凡人は、それでも諦めない
「転生者様! 助けてくださりありがとうございます!」
「あなた方は我らの希望です!」
ルネガードの住民たちが、口々に賛辞の声を投げかける。みな転生者によって命を救われた者たちばかりだ。
「魔物どもはなんとか俺たちが食い止める! おまえたちはなんとか生き残れよ!」
「はい……! 本当に、本当にありがとうございます!」
そう言って一斉に頭を下げる住民たち。一部には泣いてる者までいるから、転生者のすさまじいまでの人気っぷりが窺える。
それも無理はない。
わずかに残った冒険者たちでは、戦闘力がなさすぎてまったく頼りにならない。加えてナイトワームは上級の魔物だから、そこいらの冒険者では歯が立たないのだ。
実際にも、転生者たちのすぐ近くで、残留冒険者がナイトワームと決死の戦いを繰り広げている――のだが。
「くおおおおっ……!」
ナイトワームの猛攻に、冒険者は手も足も出ていない。野太い悲鳴をあげ、噛みつき攻撃を防ぐのだけで精一杯だ。
その周囲では、数人の冒険者たちが伏せてしまっている。猛毒にやられて動けないのだと思われた。
「ぬ、ぬあああああっ!」
ナイトワームの攻撃に、とうとう冒険者が音を上げた――そのとき。
「とゅりゃあああああ!」
アガルフ・ディペールが気合いの一声をあげ、なんと冒険者に助太刀するではないか。
「秘技……閃光刃!」
アガルフの放った無慮百もの剣撃が、ナイトワームを的確に捉える。その一撃一撃に強烈な輝きが込められていて、まさに勇者のイメージにふさわしい姿だった。
「ぷぎゃあああああ!」
さきほどまで猛攻撃をしかけていたはずのナイトワームは、一転して甲高い悲鳴をあげる。
無理もない。
あいつの攻撃はすべてクリティカルヒットだ。
それを百発も叩き込まれて、痛くないわけがない。
「おりゃあああああ!」
「ぴぎ……」
そしてアガルフが再び大声を発したときには、ナイトワームは悲鳴すらあげなくなっていた。ぐったりと倒れ込み、身じろぎもしない。
「強ぇな……」
その流麗な剣捌きっぷりには、俺とても驚嘆を禁じえなかった。
あいつはムカつく野郎だが、剣の腕前は本物だ。俺が何百年とかけて到達した境地を、たった数日で掴み取っているのだから。
あれが、転生者……
いつものことながら、理不尽な強さに反吐が出る。
「さて、こんなもんかねぇ」
アガルフは宝剣を鞘にしまうと、近くでうずくまっている冒険者に目を向けた。さきほどまでナイトワームと戦っていた男だ。
男は剣を地面に突き立てながら、転生者に自嘲めいた笑みを浮かべる。
「あんたが……勇者ってやつか……。へへ、すまねえな、助けてもらってよ……」
「礼には及ばんよ。困ったときはお互い様だろう?」
「お互い様……」
男の瞳が葛藤に揺れ動く。
「そうさ。みんなで国を守ろう。それが俺たちの使命だ」
そう言うなり、アガルフは右手を男にかざした。途端、ほのかな輝きが男を包み込む。
遠目でもわかる。
あれは回復魔法だ。
「あ……」
「緊急ですまないが、体力を回復しておいたよ。一緒に生き残ろう」
「う、うう……そこまでしてくれるなんて……」
男は目に涙を浮かべ、あろうことか泣き始めた。
「お、俺なんか、底辺のクソ野郎で、あんたを憎んでたってのに……なのに……」
「ふっ、些末なことだろう? そんなことは」
「勇者様……。お、俺、一生あなたに付いていきます!」
「ふふふ、いい目だ。ぜひ頑張ってくれたまえ」
「はいっ!!」
潤んだ瞳で返事をする男。
憎んでいたにしては心変わりが早い気がするが、これもきっと《幸運》スキルのなせる技だろう。いや……さらに言うなら転生者補正ってやつかな。
とんだチートである。
「なんてお優しい……! さすがは勇者様だ!」
「アガルフ様に栄光あれ!」
二人の様子を見ていた住民たちも、感動したように黄色い声援を送る。もうすべての者がアガルフに心酔しきっている様子だ。
だが、あそこにいる者は誰も気づいていない。
声援を受けてドヤ顔をしているアガルフが、一瞬だけ、ぞっとするような笑みを浮かべていたことを。
「なあに! あれ!」
マリアスが憤懣やるかたないといった様子で地団駄を踏む。転生者たちの表の顔に、やりきれない感情を抱えているようだ。
「はは、たしかになぁ。ありゃあヤベえ」
Sランク冒険者のルハネスもさすがに苦笑いが顔に張り付いている。
「すべて奴さん達の思い通りに事が進んでるってことか。とんでもねえな……」
「はい。そうですね……」
こくりと頷く俺。
この一件により、転生者の株は上がり、冒険者の株は下がるだろう。まさに奴らの思い通りというわけだ。
――だが。
俺は一歩前に踏み出すと、怒りを静かに抑えながら言った。
「……これ以上、奴らの好きにさせるわけにはいきません。こんなやり方は間違っている……!」
「おうよ。あいつらに世界を託すわけにはいかねえな!」
「わ、私もそう思う……! まだまだ未熟で、なんにもわからないけど……」
だからこそ。
俺はくるりと振り向くと、マリアスとルハネスを交互に見渡した。
「……いきましょう。まずはナイトワームの殲滅が最優先です!」
相手はチート級の能力を持った転生者が二人。
対して、こちらは現地人が三人。
いつも頼りにしているリアヌ・サクラロードはここにはいない。
加えて、あちらには大臣を始めとした、国の後ろ盾がある。
あまりにも強大な敵だけれど、それでも足踏みするわけにはいかない。
決意を新たにしながら、俺たちは戦場へ駆けだした。