凡人、女神と出会う
村人たちはやっぱり良い人ばかりだった。
右腕を失ってプータローとなった俺を、よく気にかけてくれる。食事を持ってきてくれたり、金を渡そうとしてきたり……ありがたい話だよな。
けれど、それに甘んじるわけにはいかない。
なんとか自立くらいは果たしたいところだな。このままでは剣を振るうことはおろか、食事さえままならない。左手でスプーンを使うのが意外と難しいことに気づかされた。
……でも、いつか左手だけで生活できるようになったら、今度は冒険者にでもなってみたいな。
いや――
それもきっと夢物語だな。
スプーンすら扱えない俺に、冒険者など夢のまた夢か。
「はっ……はっ……!」
――夜。
人気のない草原で、俺はひとり、剣の素振りに明け暮れていた。魔物のいない安全地帯なので、ここなら安心して特訓に打ち込める。
のだが。
「はは……駄目だこりゃ……。全然だ」
乾いた笑みを浮かべながら、俺は剣を地面に放り捨てる。そのままどさりと地面に座り込むと、額にこびりついた大量の汗を拭った。
たった数十回の素振りでもう疲れてしまった。
右手のようにスムーズに振ることもできない。これではゴブリンはおろか、食用の獣を狩ることさえ困難だろう。よしんば狩猟に成功したとしても、今度は左手で調理せねばならないのだ。
……きついな。
いまはまだ貯蓄が残ってるからいいが、それが尽きたときはどうすればいいのだろう。俺は生きていけるんだろうか。弱者に厳しいこの世界で……
そのときだった。
「ぐずん。健気な男だのう……。苦境に陥ってもなお向上心を忘れぬとは」
「へっ……!?」
ふいに何者かの声が聞こえて、俺は思わず飛び起きた。
誰だ。
女の声に聞こえたが、すくなくとも村人ではなさそうだ。エストル村において、こんな口調で話す女はいない。
「ふふっ、そう警戒しなさんな。妾は味方じゃ。そなたのな」
「み、味方だと……!?」
こんな怪しい知り合いはいないぞ。
なおも俺がきょろきょろしていると、またしてもどこからか声が聞こえた。
「ここじゃよここ。後ろ」
「う、後ろ……?」
言われて振り向くと、たしかに見慣れぬ人物がいた。さっきまではたしかに誰もいなかったはずなのに。
「ほう。なかなか妾好みのカオじゃの。これは数千年ぶりの逸材か」
「て、天使……?」
口調はともかくとして、外見そのものはかなり若く見えた。身長も肌の張りも、まだ十代後半のそれだ。
髪は黄金色に輝いており、それを腰のあたりまで伸ばしている。服装的にはかなり際どい格好で――白い布切れで胸部と股を覆っているだけ――正直、目のやり場に困る。
それでいてスタイルも抜群にいいのだから、男としてどうしても見てしまうのが悲しいところか。
なんだろう。その口調と相俟って、なんだか不思議な雰囲気を放つ人物だった。
「ふふ、天使に見えるか? そうかそうか。そなたはいい男じゃな」
「…………で、誰なんだよあんたは」
警戒だけは怠らず、俺は問いかけた。
「おぬしの推測通りじゃよ。妾は女神……この世を観測せし者じゃ」
「な、なんだって?」
転生者といいこの女といい、よくわからない人と会う日だな今日は。
「女神っていうのはよくわからないが……そんな偉い人が、いったい俺になんの用だ」
「ふふ。会いに来たんじゃよ。そなたにな」
「え……」
「大変じゃったろう。いきなり右腕を奪われ、職場からも追放され……。幸いにして身寄りはあるが、いままでの努力がすべてパーになってしもうた」
「…………」
「それでもそなたはひとりで生きていくと強がっておるが……内心は不安で仕方なかろう。そして――本当は転生者が憎いはずじゃ。自分のすべてを奪ったあの男がな」
「お、俺は……」
「無理せぬともよい。あの村長が言っていたように、そなたに必要なのは休息。あまり自分を追いつめるでない」
そして。
「!?!?」
なにを思ったか、女神がいきなり抱きしめてくるではないか。
「あまり無理するでない。いまはゆっくり休め。焦りは禁物じゃぞ」
「や、休んでいいのか……? こんな、なにもできない俺が……」
「いいんじゃいいんじゃ。神たるワシが言うんだから間違いない」
正直、この女神という女は怪しさ満点だったが――
「妾は怪しくないぞ」
「心を読むな」
こうして話していると、不思議な安心感を感じるのだった。