転生者の裏で
ナイトワームの数は想像以上に多かった。
漆黒竜の周囲にいたのは三、四十体ほどだったが、こちらには優に百を超える魔物がひしめいている。
しかも心なしか、すべての魔物たちの気性が荒い。ナイトワームはもともと獰猛な傾向にあるが、それにしても凶暴に過ぎる。人間に留まらず、互いに食い合っている光景さえ見受けられる。
「おえっぷ……」
その様子を見たマリアスが、我慢ならないといったふうに口元を抑えた。表情がかなり青白い。
「ご、ごめん、私、こういうのはちょっと……」
「……まあ、気持ちはわからなくはないよ」
彼女が忌避するのも無理はない。直視するのもはばかられるほど、ナイトワームの共食いはグロテスクだった。
俺は以前まで兵士だったし、こういうのには若干耐性がある。まあ、それでも正直見たくはないな。
「うーぬ、こりゃ奇妙だなぁ」
隣を走るルハネスも、片方の眉をひそめる。
「これまで何千のナイトワームと戦ってきたけどよ、こんな様子は初めてだぜ。こりゃ、他にもなにかあるな」
「ええ……俺もそう思ってました」
ナイトワームが大量発生している原因は、サヴィターが瘴気を拡散させたため。
それはわかっている。
奇妙なのは、魔物の数が異常に多いことだ。
漆黒竜の周囲より、ここのほうがナイトワームが多いなんて、ちょっとおかしいんじゃないか?
「おっらあああああ!」
「ふっふっふ! 弱い! 弱すぎますよ君たちィ!」
この違和感に気づいていないのか、転生者たちはドヤ顔で無双を繰り広げている。よっぽど周囲の関心を集めたいのか、人の多いところを好んでいるようだ。
やはり、あいつらにこの世界を託すわけにはいかない。俺たちがなんとかしないと。
「いゃあああああああ!」
甲高い悲鳴が聞こえてきたのはそのときだった。
「た、助けて! 勇者様! どうか、どうか私にも目を向けて……!!」
察するに、声の主は幼い女の子だと思われた。
転生者に向けて悲痛な呼びかけを発しているが、アガルフもレイリーもその声に気づいていない。俺TUEEEに夢中になっているばかりに、目立たない場所にいる住民には意識も向けない。
「…………」
俺はマリアスとルハネスに無言で目配せした。
凄腕の剣士たちはそれだけで意図を読み取ってくれたようだ。二人がこくりと頷くのを確認してから、俺は魔法を発動する。
瞬間、俺の視界が急転した。
崩壊しかけた町並みから一転して、ナイトワームの軍勢が視界いっぱいに映り込む。
俺の背後には、さきほど悲鳴をあげていた幼女が、ぺたんと座り込んでいた。
「え……。て、転生者様……?」
目をぱちぱちさせる幼女に、俺は苦笑で答える。
「やめてくれ。あんな奴らと一緒にはなりたくない」
「へ……。あ、あなたは……?」
「アシュリー・エフォート。職も右腕も失った、無名の剣士さ」
「む、無名の……」
「ピギャアアアアアアアッ!」
幼女の声に被せるようにして、ナイトワームが奇声を響かせる。その際に紫色の唾液が飛び散ったので、俺は瞬時に剣で振り払った。あれにも少量の毒性が含まれているので、幼女にかけさせるわけにはいかない。
「うるさい連中だな。もっと静かにできないのか」
「ピルァァァァァ!」
「……聞く耳持たずか。やれやれなことだ」
本当に理性もなにもかも失ってしまったらしい。いったいなにがどうなっているんだか。
だが、いまはそれについて考えている場合ではあるまい。
俺は右腕を空にかざすと、体内の魔力を捻り出した。全身に巡る微細なエネルギーを右腕に集中し、高めていく。ほとばしる熱いエネルギーが、湯気となって俺の全身を包み込んでいく。
そして。
俺が勢いよく左腕を突き出したのと同時、すさまじい爆発がナイトワームたちに襲いかかった。常人であれば触れただけで即死する、俺の得意魔法――ファイア・エクスプロージョンだ。
「ギャアアアアア!」
奇声のような、あるいは悲鳴のような鳴き声が一帯に響き渡る。大爆発に巻き込まれたナイトワームが、全身をくねらせ、悶絶しているのがここからでも見える。
だが、奴らはああ見えて上級の魔物。
これくらいでは死なない。
「ギュ、アアアアアアアアッ!」
焼け焦げたナイトワームどもが、憤怒の眼で俺を睨んでくる。小さな赤眼に明確な殺意を宿らせ、俺に向けて突撃しようとした――そのとき。
「えいやぁぁぁぁぁあ!」
「おらよっと!」
ナイトワームの背後から、ふいに二人の剣士が姿を現した。ひとりは剛胆なる大剣を、もうひとりは繊細なる細剣を使用し、焼け焦げたナイトワームに猛攻を仕掛けていく。
隙を突かれた格好となったナイトワームは大恐慌に陥っていた。二人に反撃する暇もなく、一匹、また一匹と絶命していく。
「ルギャアアアア!」
「うるせえな」
そして俺が眼前で叫ぶナイトワームを斬り伏せたときには、すべてのナイトワームが果てていた。