凡人、謎を解き明かす
――終わったか……
俺はため息とともに剣を鞘に収める。
無論すべてのナイトワームを滅したわけではないが、ひとまずは落ち着いたと見ていいだろう。
マリアスとルハネス。
二人の協力により、少なくともこの近辺にいるナイトワームは一掃できた。
俺はくるりと身を翻すと、いまだ尻餅をついたままの幼女に左手を差し伸べる。
「もう大丈夫だ。……立てるか?」
「あ……。う、うん」
きょとんとした表情で頷いた幼女は、気を取り直したように起きあがろうとした――のだが。
「た、立てない……なんで……?」
「腰抜けちゃったか。いいよ、そのままで」
立てないんなら仕方ない。
俺は幼女の手を取り、優しく起こしてあげた。
「あ……」
なぜか恥ずかしそうに頬を染める幼女。
その際、俺の左手を通じて、軽い《回復魔法》をかけることも忘れない。これで問題なく動けるようになるはずだ。
「……ここは危ない。すぐに大人たちのいる場所に避難するんだ。そこまでは俺たちが誘導する」
「う、うん。あ、ありがとう……」
「どうした? やけに顔が赤いが」
「なんでもないです……」
なんだか様子が変だが、この非常事態だ。戸惑うのも無理からぬことだろう。
「アシュリー、そういうの良くないと思う」
背後では、なぜか頬を膨らませてふてくされているマリアス。
「……なんで怒ってるんだ」
「べーだ。なんでもありません」
「わ、訳わからないんだが」
そして隣では、ベテランのSランク冒険者がクククと笑った。諦観しているような顔だ。
「こんな事態でもおまえさんたちはブレねえなぁ。いつか一緒に、俺の仲間とパーティー組もうや」
「お、お言葉だけでもいただいておきます……」
Sランク級のパーティーとの共闘。
嬉しい申し出だが、いまの俺たちでは邪魔にしかならなそうだ。ルハネスは転生者ではないもの、俺やマリアスより余程才能に恵まれている。マリアスと二人がかりで戦っても、勝てるかどうかわからない。
……と。
雑談をかましている場合ではない。
俺は改めて幼女を見下ろすと、転生者たちの戦っている場所を指さした。
「あそこに、大人たちがいっぱいいる。冒険者や勇者どももいるし、あっちなら安全だろ」
「…………」
しかしながら、幼女は不満顔だ。
「あの人たち……嫌い」
「あの人たち……? 転生者のことか?」
「うん。みんなには勇者って言われてるけど……私のこと、助けてくれなかった。私が魔物に囲まれてるのに、ムシしてあっちに行ったの」
「なに……?」
さすがに眉をひそめてしまう。
どれだけクズなんだ、あいつらは。自分の名声にしか興味ないのだろうか。
「でもアシュリーお兄ちゃんは好き。守ってくれたから」
「はは。そりゃどうも」
なんとも可愛らしい告白だ。
俺が苦笑いを浮かべていると、ふいに、幼女がとある方向を指さした。転生者たちのいる場所とは正反対、路地裏にあたる細い通路だ。
「……あっちに、変な影がいたの」
「ん? 影……?」
「うん。私がそっちを見たら、なんかびっくりしたみたいで……あっちに逃げてった」
影、か。
たしかにちょっと気になるな。
ナイトワームの凶暴性、ひいては異常発生となにかしら関係があるかもわからない。
俺は大先輩に目配せすると、歴戦の戦士も同様のことを考えていたらしく、首肯によって同意を示してくれた。
見る限り、ナイトワームの数は無尽蔵。根本を解決しない限り、意味のない戦いが続くだけだろう。
「教えてくれてありがとう。あっちに行きたくないのはわかるけど、君を危ないところに連れていくわけにもいかない。大人たちのところに避難してもらってもいいかな」
「……うん。アシュリーお兄ちゃんがそう言うなら」
かくして、俺は幼女を安全な場所へ誘導したあと、人気のない路地裏まで向かうこととなった。
表通りほどではないものの、路地裏にもそこそこのナイトワームが陣を張っていた。逃げ損ねた住民たちも助けつつ、俺たちは通路をひたすら進んでいく。
ちなみに、助けた住民からは口々に感謝の意を伝えられた。
いわく、あの幼女と同様、転生者に助けを求めたにも関わらず無視されてしまったのだという。そして絶望しかかっていたところを俺たちに助けられたのだから、それはもう弾けんばかりに感謝された。
ついでと言ってはなんだが、幼女に教えてもらった《影》についても聞いてみた。
すると驚いたことに、ほぼすべての住民が同様のものを目撃したのだという。そしてまた、逃げるように立ち去っていったことも幼女の証言と一致している。
――影が何者かはわからない。
――けれど、確実にこの街に潜んでいる。
その疑念は、聞き込みを続けていくにつれ確信に変わっていった。大混乱に陥っているルネガードのなかにあって、《影》の動きは異様という他ない。
そうしてひたすら路地裏を進んでいったとき、俺たちは地下水路に繋がる扉に突き当たった。
「ん……?」
そこで俺はある違和感に気づく。
この扉は普段、厳重に施錠されているはずだ。作業員以外は立ち入るはずのない場所――のはずだったのだが。
「空いてるな……。力づくで鍵をぶっ壊した跡がある」
ルハネスが扉を触りながら、そう呟いた。
――ビンゴだ。