真相② 〜壮大にして虚ろなる茶番劇〜
俺は本能的に感じ取った。
目の前にいるそれの恐ろしさを。
絶対的な恐怖を。
近寄ってはいけない相手に、近寄ってしまったことを。
「アアァァァァアアア……!」
そう呻き始める少女の声に、さきほどの可憐さは微塵もなかった。それこそ悪魔にとりつかれたような、心底から震え上がってしまうような胴間声だ。
「ハァ……ハァアアア……!」
少女――魔神シュバルツは口の両端を不気味なほどに吊り上げると、俺を見てにたりと笑った。
「ハハハ……心地よい……! 人間の身体はやはり堪らんわ……!」
「…………」
ここにきてようやく、俺は真相の一部を悟った。
――魔神シュバルツは突発的に現れては、近隣の人々を殺害し、大規模な被害をもたらす――
あの少女は、ドス黒い靄に抵抗するため、毎日のように苦しんでいるのだろう。
そして、少女があのドス黒い靄に屈したとき――魔神シュバルツが現れる。
ユージーン大臣やサヴィターの言っていた《殺戮と闘争》も、なにかしら関係しているのかもしれない。
考えてみれば、アガルフやレイリーが地上で夥しい数の魔物を殺している。
と。
「ククク……矮小なる人間よ。まずは貴様から手にかけてやろう」
魔神シュバルツの視線が、ひたと俺に据えられた。瞬間、奴の手が闇色に煌めく。
「お、おい! 逃げろ! アシュリー!」
背後からルハネスの声が聞こえるが、俺は動けない。
魔神の飛び抜けた圧力に、全身金縛りにかかっているようだった。
背筋が凍り、手足が震える。
「ん? ぬぬぬ! っっっぐお……!?」
いったいなにが起きたか、魔神シュバルツが急に頭を抱えだした。
「おのれキーア・シュバルツ……! まだ自我を失っていなかったか……! こんな男なんぞになんの恩義を抱いている……!?」
俺は目をぱちくりさせたまま、どうすることもできなかった。
なんだ、いったいなにが起きている……!?
そして。
一瞬だけ、魔神が少女のような可憐な声を発した。
「ありがとう……あなたの優しい言葉、嬉しかったです……」
「え……。さっきの女の子か……?」
「お願いします。せめて、あいつに取り込まれる前に……あなたの名前だけでも……!」
「ア、アシュリーだ。アシュリー・エフォート」
「アシュリーさん……。ありがとう。あなただけは、きっと……!」
その言葉を皮切りに。
「ヌアアアアアアアッッ!」
少女は魔神に戻ってしまった。
さっきまでの優しげな声が、野太い悪魔のそれに切り替わる。
「ハァ……ハァ……私に刃向かうとは……ふざけおって……!」
そしてぎろりと俺を睨みつける。
「アシュリー・エフォート……! 今回だけ特別に見逃しておいてやる。ありがたく思え……!」
そして。
魔神シュバルツは上空に向けて片手を掲げると、巨大な可視放射を放出した。力を溜めている時間などほとんどなかったはずだが、それはあまりにもあっさりと、地下水路の天井を突き破っていく。
「う、うそ……!」
あまりにも常識はずれな威力に、マリアスも素っ頓狂な声を発した。
次いで魔神シュバルツは甲高く跳躍し、なんとそのまま地上に向かっていった。どう見ても人間のできる所業ではない。
そして。
「な、なんだおまえは!?」
ちょうど真上で戦っていたらしいアガルフの、間抜けな声が聞こえてきた。