゃってください!」
「アガルフ様! どうかこの世界に平和を!!」
周囲の住民たちが興奮さめやらぬ様子で叫んでいる。ナイトワームの軍勢を叩ききった転生者たちに、すっかり酔いしれてしまっている様子だ。
アガルフも悪い気はしないのか、その声援を鼻を伸ばして受け止めている。
「おい……アガルフ。ちょっと待て」
もう一方の転生者、レイリー・カーンはこの違和感に気づいているらしい。怪訝そうな表情でアガルフを見上げる。
「おかしいぞ……。あの女、どこかで見たことあるような……」
「へ? なんだよ、おまえの女か?」
「違う。僕が王城の文献を読み漁っていたのは知ってるだろ? あの女……まさかとは思うが、魔神シュバルツにそっくりだ……」
「は? 魔神? なに言ってんだよおまえ」
そこでヘラヘラと笑うアガルフ。
「《まだ魔神が蘇るには早い》ってサヴィターが言ってたろ? 俺たちはナイトワームさえ倒してりゃいいんだよ」
「…………」
納得しかねる様子で眉根を寄せるレイリー。
どうやら、あの二人は魔神の正体を知らないようだ。それどころか――邪神族の長、サヴィターに嘘をつかれていたように思える。
魔神シュバルツは深紅に染まった眼球をぎろりとレイリーに向けると、鋭利な牙をむきだして笑った。
「ククク……そこまで気になるなら見せてやろう。私の力をな」
「なに……?」
「これは……そうだな。一番最近の《勇者》から奪ったスキルだ。その名も――即死スキルというらしい」
瞬間。
魔神の眼球から、血の色に染められた輝きが発せられ。
「か、はっ……!!」
転生者レイリー・カーンは口から大量の血液を吐き出すと、呆気なくその場に崩れ落ちた。
それはまさに、瞬時にして簡潔。
抵抗もなにもあったものではない。
「う、嘘だろ……!? 嘘だ……無双できるって……聞いてたのに……い、嫌……だ……ぁ」
それだけ呟いたレイリーが動き出すことは、もうなかった。
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